光が窓辺に触れるとき、
青いカーテンが息をする。
朝の吐息は、
金色の塵を巻き上げて、
部屋の隅々まで夢の残骸を運ぶ。
風が囁くたび、
生地は柔らかい波を描き、
その向こうにある世界の音を、
遠い海の歌のように届ける。
クラクションは潮騒に、
子供たちの笑い声は水面に弾ける光に変わる。
この一枚の布が、
私の世界と、
外の世界を分かつ。
けれどそれは壁ではない。
薄いヴェールだ。
指先でそっと触れれば、
織り込まれた糸の記憶が蘇る。
父の手のぬくもり、
母の優しい歌声。
それはただの布ではない。
家族の想いが織りなす、
古く、そして新しい物語。
夕暮れ、
光が燃え尽きるころ、
青は紫の深淵に沈み、
カーテンは夜の帳を降ろす。
そして、外の世界が眠りにつくとき、
カーテンは静かに、
私の心を守る。
明日、また光が訪れるまで、
柔らかな影の中で、
私は私自身になる。
このカーテンは、
私の呼吸、
私の鼓動。
そして、
私がまだ知らない、
世界の始まりの扉。
青く、深く、
世界が眠る場所で
ぼくは君を、見つけた。
波は声をなくし
光は色を忘れて
それでも君の瞳だけが
青の奥に、揺れていた。
誰も触れられない深さで
誰も届かない静けさで
ふたりだけ、息をする。
言葉は落ちて、泡になる。
想いは沈んで、歌になる。
君が手をのばすたびに
ぼくの鼓動は
遠い光のように
揺れて消える。
青く、深く、
それは
さよならさえも
響かない場所。
六月の終わり、夕暮れ時の風が少しだけ湿り気を帯びていた。
公園のベンチに座り、氷の溶けかけたアイスティーを手に、ぼんやりと空を見上げた。
どこかでセミが鳴いた気がした。けれど、それは気のせいかもしれない。
まだ夏には早い。でも、確かに何かが変わり始めている。
隣の席に、去年の夏に亡くなった祖母の面影をふと思い出した。
「この風が吹くとね、梅雨が終わるんだよ」
毎年そんなことを言っていた祖母の声が、風に混じって聞こえた気がした。
スマホの画面には、友人たちの楽しげな予定が並ぶ。
海、祭り、花火。みんなが待ちわびる夏。
けれど紗月にとって、夏は少し寂しい季節になった。
それでも 風の中に、あの人の記憶がまだ生きている気がして、そっと目を閉じた。
草の匂い、遠くで聞こえる子どもたちの笑い声、どこからか漂う線香花火のような甘い香り。
ああ、夏が来る。
やさしく、静かに、それはやってくる。
そしてまた、誰かの記憶と、新しい時間を連れてくるのだ。