あなたは誰?
それを見た時、私は心の中でそうつぶやいた。
どす黒い肌、度の強い眼鏡をかけた不細工な上に人相の悪い女性がこちらを睨みつけている。
「では、ご本人確認のため少しマスクをずらしてください」
係員にそう言われ、私はマスクを外した。
と、アクリル板を隔てて目の前に立つその人は、私の顔と新しく発行された私のマイナンバーカードを見比べる。
「ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
どうやら私の顔は、この不細工で人相の悪い、なんなら少しくたびれた感じのする女性と同じらしい。
写真映りが悪いなんてもんじゃない、これが真実なんだ。
新しいカードを受け取って、私はがっくりしながら帰途についた。
清水の舞台から飛び降りるつもりで、推しの作家にファンレターを書いた。
まず、思いの丈をまとめ、下書きを書いた。
不自然なところがないかどうか何度も読み返し、推しのイメージの便箋に清書した。
そこまでして、はたと気がつく。
果たして宛先は何処にすればいいのだろうか。
色々と調べたら、本を出している出版社の編集部に宛てて出せば転送してくれるらしいことがわかった。
そこで、推しの本の出版社の住所を書き、編集気付〇〇先生、と宛名を書き、散々ためらった末ポストに投函した。
それから手紙の行方はわからない。
宛どころ不明出返送されてこないところをみると、出版社までは届いたんだろう。
けれど、そこから先推しの手に渡っているかどうかはわからない。
昨今郵便料金も値上がっていることだし、下手をすれば編集部止まりになっているかもしれない。
でも、それでもいい。
文章のプロに、あんな稚拙な文章を見られるのは恥ずかしいことこの上ないからだ。
何気なく夜空を見上げる。
東京の空はネオンや照明で明るいものの、冬になるとそれなりに星が光っているのが見える。
まばらな星々の輝きは、かえって宇宙の深淵を感じさせるような気がしないでもない。
そういえば、今見えている星の光は何万年も前のものだと聞いたことがある。
もしかしたら、もうあの場所には無いのかもしれないと聞いたことがある。
もう一度、夜空を見上げる。
宝石箱とは言い難いけれど、いにしえの輝きを眺めながら、遠い過去に思いを馳せた。
『時間よ止まれ』、そう強く念じた。
頼むから時間よ止まれ。
この瞬間が永遠に続いてくれれば。
そう願い、固く目を閉じる。
けれど、願いは叶うことはなかった。
けたたましく響く、目覚まし時計のアラーム。
刹那の微睡みは、こうして終わりを告げた。
君の声がする。
もう聞こえるはずのない君の声が、かすかに、でも確かに聞こえてくる。
進め、進め。
歩みを止めるな、と。
志半ばにして倒れてしまった君。
君のそばで、君のすることをわけもわからずただ見ていた自分。
どうして君は、そんな自分を選んだんだろう。
どうして自分だったんだろう。
自分には皆目わからない。
けれど、君の想いを無駄にしたくはない。
だから、自分は立ち上がる。
君の声を胸に。