蚊の発生防止に努めましょう!
ヤギの郵便屋さんは、毎週木曜日、よく晴れた日に現れる。〒マークの印象的な赤いバイクを震わせて、これまた〒マークの印象的な赤い銭鞄に誰かから誰かへの手紙を溢れさせて郵便函に現れる。
毎度のこと、熱中症防止だの献血に協力だの訴える暖簾をバイクのお尻にさしてるのが決まりだが、梅雨が明けて三週間ぶり、よく晴れた日に、郵便屋さんのバイクは蚊の発生防止をうたっていた。
君の声がする
人生最悪の日!
「取り敢えずおいで」
入学式が終わり、教室でのガイダンスも終わった、放課後、人通りのないアメリカンフットボール部の部室前で、可哀想に、ガリ勉坂本洋一は地面に固着したように突っ立っていた。
冒頭にちょっとカマっぽい言い方で洋一を呼んだ悪魔笹川隆二の手前、「おら」目つきを鋭くした舎弟佐野の一喝で、ハッとして洋一は一歩、二歩、部室の入り口をくぐった。
舎弟佐野は洋一が確か、クラスのガイダンスで見た顔だった。自分のクラスメイトなのだ。だが、入学初日に番長みたいな先輩と、校舎の中で煙草をふかすなんて、ヤバいやつじゃないか。クラス委員長をするようなタイプの洋一には到底理解できない。不良だ、ヤンキーだ。関わったらあかんやつら。
たじろいて洋一は「いや」とひねりだす。
「いや、あの、もう行かないと」
佐野の目つきがいよいよ手負の猛獣のようになるので、とうとう言葉尻が聞こえたのか分からないほど弱々しくなったが、あくまでも悪魔笹川隆二は笑顔だった。
「あはは、だめだめ。かわいいなお前、馬鹿まるだしでさ」武骨な腕が徐に箱から一本、新しいものを取り出す。銘柄が印刷してあるが、洋一にはそれが煙草であることしか分からない。
「見ちゃったんだからさあ、ね。いちおう、口止めってことで」
人生最悪の日!
受験当日、風邪をもらって、県内有数の不良高校に已む無く入学することに決まった悪夢の日々と同等に!
ありがとう
バスタブの中に死が眠っていた。
意味ありげに言い回しを気取った比喩ではない。一般的な心臓、肺、脳によって支えられている、生命維持の不可逆的な停止を指すあれのことではなく、四角い浴槽に背中を丸めて目を瞑る少年の名前が死であった。
死と共に暮らし始めて分かったことがある。死は極まって民族的嗜好で生き物を好いていた。街中に繰り出しては主人の隣を闊歩する犬を、死はいつも眩しそうに眺めるのだ。
透明な涙
雑居ビル、錆びついた非常階段の踊り場で、小さく欠伸をたらしながら、吐息が白くとりまくのを見て冬というものの到来を思い知った。上空から見える隘路の繋がる大通りは昨晩の雨のために濡れていて、冬朝は面白い。透明な太陽の光線を水滴に浴びて地面がきらきら白やむのだ。
愛情
天上街はみんな真っ白だった。お家も空も、道を行く子供たちまでも。ほんとうに天国みたいだ。故に京の都ですら隣りあうと見劣りするのに、天上街の隣には半地下街が煤けた空気と存在していた。
天上の街という名の通り、天上街は朝露の透明さをもって気高く、丘の上に存在する。朝の太陽のきらきら光る光線を浴びて起き出す天上街に隠れて、地下にめり込んだ街は今日も薄暗く一日の始まりを迎える。
眼下に広がる可哀想な街を見ていると、踏みつけているような気がしてならなかった。哀れだ。そうも思った。
ススキ