よあけ。

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11/15/2023, 1:58:31 PM

お題:子猫

 「みゃう」
 三角座りで蹲っていたときに声をかけられて、ほとんど条件反射で顔を上げた。
「なんだ、ねこかぁ…」
 小さな黒い毛玉がぼくの足に擦り寄ってくる。子猫の4本足は白く、靴下を履いているみたいで可愛いと思った。撫でようと手を伸ばすと子猫は足から離れて僕の周りを歩き始めた。思っているよりも細い体で、もしかしたら栄養失調寸前なのではないかと不安になる。
 食べ物は持っていないし、お金も全部なくなってしまった。この子に与えられそうなものは何もない。
「みー、みー」
「ごめんよ、何も持ってないんだ」
 手を差し出すと子猫が近寄ってきて、匂いを嗅ぎ、ペロペロと手のひらを舐め始める。
「……きみも、追いやられてここに来たのかい」
 返事はなく子猫はただ舐め続ける。そっともう片方の手を伸ばして子猫を撫でた。緊張が抜けて、少し駄弁りたくなった。
「ぼくは、弱虫だから、こんなところで蹲ってるんだよ。お金も取られちゃって…………お母さんになんて言い訳しよう……ぼく、ぼくほんとはもっと、今日こそ立ち向かうんだって、き、きめてたのに、うっ……ぐ、うぅ」
 ぼたぼた、情けないのに涙が止まらない。
「もっと強くなりたい……」
「みゃう!」
「うわぁあ」
 子猫が飛びかかってきて後ろに倒れた。その拍子に、少し遠くに置いてあるダルボールに気づいた。子猫を抱えてダンボールまで歩く。
 ダンボールの中には布と「拾ってください」の文字。
「きみ、捨てられたの……?」
「みゃあ」
「……」
「みゃー」
 つばを飲み込んだ。深呼吸をした。
「……よし。うちで引き取れないか聞いてみるよ。無理なら……誰か探してみよう」
 ここで子猫を見捨てて逃げ出すと、もっと弱虫なぼくになってしまう気がした。
「うちに帰ったらまずお水を用意しよう。それから……猫って何が食べられるんだっけ」
「みー」
 とにかく、帰ったら調べて何か食べ物も準備しよう。
「帰ろうか」
「みゃう」

11/14/2023, 4:23:06 PM

お題:秋風

秋風が目を刺した。
あなたへの愛も尽きた。
凍りを望み、冬に向け涙す。
あなたは知っているだろうか。
そのハンカチが風に溶けることを。
気づいているだろうか。

吹いて、ふいて、黄落して
吹いて、ふいて、落ち葉舞って
吹いて、ふいて、止まって

秋風が喉を刺した。
あなたとの愛も尽きた。
雪解け願い、震え春を待つ。
わたしは知っているだろうか。
あかぎれ作る秋風が止むことを。
気づいてるだろうか。

吹いて、ふいて、吹雪いて
吹いて、ふいて、まって
吹いて、ふいて、とまって

■■

秋風が吹く
――男女の愛が冷めること

11/13/2023, 4:41:47 PM

お題:また会いましょう

また会いましょう。
明日か、その先か、未来かで。
風の吹く雪山で。
蛇口をひねった水道の前で。
蜃気楼を隔てた向こう側で。
すれ違う列車の間で。
また。

11/11/2023, 5:17:15 PM

お題:飛べない翼

地に足をつけて歩いてほしい。僕と同じように。

君は優しくて、誰にだって親切で、純粋で。
幸せを運ぶ青い鳥に相応しいほど、君は。
僕にも声をかけた。だって、君は青い鳥だから。

君の翼の手入れをした。
お湯は駄目で、水をたんと与えた。
力いっぱい擦らず、優しくなでた。

君は大いに喜んで僕を慕ってくれた。
手を差し伸べると君は破顔して僕の手を取った。
幸せの青い鳥 空高く舞う 君

奇麗だった。とても。だからもいだ。
丁寧に丁寧にお世話をして、美しい翼を授け、飛べない翼にするまでも、すべて僕がしたかった。

どんな顔も見てみたかった。
その顔が見てみたかった。
そんな顔をしないで。

僕と同じになってほしかった。
君は笑った。
いつもと同じように。

もげた翼を踏んづけて僕に手を伸ばした。
僕は取り損ねて君は思い切りこけた。
それでも君は笑った。手を伸ばして。

「これで、あなたと、同じになれます」
足で翼を踏んづけて、手を伸ばして。
僕と 同じように。

11/10/2023, 5:07:08 PM

お題:ススキ

ススキは背が高かった。

遠足の自由時間のとき、辺り一面ススキが生えている場所へ、わ〜〜っと入っていった。自分よりも背の高い植物は木かひまわりくらいしか知らなかったから、新鮮で夢中になって走った。

ざわざわ、ざわざわ。
風が吹けばススキは音を立てて大きな影を作った。
ざわざわ、ざわざわ。
だんだん、話し声に聞こえてきた。

ざわざわざわざわ。

気がつくと、帰り道が分からなくなっていた。焦り、無我夢中で走った。かき分けてもかき分けても背の高いススキばかり。

ざわざわざわざわ。

ススキの声が恐ろしくて脈が早くなり、血の気が引いた。逃げるように走った。走って走って走って、走った。

ざわざわざわざわ。

「みーっけ! あれ、泣いてるの、どうしたの?」

腕を掴んでくれたのは同じクラスの子だった。帰り道が分からなくて怖かったことを伝えると

「かえりみち? あっちだよ。ここから見えてるよ」

あっちと指が向けられた方へ顔を上げた。

なんと、さっきまで辺り一面にあったはずの背の高いススキが、自分より背が低くなっていた。

さっきまで確かに背が高かったはずなのに。

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