バスタブの中に死が眠っていた。
意味ありげに言い回しを気取った比喩ではない。一般的な心臓、肺、脳によって支えられている、生命維持の不可逆的な停止を指すあれのことではなく、四角い浴槽に背中を丸めて目を瞑る少年の名前が死であった。
死と共に暮らし始めて分かったことがある。死は極まって民族的嗜好で生き物を好いていた。街中に繰り出しては主人の隣を闊歩する犬を、死はいつも眩しそうに眺めるのだ。
透明な涙
雑居ビル、錆びついた非常階段の踊り場で、小さく欠伸をたらしながら、吐息が白くとりまくのを見て冬というものの到来を思い知った。上空から見える隘路の繋がる大通りは昨晩の雨のために濡れていて、冬朝は面白い。透明な太陽の光線を水滴に浴びて地面がきらきら白やむのだ。
愛情
天上街はみんな真っ白だった。お家も空も、道を行く子供たちまでも。ほんとうに天国みたいだ。故に京の都ですら隣りあうと見劣りするのに、天上街の隣には半地下街が煤けた空気と存在していた。
天上の街という名の通り、天上街は朝露の透明さをもって気高く、丘の上に存在する。朝の太陽のきらきら光る光線を浴びて起き出す天上街に隠れて、地下にめり込んだ街は今日も薄暗く一日の始まりを迎える。
眼下に広がる可哀想な街を見ていると、踏みつけているような気がしてならなかった。哀れだ。そうも思った。
ススキ
鉄筋コンクリートの高層集合住宅が彼らの家であった。
餓鬼共が生まれた当初は四階建てだったのが、増築されて七階建てにもなると、階下に住まう不憫な諸人は朝も昼も空が見えん。すべからく住民は上階に住みたがるのだけども、一部の物好きや浮浪者共は階下も階下、部屋の四半分が地下にめり込んだ最下層を新天地とし、好きこのんだ。
細い男もその一人であった。
蛍光灯の光が黒縁眼鏡のレンズで屈折して、虚像となった両目は大きく、ギョロリとして爬虫類じみている。耳が隠れるくらいの坊ちゃん刈りで、大根のように白くカマキリみたいに貧相な腕をしていて、そのくせ小綺麗な風体が甚だ奇妙だった。
細い男は自らをメガネと名乗った。浮浪者でも悪人でもないが、敢えて治安の悪い地下に住みたがる物好き。そんな風に自称したのがただ二つ、餓鬼共が知っているメガネの素性で、平素より蝋人形のような無表情でもって一服する細い男は蜃気楼のように得たいがしれなかった。
そんな男を構いに、性懲りも無く地下へ降りていく餓鬼共もまた物好きである。
メガネはたまに本当に極稀に、煙草を分けてくれることがあって、嬉々として一本(しかくれない)を回し喫むと、これが美味いのか不味いのか餓鬼共には判断がつかん。特有の多幸感が何がために引き起こされるのかも知らん。喫煙の字も書けない未成年どもだが、決まりを破る自分はなんだか格好いい気がして、吐き出した煙が空気の気流の流れに色をつけると悪い気分はしなくて、
そんな、少年の日の思い出。
脳裏
生き生きとした彩の華やかな都に奇しくも隣り合って、薄黒い半地下の街は冷たく横たわる。工場群が吐き出す煤けた空気がベールほどの薄い雲となって、空を仰げば堂々としている月から隠れ息を潜めているような後ろめたさがあった。
「なんか書いてや」
半地下街の男子校、その一角。囲碁将棋部と名付けられた密室から、今夜も元気に声が聞こえる。餓鬼共が起き出すのは月といっせいで、真っ暗な校舎の中で囲碁将棋部だけが立て付けの悪い扉の小窓から光を溢しているのだ。
「めし……やがれ」
「ギャハハ!あだろバカだなテメェ!」
「そんで字きたねぇ」
十七にもなる餓鬼共が先ほどから喧しいのが、オムライスの卵にケチャップで文字を書くあれで、
あなたとわたし