よあけ。

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︰夜明け前

空を眺めていると少しだけ身軽になれる。

ここのところ同じことを考えている。同じことに囚われているのはもう随分昔からか。

囚われているから同じことを考えているのだ。「そればっかり」って、そりゃあそうだよ。

紫と藍が混ざり合って、地平線あたりは細く青白い。これから空は徐々に色を薄めていく。

ただぼーっと、ゆらゆら薄明を眺める。

復讐心とか、そんなのも、伸びて薄れていくようなもんかな。ヤケクソになって、拗ねて、縮れて固まったこれも薄く伸ばされて。

「あいつのせいじゃん」と呟いてみて、弁解するように「他責はだめよな」とこぼれ落ちる。

まだ暗い空の色に乗せて、なんとなく広がってく心ってやつを想像する。

いつか白む空のように明るくなるだろうか。

「心の中で他責するくらいいいかなぁ」なんて、包み込んでくれる球体に向けて。

「他責はだめよなって思えてる時点で立派じゃないか。他責して全部人のせいだって暴れててもおかしくなかったろ」

口から出た言葉の煙が細く長く広がる雲に変わってく。

「責めてもいーよなぁ。他人のことも、自分のことも」

人を責めてはならない、他者も自己も責めてはならない。そういう決めつけ、痛くて辛かったんだよなぁ。

「他人のこと責めたいなら責めてもいーよ。自分のこと、責めたいなら責めてもいーよ」

誰にもそれは咎められない、当事者以外が口を出せることではない。なら、事象をどう扱うのかは己が決めることだ。

風が優しい。柔らかい風が体をほどいていく。

細い糸になってくみたいだ。

自分が弱かったから、弱いから。強くなりたかった、なれなかった。

責めたいなら自分のこと責めてもいいんだ。いいんだ。誰もこの気持ちを咎めることはできない。そんな権限なかったんだよ。

だってみんなただの他人だしなぁ。

自他境界ゆるゆる人間があれこれ口出ししてきてたんだよ。お前は私じゃないし、私はお前じゃない。こんな当たり前も理解できないほど脳みそ変になってたんだなぁ。

責められたら、責めてたら、ちょっとホッとするんだ。あの人達は悪くなくて、自分が弱かったからだよねって思える。それこそ現実を見ず逃げてしまえた。

私の痛みは私だけの痛みで、あの人達の痛みはあの人達の痛みだ。別物で、交わることがあったとしても同じではない。

「私は貴方じゃないから、アンタのことよく分かんねぇや。アンタも、私のこと」

理解なんてのはなくて、そこにはただ解釈があるだけ。憶測と同情と手探りで相手を理解しようとしているだけの決めつけ、ただの解釈。

誰も悪くなかったってことにしたら楽なんだ。誰のことも咎めなくていいってことは、誰のことも憎まなくていいってことになるはずだと。

ああ、でも、悲しいな。

涙、しょっぱい。

早く太陽が見たいな。

『むずかあし』

――――あ

救われてくれるのかな。大丈夫なのかな。「難しいね、分かんない」って気恥ずかしそうに照れながら笑ってた。君は救われるのかな。

「むずかあし」

……難しいね、考えるって、難しいよね。

悲しいな、でも好きだよ。夜明けだって悲しいど、でも好きだよ。朝は怖いけど、昼は嫌だけど、夜明けが来てほしいと思うよ。

寂しいね。本当は身を寄せ合っていたかったのかな。

どこまでも、どこまでも空は広い。空はどこまでも、いつまでも、綺麗だ。

空に包まれている間はきっと正気でいられる。

夜ほど鬱屈していない、夜ほど孤独を誘う静けさじゃない、夜明け前の静寂は、包み込んで側にいてくれてる。

きっとちっぽけな人間のことなんて気にしちゃいないんだろうけど。

夜明け前の、これから温かくなる前の冷たさを、まだ好きでいられる。

9/13/2024, 8:05:48 PM