「泣かないで」
小さい頃から泣き虫だった。
保育園の年中さんまでは少しママの迎えが遅いだけで泣いていた。
年長さんになる時、年長さんなのに泣き虫なんて恥ずかしいって園長先生に言われて、その日から泣かなくなった。
少しおとなになったかなと思ったけど、兄弟が喧嘩してるのを見て、なぜか毎回部外者の私が泣いた。
関係ないのにどうして泣くの、とママが私を怒る。
だって兄弟が仲良くないのは悲しいじゃん、と必死にママに訴える。
兄弟はその内にすっかり仲直りして遊んでいて、結果私だけが怒られる。
小さい頃から不思議だった。
小学校低学年の時、怪我が絶えなかった。
膝の怪我が治る前に新しい傷ができた。
ブランコが高くなったところから思いっきりジャンプしてみたり。
ジェイボードに乗って下り道を降りていたら止まらなくて、T字路の向こうに広がる田んぼに頭から突っ込んだり。
こういう時、いつだって泣いたらお母さんが来てくれた。
ただし、鬼の形相だけどね。
あんたはまた怪我して!
顔に傷が残ったらどうするの!
私はまたわんわん泣いた。
小学校高学年の時、ようやく自分は周りと何か違うんだと知った。
良く言うと、感受性が豊か。
悪く言うと、感情が私を支配しているってこと。
だんだん成長するにつれ、たくさんの感情が生まれ、たびたび感情のパラメーターが大きく振り切れるようになった。
そのせいで自分ではよく分かってなかったけど、かなりストレスを抱えていたみたいだ。
私が妹を叩いたと母に怒られた時、私の中にその記憶は全くなかった。
でも妹は私に叩かれたと言うし、母はその場面を見たと言った。
嘘ではなさそうだったけど、私は本当に覚えていなかった。
私が叩いた記憶がないと言うと、母はそんなことあるわけないでしょう、とさらに怒った。
とりあえず謝ってなんとか解決したけど、加害者側なのに記憶が飛んでるのはおかしいと思って日記をつけるようになった。
宿題や持ち物も忘れるようになった。
2週連続で書道道具を忘れ続けて、今日は必ず持っていこうと準備した。
しかし学校で書道道具のバッグを開けると半紙しか入っていなかった。
確かにちょっと軽いな、とは思ったけど、まさか筆も硯も墨汁も入っていないとは思ってなかった。
その日、先生には呆れられて授業に参加できなかった。
感情が振り切れるとその前後の記憶が飛ぶ。
この性質が便利な時もあった。
例えば、
嫌なことがあった時。
つらいことがあった時。
怒りそうになった時。
自然と涙がこみ上げてくる。
泣くことで忘れられる。
周囲を攻撃せずに負の感情を自己処理できるのは私が生きるために備わった力なんだと気づいた。
でも、小学校高学年にもなってたびたび学校で泣いてた私を周囲の人たちは理解できなかったみたいだ。
先生、またあの子泣いてる。
あいつ、泣き虫で恥ずかしくないのかな。
もう大きいのに泣いてばかりだと立派な大人にはなれませんよ。
別に泣きたくて泣いてるわけじゃない。
忘れたい何かがたくさんあるから毎日泣いてるんだよ。
表向き友達と仲良くして裏では友達の悪口を楽しそうにペラペラ喋ってるみんなよりは、よっぽど平和的解決だと思うんだけど。
中学生になった私は人前で泣かなくなった。
やっと感情の舵取りができるようになったかと思ったけど、今度は思春期のせいか両親と喧嘩するようになった。
なんで泣く必要ないのに泣くの?と決まってよく言われた。
泣く必要がないなんてどうして分かるんだろう?
大人には明確に泣く基準があるのかな。
そういえば、よく全米が泣いたって映画の広告を見かけるけど、あれは泣くことを肯定的に捉えていて、小さい頃から泣くのは恥ずかしくて情けないことだと教えられてきた私から見たら結構衝撃的な話だった。
泣くことが恥ずかしいと言った人たちが嬉々として映画館に泣ける映画を見に行く。
私は不思議で仕方がなかった。
高校生になって学園祭に忙殺された。
忙しさに脳がパンクして涙が止まらなくなってしまった。
そんな時友達はずっと私の話を聞いてくれて背中を擦ってくれた。
思いっきり泣いていいよ、と言ってくれた。
泣くことを理解できなくても寄り添ってくれる友達を大切にしようと思った。
「泣くこと」についてたくさんの人の意見を聞いてきた私だったけど、泣くことが良いことなのか、悪いことなのかいまだによくわからない。
ただ、前に授業でとある先生が言っていた。
よく泣けるって言いますよね?
でも泣こうと思っても泣けないですよね?
泣くってそういうことだと僕は思います。
「泣かないで」って言われて涙が引っ込む人はいない。
泣こうと思って泣いているんじゃなくて、泣かせる要因があって泣いている。
泣くってそういうことかと先生の話を聞いて私は思った。
「冬のはじまり」
―あ、雪。
窓ガラスが曇る。
窓に添えた手が冷たくなって指の先が紅く染まる。
雪が降るのに気づいて、クラスメイトたちが窓に集まってくる。
雪?えっ、雪降ってるー!
クラスがいつも以上に賑やかだ。
騒がしい教室とは対照的に窓の向こうで、雪は静かにしんしんと降る。
少し薄暗くて静寂で神秘的な空間がそこにはあった。
帰り道、傘を差さずに歩く。
髪に雪が舞い落ちてきらきらと輝く。
緩く結んだマフラーから白い吐息が漏れる。
手のひらに雪を乗せる。
体温ですぐに溶けて形を崩す。
―今日が寒いのは
付き合ってもうすぐ半年が経とうとしていた、ついこの間。
新しく好きな人ができたから別れてほしい、と言われた。
…誰?って聞いても彼は教えてくれなかったけど、見てれば分かる。
橘アリア。
ポテンシャルが高いため、難しいことも難なくこなせる、可愛らしくて育ちの良いお嬢様というのがクラスの印象。
ただ、本人のポテンシャルが高すぎて、周りの人と一緒にやるよりも自分がやったほうが早いし、みんなのためだと考えて切り捨ててしまうところがある。
勝つために手段を選ばないところがあって、
この間の体育祭で彼女がズルして勝ったことに私だけが気づいてしまった。
私は審判にこっそりとそのことを告げた。
ズルして勝っても嬉しくないし、ズルされて敗北した相手チームに友達がいた、という理由もある。
結果は反則負けで最下位。
反則しなければ準優勝は確実で、もしかすると優勝できたかもしれないらしかった。
担任の先生は匿名で、と審判から伝えられていたのに先生はわざわざ私の名前を公表し、その行動を称賛した。
アリアはクラスの前で泣いて謝罪した。
クラスの中で私のチームだけが負けていて、このままだと優勝できないと聞いて…
キャプテンだからなんとかしなきゃと思って周りからも責められるし、私、怖くて…
このことがなければ優勝できていたかもしれない。
このことがバレなければ…
アリアへの非難はだんだんと反則を申告した私へ向くようになった。
私に攻撃が向けられるたび、アリアが庇って状況がより悪化する。
クラスの外や先生から見えないように死角で集団でいじめるクラスメイトたち。
私が二度と声を上げられないように。
アリアだけじゃないのだ。
クラス全員が共犯なのだ。
私だけ異質だったんだ。
まだ救いだったのは他クラスに彼氏がいたことだ。
彼が私のことを特別だと思ってくれさえすれば私は強くいられた。
でも、別れた。
元彼として忠告しとくけど、たとえ反則したとしても橘をいじめるのは間違ってる、と彼は別れ際にそう言って、代金だけ置いて店を出ていった。
私のことを信じずに他の人の言葉を信じた。
その事実だけで十分だ。
―今日が寒いのはいつも隣で帰ってた彼がいないからだ。彼の温もりがないからだ。
手のひらに雪を乗せる。
体温ですぐに溶けて形を崩す。
今までの記憶も私も全部雪みたいに溶けてなくなればいいのに。
曇天の空から舞い落ちる粉雪。
いつまでも晴れなさそうな視界に耐え忍ぶ冬を予感した。
〜余談〜
アリアのズルはバレーでずっとサーブを打ち続けたこと。
本当はサーブはルーティーンで回さなきゃいけないが、アリアはサーブも上手だからその試合中ほとんど変わらずに、変わったとしてもサーブが必ず入る人に交代してました。
まぁ、だからアリアだけが悪いわけじゃなくて班全員が共犯だけど、アリアが班のキャプテンでアリアの発案だったこともあり、代表して謝るみたいに作中ではなってます。
体育祭は体育館でバレーとバスケ、運動場で目玉のリレーなどの陸上競技・遊技、そしてなぜか中庭でダーツが開催されます。
ちょうどリレーとバレーの時間帯が被っていて、目玉のリレー競技に審判が割かれ、審判の数が減ったので、気づけなかったっていうのが審判側の言い訳です。
観衆の多くはその時間リレーの方を応援しに行っていました。
「私」が気づけたのは男子バレー予選に彼氏が出るので、ついでにその前に行なわれるクラスの女子バレー予選を応援しようかな、と思ったからです。
途中書きです。すみません。
ずっと続けばいいのに、止まってくれない。
「終わらせないで」
途中書きです。すみません。
本物の愛情は見返りを求めちゃダメらしい。
私の愛情は偽物?
「愛情」
琴音とは中学生からの親友だ。
寡黙な琴音とおしゃべりな私。
「微熱」
7:30 毎朝同じ電車に乗る。
満員電車の車両の端にいつもあなたがいる。
あなたの存在を初めて知ったあの日。
車両が大きく揺れて私は思い切り尻もちをついた。
多くの乗客が荷物を床に置いて足で固定しているせいで床が見えなくて手をついて立とうにも立てず、やっと手をつける場所を見つけて力を入れてもリュックが重すぎて立てなかった。
恥ずかしくて顔が上げられなかった私に無言で手を差し伸べてくれたのはあなただった。
絶対重かったのに軽々しく私の腕を引っ張りあげてくれた。
お礼を伝え忘れたと思って、同じ電車に乗った次の日もまたあなたがいた。
今までずっと同じ電車だって気づかなかったのが不思議だ。
私が昨日のことのお礼を伝えると「また倒れそうなときは掴まってくれて構わないから」と言って読書に戻った。
あなたとの接点はこれだけ。
でも毎日会えるだけでなんとなく少し嬉しくなる。
制服は着てないけど、同じ高校生っぽい。
大人びてるから先輩かな。
どこの学校なんだろう。
私の方があなたより後に乗って、先に降りるからどこが最寄りなのかも、どこに学校があるかもわからない。
いつも何読んでるんだろう。
毎回表紙が違うから、かなりの読書家だと思うけど。
軽々持ち上げたくらいだから、運動もできそう。
友達は、恋人は、いるんだろうか。
静かだけど、絶対モテるよなぁ。
「ねぇ」
突然あなたに声を掛けられて、「ひゃい」と変な声が出る。
「そんなに見つめられると恥ずいんだけど。さっきからぼ〜っと遠くの方眺めて、かと思えば睨んでくるし」
そんなに分かるくらい見つめてたの!?
羞恥で顔が赤く染まる。
「どうしたの?体調大丈夫そう?」
か、顔近い。
あなたのせいで全然大丈夫じゃない。
「ダ、ダイジョウ…ブです」
これは微熱だけど、重症っぽい。