︰子供のように
手を繋いでくれたのではなく、私が手を握った。握り返してくれたことを「繋いでくれた」と認識していた。
早朝散歩に出かけた。カーディガンを羽織らないとくしゃみが出るくらいには寒くて、空は澄んでいた。気温の確認の為スマホを見つめる私の横顔を、貴方に撮られていた気がする。構わなかった。
私が貴方の後ろ姿を写真に残しておきたいと思う気持ちと、きっと似ているだろうから。
久々に母校の小学校を見た。貴方は指を指しながら、靴箱の渡り廊下、6年生の頃使った教室、よく夢に出てくるんだと教えてくれた。あそこは何だったけとか、ここって塀がなかったっけと、まるで記憶をすり合わせるような会話に、この人は私と「一緒」が好きなんだろうか、とやはり思った。前々からのその節がある、ような気がしている。
「私の学年は諸事情あって一番上の階が教室になったことないよ、あの部屋景色が良いって話だったのに見れなくてちょっと恨んでるかも」と不貞腐れながら言うと「そうだったそうだった」と貴方は笑った。
しばらく歩いて、歩いて、歩き疲れて「歩くの早いよお」と文句を言った。昔から歩くペースが違っていて、いつも私が早歩きして追いかけていた。貴方は私に合わせる気がないということをもう流石に知っているけれど、ペースを合わせてくれないところがやっぱり少し不満であったりもする。それでも置いて行かれたくないからなんとか手を握って先に行かないでと、ヘトヘトになりながら言うのだ。
それに「もう帰る?」という言葉に「帰らない」と返したのは私である。だって帰りたくなさそうに言うから、と少し貴方のせいだと思っているのは秘密。
パン屋さんに着いて、朝食を選ぶ。あれもこれも美味しそうだと言いながらたくさん買って、レシートを見て、値段の安さに驚愕しながら公園のベンチへと向う。階段と坂を登って、丘の上のベンチに腰掛ける。生まれ育った町を見下ろせるこの場所は、なんとも言えない気持ちになる。寂しいような、懐かしいような、楽しいような。
パンを広げて写真を撮って「ここいいね」「天気よくて良かったね」と言いながら、パンの袋を開ける。焼きたてパンの香ばしさは食欲をそそる。かぶりついて、時々はんぶんこして、頬張る。8時になると太陽が本格的に昇ってきて、輝かしい1日がスタートとした、なんて実感がするけど、自分らはもう3時間前には活動してるんだよな、とか、きっとどうでもいいことを思ったり「太陽眩しい」なんて当たり前のことを口にしたり。
「眩しいね」「美味しいね」「景色いいね」「山の上ってやっぱちょっと冷えてるね」なんて、他愛のない会話というのが、なんだか久しい。歳を重ねれば重ねるほど減っていたような気がする。
一緒が好きなのはきっと私だ。誰かとただ何かを共有していたいという、真っ直ぐな思い。なるべく目を逸らしていた繋がりというもの。子供の頃はこんなふうに、毎日なんてことない出来事で笑ったりはしゃいだりしていた気がする。なんてことないと思っていたこういうことが大事で、必要で。子供のようにとか、大人のようにとか、そんなのもきっとどうでもよくて。
貴方と手を繋げたら、またパンを食べられたら、それで十分、
等身大を愛す とは
迷走の果てが変化というなら
「変わってしまった」とは身勝手極まりない
独り善がりに縋り続け何もかも思い違いであった
型に嵌めるか理由がなければ満足しない人間であった
ただの現象に過ぎなかったというのに
徐々に低下している きっとそれを望んでいた
どうにもならないことは山ほどある
どうする気もないこと
それをすることで何を感じている?
踏み台にするくらいならやめちまえ
踏み台にする勇気もないならやめちまえ
同じことを繰り返し目新しいものはない
潮時だろう もとより何もない
等身大、とは、これのことであろうか
ただ皆が自由勝手に生きているだけだった
咎めることなど何もありはしないというのに
紅葉が色を変え始めている、そろそろあきが来たのだ
︰カーテン
窓から入ってくる風は冷たくなりここのところ肌寒い。カーテンの隙間から見える薄くなった青空が秋が来たことを告げているようだ。ふわりとカーテンが膨らむたび光が揺れる。
何かしなければならないと内心焦っているのに体は大の字になってベッドの上にある。まるで死体になったみたいだ。もしかしたらもう既に死んでいて、実はここが死後の世界だったり。
溜息をついた。そんなわけがなかった。だって腹が減った。腹が減っているということは生きているのだ。それに死体は溜息をつかない。
お腹が空いたというぼんやりした思いはそのまま紫煙のように消えていく。風が気持ちいいなと思って、これまたぼんやり消えていく。ぼうっとしていたいと思って、またぼんやり。そうして煙が部屋に篭って、息苦しくなり、ぼんやり不安になっていくのだ。
無理かも、もう無理かも。どうしよう、何も素敵じゃない。いっぱいいっぱいでなにも。行き詰まってる。どうしよう、つまらないなんて……!
食器をガチャンガチャンとわざとぶつけながら棚にしまって、その衝撃で割れたコップと皿を思い出す。むしゃくしゃした気持ちをぶつけて、割れたことにすらスッキリして。頭も同じようにひび割れて粉々になってしまえばいいと。
そんな考えとは裏腹に今穏やかであると感じていた。穏やかであり、胸の内に浮かんでくるぼんやりとした何かが焦燥感を湧き立てる。揺れて、膨れて、弾けて煙を出す。もくもくと煙が充満している。穏やかで重苦しい。
カーテンの揺れに合わせて光が目を照らし出す。次動いたら重い遮光カーテンで閉め切ってしまおうと考えながら、結局面倒臭いなと思って目を閉じた。
︰踊りませんか?
ビカビカ眩しい板に目を焼いて。
暴言と敬語表裏一体あることないこと指で滑らせる。
煙たい言葉に巻かれしまったようだ。
包んだお言葉に蛆虫が湧く。
パンはカビてハムは腐りレタスは溶けて。
可愛らしくラッピング&バスケットへ。
12時間早めた時計に朱肉を押して。
「本日の誤用は?」
コットンに吸わせて終わらせてしまった。
行間を読んで笑顔でナプキン広げて。
ナイフ左手にフォーク右手に丁寧に。
おや、持つ手が逆のようだ。
ぱちぱち弾ける心を拍手で潰して。
骨と贅肉が邪魔くさいな。
チェックチェックチェック印を書いて。
にっこり笑顔がしらじらしい。
「お手をどうぞ」
爪を割ってナイトキャップを被らせる。
クズをクズと認めないいっそ冒涜。
「生まれた場所が」「人生が過酷だったから」
どんな人にでも優しさを見出そうとする。
今宵もお手を拝借。
優しいなんて言葉で纏められちゃって。
さっさとストローで全部吸わせて着火して。
︰静寂に包まれた部屋
静寂に包まれた部屋で、幼い頃習った童謡『チューリップ』を鼻歌でゆったり歌ってみる。
穏やかなあの頃。仲良く、喧嘩もなく、真っ直ぐありのまま生きてた頃。
幻想
あの頃から生きるのが怖かったよ。
一人で部屋に引き篭もるのがあの頃から好きだったよ。
静寂に包まれた部屋で過ごすのが好きだったよ。
窓辺の埃が太陽の光でキラキラと輝いているだけの、窓の向こうの雲がただゆっくり流れていくだけの、なにもない時間。
星が瞬く夜、カーテンを閉めて真っ暗になった天井に家庭用プラネタリウムで映し出してもらった、ただ、それをクルクル眺める時間。
ただ、寝ぼけ眼で、ほとんど夢の中にいながら、そこにいない貴方を探していた。しんと静まり返った夜の部屋は不気味で、暗く何も見えず、心細く、手探りでベッドから降りて歩いた、冬の足の裏の冷たさを、私は今でも愛おしいと思っている。
温かくなることを知っていたから、無下にされるはずがないと自信に溢れていたから、抱き締めてくれることを知っていたから。私は怖くなんてなかったのだ。恐れなど知らなかった。貴方が私を愛してくれたから。
あの部屋で生きた、あの部屋で眠った匂いを、私はもう思い出せもしないというのに。貴方がどんな顔をしていたのかも思い出せないというのに。
貴方の心など今更想像もできなければ補いもできやしないまま。ただ損なえないまま。
4年だ。貴方が注いでくれた4年の愛情が私の心なのだ。
親愛なる貴方へ どうか。