︰秋恋
秋が恋しい。
姉ちゃんがいなくなって二年は経つ。だから、もう原材料名の確認をせず好きなようにアイスだって選べるし、ケーキだって好きなの選んでいいし、姉ちゃんが好きじゃないって言ってたモナカだって好きに買える。
姉ちゃんは卵アレルギーだったから、原材料に卵が使われているものは食卓に並ばなかったし、卵料理を食べる機会も少なかった。それが普通だったから卵が食べたいと思ったこともあまりなかったし、姉ちゃんが幼稚園へ通うようになってからはお昼に卵かけご飯を食べたりもしていたから特別卵に飢えてるわけでもなかった。
姉ちゃんが飲んでるペットボトルのジュースを分けてもらったことがある。一口もらって返して、姉ちゃんが飲んでから「痒い」「ピリピリする」って不安そうな顔で言た。自分がさっきまで卵が入ってるものを食べていたことをすっかり忘れて、ペットボトルに口をつけたから、それで痒くなったんだ。「やっちゃった……!!」って思ったよ。
バイキングに行ったとき、姉ちゃんが取ってきたデザートに卵が含まれていたらしくて嘔吐したことがあった。そこで「卵入ってたのかな?」ってポロっと言ったら親に怒られた。多分、言っちゃいけなかったんだと思う。
配慮が足りてなくて姉ちゃんを傷つけることいっぱい言ったしやったんだと思う。なるべく気を遣ってたつもりだけど、やっぱりつもりでしかなくて。
パンも、ハムも、マヨネーズも、ハンバーグも、チキンも、アイスも、ケーキも、クッキーも卵が入ってないやつ。嫌じゃなかったよ。なんならケーキは卵が入ってないほうがさっぱりしてて食べやすくて好きだ。マヨネーズよりマヨドレのほうが好きだし、パンも卵が入ってない方が好みだし、ハムだって、クッキーだって。姉ちゃんと同じものを、同じように食べられるのが好きだよ。
姉ちゃんが好きじゃないって言ってたモナカも好きなだけ選べるし、こっちのほうが好きって言ってお菓子はチーズ味ばっか食べてたけどサラダ味を選べるし、もう卵が入ってるか入ってないか確認せず好き勝手に手にとってカゴに入れて買えばいいんだ。オムライスだって、もう、食べられる。いいなあって眺めてたオムライス、もう食べちゃったよ。美味しそうだなぁってショーケースを眺めてるだけだったタルトだって食べちゃった。美味しかったよ、すごく美味しかったんだ、ごめんなさい、自分だけ。
もう好きなだけ食べられるんだ。姉ちゃん。
姉ちゃんはさ、美味しいの、食べてるのかな。口にして痒くなってないかな、気持ち悪くなってないかな。姉ちゃんは薬が嫌いだから、痒くなってもなかなか薬食べようとしないんだよ。もうこっちのほうが不安になっちゃってさ。
姉ちゃん、美味しいの、お腹いっぱい、食べて――。
少し冷えてきて、もうすぐ冬が顔を見せるくらいの秋の頃、公園の塀に二人で並んで座ってソフトクリーム食べたんだ。
「これ美味しそうだけど卵入ってる、くそー」
「こっちも卵って書いてる」
「もしかして食べれるやつない?」
「あ、このソフトクリーム卵入ってない!」
「よっしゃそれ食お」
「じゃあこれ二つレジもってこ」
姉ちゃんは文句を言ったりしない人だって知ってる。はんぶんこできなくても、食べたいならそれ食べていいんだよって、卵入りのを好きに食べていいんだよって言ってくれた。その上姉ちゃんは自分の分を先にこっちに渡して少し食べさせてくれた。自分は貰うのに自分の分をあげられないのが悲しいからなるべく卵が入ってないやつを選ぶようにしてたんだ。だってはんぶんこしたいじゃんか。
それよりは、おんなじものを美味しいねって言って食べる方が好きだ。お揃いのもの買って食べるのが何より好きだ。
秋が終わる頃、アイスを食べたらもう寒いくらいの頃、二人でソフトクリーム食べたよね。寒いねって言いながら、姉ちゃん、美味しいねって笑ってた。
もう卵表記があるかなんて気にせずアイスだって手に取れる、好きなだけ食べられる、姉ちゃんが好きじゃないって言ってたモナカももう好きなだけ選べる。
それが……悲しいのかな、苦しいのかな、寂しいのかな。
気にして選んでた頃が恋しい。あの秋が恋しい。二人でアイスを探してたあの頃に帰りたい。
でもきっと薄情なんだ。卵入りのを好きなだけ選んで食べられるのが嫌だと思わないから。姉ちゃんごめんなさい。酷いこと思ってて。嫌なこと思ってて。
︰夜景
ハッピー・インスタント・アンハッピー
なんでもいい、どうでもいい、インスタントな不幸が欲しい。それっぽいなにかに当てられて気怠く物憂げにしていたい。
夜景なんてもってこいだ。ベランダに出て遠くに見える街の灯をぼうっと見つめて物思いに耽っていれば“それっぽい”とやらだろう。「綺麗」と囁いたのを聞いた記憶がある。酒と煙草があればあの人みたいになれたんかな。俗に言うエモいってやつだ。……エモいのか?
浅ましいの間違いじゃないか。記憶は美化されがちだからな、酒も煙草も本質的にはエモくないだろう。ただ少し、星空の下、遠くに見えるビル群の夜景をバックに涙を流して、妖しく煌めいていたのが印象に残っているだけ。ああやっぱりあれはエモかったのかもしれない。
「煙草吸って黄昏れてそ〜」と友人に笑われたことがある。なんとも言えない気持ちになったのと少し嬉しいと思っていた気がする。たかが煙草で厨ニ病心を擽られただけだろと言われたらそうな気もする。酒とか煙草とか中毒になってんのいいなあって確かに思った。気を飛ばして忘れられて逃げ道があるって羨ましい。暴れて狂っても「依存症になってるんだもん仕方がないよね」って言えて他人にも思わせられるなんて最高の逃げ道じゃないか。そんな美味しそうなもの手を付けたいに決まってる。
中毒っていいよな、惨めでお手軽に不幸に触れられて。酒や煙草はインスタントな不幸だ。明確に何かに陶酔したいときに使えるもの。不幸と安堵を得られる優れ物。
「嗜好品だから嗜むのがいいんだよ」と多量の酒を摂取してスパスパ煙草吸ってるアンタに言われた時のおかしさときたら。ありゃもう傑作だった。
中毒人間なんて随分変なことばかり言う頭のネジが数カ所ぶっ飛んでる精神的にヤバい人という認識が強い。アンタがそうだっただけかもしれないから過度な一般化はよろしくないだろうけど。
どっちなんだ? 頭のネジが外れたから嗜好品に溺れるようになったんか、嗜好品に溺れたから頭のネジぶっ飛んだんか。卵が先か鶏が先か問題みたいだ。
「卵も鶏も食ったら全部胃に入ってクソになるからどっちでも一緒だ」
問題の本質をぶっ壊すあの人の理屈なら「結局どっちも自分で自分をダメにしてんだ。嗜好品が先だろうが頭のネジぶっ飛んだのが先だろうが一緒だ」と笑うんだろうか。
アンタの不幸を食って雰囲気に浸ってる。アンタを使用してる。なんでもいいから早く不幸に浸りたい。いつかのアンタと同様「心を埋められるのがジュースで口が寂しいからって飴を口にしてるみたいだって思ったら可愛いだろ?」って、幼児退行気分にでもなりたい。あーあ、夜景が綺麗なんて誰が言い出したんだよ。街の灯も星空もクソだ。何が綺麗なんじゃ。
「よくちっちぇ頃泣いたら親がオレンジジュースくれたんだよ。大泣きしてんのに差し出されたコップ見たら素直に両手で受け取ってごくごく飲んでた。そしたら大抵泣き止んでたんだよ。今もそれと同じようなことしてんだ。嫌なことあったら酒飲んでご機嫌になる。ガキの頃と変わらない。大人になると誰もあやしてくれないからな、自分で選んで飲むんだよ。それが酒に変わっただけさ。言ってもジュースも嗜好品らしいけどな。はは! じゃあ昔から変わってねぇなあ」
そう言って缶を傾けてグビッと喉を鳴らしてた。「やっぱビールだよなぁ、発泡酒とかアレとかあんま美味しいって思えなくてさぁ」とボヤいてたのは聞き流して。アレってなんだよ、発泡酒以外になんかあんのか? 尋ねようとしたけどやめた。酒について一尋ねると十返ってくるからダルくてなるべく話したくなかった。その前も焼酎買うときはラベル見ろよとか本格焼酎がウマいからなとか甲を買えよとかそれ以外は体に悪いからなとかあれこれ語ってきた。酒も煙草も体に良くねぇんだからもうあんま関係なくね? とは言わなかったが。
アレって第三のビールのこと話してたんかなあ。
「車酔いするからよく飴ちゃんとか舐めてた。つか車とか懐かしーな。別に飲酒運転なんてしてないのに何回も事故って免停してよぉ、さっぱり運転してねぇや。そうそう、あと起きてる間はなんか口が落ち着かなくてずっとなんか噛んでたよ。それが煙草に変わっただけ。あ〜でも電子煙草は変な臭いするしマズいし吸った気になれんくて好きじゃない。シガーが一番ウマいんだけど、切ったり手間かかるしたけぇから辞めた。ああでもふかしてんのが一番好みなんだよなぁ、やっぱ買おうかな……でも結局どこにでも売ってる紙煙草に落ち着くんだよ」
あちこち飛ぶよく分からない話をゲホゲホ咳き込みながら隣で聞いてた。酒と煙草の話をする時だけやたら饒舌になるのはなんなのだろう。普段はめっきり口を開かずボーっとどこかを眺めているだけなのに。ボーっと酒飲んで辛うじて袋ん中に嘔吐してまた酒で洗い流して、空っぽの胃に酒入れるからまたゲロって。煙草も吸うから酔いが回りやすいのか気分が悪くなりやすいのか悪酔いしてうなって。全く換気しないから空気が濁りまくってて死ぬぞって言えば「あー」だか「んー」だか返事とも言えぬ返事して。
「とりあえずさあ、ジュースとか飴がちょおっと変化しただけなんだよ。だから別に変なことでもないでしょ。美味しいよ」
美味しいから何だと言うのか。言い訳しているみたいに聞こえたのは自分がそんなの言い訳だと感じたからか。
羨ましかったな、お前そのままぶっ壊れちまって。心を蝕み体を蝕み、不幸を摂取して。アンタは幸せだったか。
ああいいな、カッコつけて酒や煙草やってギャハハハ騒いでる奴らより、そんなの体に悪いし臭いし良いことないよと言ってるまともな人間より、ああいいな、アンタってホントいいな、酒と煙草の中毒者。妬ましいとかの意味じゃない、イイなってヤツ。好ましいの「いいな」だよ。
友人に煙草吸って黄昏れてそうと揶揄われた時少し悲しいとも思った。自分は煙草が吸えないから。小さい頃から気管支が弱かったし、副流煙ですらゲホゲホ咳き込んでしまう。吸えない。吸いたくないだけかもしれない。酒も飲めない。アルコールの臭いでベランダに出たことを鮮明に思い出して吐きそうになるから無理だ。結局どこまでいっても変なところでクソ真面目なまま。
ああいいな中毒者。人を夢中にさせる、本人がアディクトにさせてるみたいだ。
まてよ「夜景が綺麗」なんて聞いたことないぞ。アンタが眺めてたのは夜景じゃなかったんか。じゃあなんだったんだろう。あの人は何が「綺麗」だと言っていたんだろう。てっきり夜景だと思っていたからふ〜んだかへぇだかそうだなとか答えた気するけど、なんだったんだろう。夜景を「綺麗」なんて形容する感性があること自体が妙だと思っていたが、やはり夜景ではなかったのだ。夜景じゃなかったんだとしたら何が見えていたんだ。
夜景を見て「わーきれい」なんて言うはずがないと思っていたさ。夜風に当たれば少しはスッキリするんじゃないかって少ない知識でベランダまで引きずった。自分らにそんな感受性があるとも思ってなかったさ、ろくでなし。最初からろくでなしなのかろくでなしになっちまったのか、そんなのも腹の中に入れりゃ一緒だろ。
アンタなんで泣いてたんだっけ。知らないな。
ほんとはアンタのこと知ろうともしてないことがバレたからか? 泣いてる理由も知ろうとしないほど関心が薄いってのがバレたからか? それとも「いいな」って思われるのが嫌だった? バレても別に良かったけど、アンタは知りたくなかったんかな。そんな弱ってたか? どうでも良かったろ。ただ何かを見て素直に綺麗だと呟いた声にしか…………。
何かを感じた? 何を。夜景、キラキラ、夜風、涙、悲しい、懐かしい、喜び? 酒、手から滑り落ちてた、カツンカランカランカラン、見向きもしてなかったはずだ、じゃあどこを見てた? 頭の位置は変わってなかった、顔の向きも、遠くを見つめていた? 遠くを見て「綺麗」と。綺麗、感情、感覚、内面的な何か、心象風景。嗜好品、中毒、溺れる、崩壊、精神的な崩壊、現実逃避、苦痛から逃れられた一瞬。周りから見ればただ痛々しく、醜く、あれは薄ら笑いするような状態で……いいやあれは純粋な陶酔の声だった。アンタもしかして、自らぶっ壊れていくのが美しいものにでも映ってたのか?
……やめよう。こんなパラグラフを展開しても意味がない。あの人は幻覚とか幻聴とかの域に達してたんだ。ベランダの床にビールぶちまけて空気中に喋りかけてフラフラ踊ってたのがいい例だ。どうせなんか違うもんでも見てたんだろ…………あーーーーーーー………………。
――――――――どうでもいい。
煙草を消費して酒を消費して心を消費して人を消費して不幸を消費して、ただただ表面的に消費して。ああハッピーインスタントアンハッピー。お手軽な不幸に導いてくれるならなんだっていい。エモいなんて自分にとってはどれもこれも使い勝手のいい逃避の道具で虚飾でしかない。感情の麻痺、空虚への恐怖? 自暴自棄とかそんなんじゃないよ。そんなんなんか? そういう濃度にいるのがただ心地良くて、ただ重苦しくて、ただ慣れ親しんでいて、ただ安心できるだけ。導いてくれるなら別にチープな夜景でもいい。誰かが残業しているただの電気の光で構わない。うす雲に霞まされている名前の認知すらされていないようなちっちぇ星屑でも構わない。夜景を綺麗だと思うことは今後しばらくないだろうし、こんなに夜景は遠いのだから、ああそうだよ、アンビバレント、自分も十分中毒者、だからこの際なんだっていい。インスタントなアンハッピーを三分で作れるのならハッピーだからどうだって。
︰命が燃え尽きるまで
楽しかった日の夜景は一段ときれいに思えるし、きっと今日の思い出は近い将来寂しい出来事として記憶されるんだろうし、そう思うと今の楽しいって気持ちも少しだけ愛おしいと思える。
体をじんわりと痺れさせる穏やかな痛み。幸せの痛みってものだと思う。世の中何でも等価交換だから、幸せを味わうと痛く悲しくなるものなのだ。
締め上げて食い込んだところから「楽しい」とか「嬉しい」とか「幸せ」が滲み出てくる。痛めつけて傷つかないと自覚できない。認められない。幸せも凶器みたいなもの。刺して血が出てきてから痛いと自覚できるようなもの。いたんでからでなければ幸せかどうか気にもしない。
ネガティブな感情が良くないことでポジティブな感情が良いことなんてのはイメージで、どちらの感情も良いもんじゃないし、素敵なものだと思う。どっちでも痛いんだから。
破裂するまで締め上げて、バチンと弾けさせて、全部ぶちまけてしまった方が楽だろうか。全部溶かしてしまった方が楽だろうか。
心が足りない。命がきっと足りない。
感情を消費して命を燃やしているなら、感情によって命が消耗していくなら、足りない。
命が燃え尽きる瞬間まで感じ続けなければならない。いくらあったってずっと痛い。
痛い。どんな感情でも痛い。幸せな感情のほうがずっとずっと鋭利で痛い。心が足りない。
いっそ早く素敵な思い出に変わってしまいますように。痛みも葛藤も苦しさも忘れて単なる「思い出」としてふんわりとした「寂しい」に美化されてしまいますように。たかが過去の一つになってしまいますように。
︰夜明け前
空を眺めていると少しだけ身軽になれる。
ここのところ同じことを考えている。同じことに囚われているのはもう随分昔からか。
囚われているから同じことを考えているのだ。「そればっかり」って、そりゃあそうだよ。
紫と藍が混ざり合って、地平線あたりは細く青白い。これから空は徐々に色を薄めていく。
ただぼーっと、ゆらゆら薄明を眺める。
復讐心とか、そんなのも、伸びて薄れていくようなもんかな。ヤケクソになって、拗ねて、縮れて固まったこれも薄く伸ばされて。
「あいつのせいじゃん」と呟いてみて、弁解するように「他責はだめよな」とこぼれ落ちる。
まだ暗い空の色に乗せて、なんとなく広がってく心ってやつを想像する。
いつか白む空のように明るくなるだろうか。
「心の中で他責するくらいいいかなぁ」なんて、包み込んでくれる球体に向けて。
「他責はだめよなって思えてる時点で立派じゃないか。他責して全部人のせいだって暴れててもおかしくなかったろ」
口から出た言葉の煙が細く長く広がる雲に変わってく。
「責めてもいーよなぁ。他人のことも、自分のことも」
人を責めてはならない、他者も自己も責めてはならない。そういう決めつけ、痛くて辛かったんだよなぁ。
「他人のこと責めたいなら責めてもいーよ。自分のこと、責めたいなら責めてもいーよ」
誰にもそれは咎められない、当事者以外が口を出せることではない。なら、事象をどう扱うのかは己が決めることだ。
風が優しい。柔らかい風が体をほどいていく。
細い糸になってくみたいだ。
自分が弱かったから、弱いから。強くなりたかった、なれなかった。
責めたいなら自分のこと責めてもいいんだ。いいんだ。誰もこの気持ちを咎めることはできない。そんな権限なかったんだよ。
だってみんなただの他人だしなぁ。
自他境界ゆるゆる人間があれこれ口出ししてきてたんだよ。お前は私じゃないし、私はお前じゃない。こんな当たり前も理解できないほど脳みそ変になってたんだなぁ。
責められたら、責めてたら、ちょっとホッとするんだ。あの人達は悪くなくて、自分が弱かったからだよねって思える。それこそ現実を見ず逃げてしまえた。
私の痛みは私だけの痛みで、あの人達の痛みはあの人達の痛みだ。別物で、交わることがあったとしても同じではない。
「私は貴方じゃないから、アンタのことよく分かんねぇや。アンタも、私のこと」
理解なんてのはなくて、そこにはただ解釈があるだけ。憶測と同情と手探りで相手を理解しようとしているだけの決めつけ、ただの解釈。
誰も悪くなかったってことにしたら楽なんだ。誰のことも咎めなくていいってことは、誰のことも憎まなくていいってことになるはずだと。
ああ、でも、悲しいな。
涙、しょっぱい。
早く太陽が見たいな。
『むずかあし』
――――あ
救われてくれるのかな。大丈夫なのかな。「難しいね、分かんない」って気恥ずかしそうに照れながら笑ってた。君は救われるのかな。
「むずかあし」
……難しいね、考えるって、難しいよね。
悲しいな、でも好きだよ。夜明けだって悲しいど、でも好きだよ。朝は怖いけど、昼は嫌だけど、夜明けが来てほしいと思うよ。
寂しいね。本当は身を寄せ合っていたかったのかな。
どこまでも、どこまでも空は広い。空はどこまでも、いつまでも、綺麗だ。
空に包まれている間はきっと正気でいられる。
夜ほど鬱屈していない、夜ほど孤独を誘う静けさじゃない、夜明け前の静寂は、包み込んで側にいてくれてる。
きっとちっぽけな人間のことなんて気にしちゃいないんだろうけど。
夜明け前の、これから温かくなる前の冷たさを、まだ好きでいられる。
︰本気の恋
いつまでも元気でいてね。いつまでもどこまでも明るく笑っていてね。溌剌としたあなたの事をきっとこの先も思い出す。アイドルという存在に惹かれたことも、ペンライトを握ったことも、色に染められたのも、全部あなたが初めてだったの。
煌めくあなたが大好きだった。あたしの初恋、あたしのはじめて。かわいいかわいいビビッドピンク。弾けるような笑顔だけれど、長い黒髪が大人っぽくて、ああでも喋り方は無邪気で愛らしい。リアルタイムで成長を追えることがあんなにワクワクすることだったなんて、あたし本当にあなたに出会えていろんなことを知っちゃった。
あたしはあなたのただのファン。あなたに光を貰った一人。あたしあの夏夜、あなたの輝きに魅せられちゃった。ぬるい空気から逃げ出して、冷房の効いた部屋で一人、画面の中でチカチカ光るあなたを見たの。なんてまばゆいびびっどぴんく! 普段何気なく見てスルーしてた、今まで気にも留めてなかった。たったあのときあのウィンクで、まんまとキラキラ瞬いちゃった。
かわいい、かわいい……かわいい!
あなたの歌を何度も聴いた。映像だって何度だって見返した。あなたの声もまなこも振る舞いも、何もかもが素敵に見えた。かわいいかわいいビビッドピンク、もう一度笑ってウィンク飛ばして! 輝くピンクのペンライト、握りしめたこと忘れない!