【春愁】
卒業式で泣かない私は、「冷たい人」なのだろうか。
でも、これからの人生で哀しいことなんていっぱいあるではないか。
卒業式なんて、人生の些細なパーツに過ぎないと思うのだ。
そんなことを考えるのは、私が独りぼっちだからだろうか。
高校生活で、恋人はおろか友達と呼べる人は全く出来ず、失うものが何も無いのだ。
涙など、出るわけないじゃないか。
校長先生から卒業証書を受け取る名シーンでも、涙はちっとも沸かなかった。
最後のHR、啜り泣く声が聞こえる中で、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
最後のHRが終わり、皆は鞄から卒業アルバムを取り出した。
卒業アルバムには、寄せ書きが出来るページがある。
各自泣きながら寄せ書きをする中、私はこっそりと教室から抜け出した。
混み合う廊下を通り、私は南校舎に向かった。
南校舎には音楽室や家庭科室などの特別教室しか無い。
私はパタパタと足音を響かせて、ある扉を開けた。
ギィィと音を立てて扉を開くと、そこには小さな庭があった。
中庭だ。
近くにはベンチがあるし、綺麗な桜を眺めることができる。
私はいつものようにベンチに座り、ただ風景を眺めることにした。
昼休みは、いつもここでお弁当を食べていた。
わざわざ南校舎に来てお弁当を食べるのは私くらいだから、私は静かな景色しか知らない。
鳥がピチピチと鳴いて、風がざわめき、葉っぱが擦れる音だけが、美しく響くのだ。
ここは疎ましい喧騒とは程遠く、私にとっての"隠れ家"だった。
正直、高校生活の思い出なんて無い。
先生の話が面白かった、とかそんなことくらいだけだ。
いや、こんな記憶でも、思い出と呼んで良いのだろうか。
高校生活のことなんて、何か特別なきっかけがない限り、もう二度と思い出すことは無いのだろうか。
それとも、こんな高校生活を思い出す日が来るのだろうか。
いずれにせよ、この日々はもう二度と戻ることは無い。
私は中庭を後にした。
小説のネタ、一体どこにあるんですか???
【アンフルフィルド】
⚠️流血表現あり
⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️⚠️
肩を押さえていた手には、血がべっとりと付いていた。
銃弾が肩に当たったのだ。
血は腕を伝って、滴り落ちている。
「ここまで、か……」
身体の力が抜けていき、俺はその場に膝をついて倒れ込んだ。
俺の寿命が5分も無いことなど、分かりきっていた。
しかし、俺はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
愛する人にこのパンを渡すまでは。
もっとお金を稼いで、2人で幸せに暮らすまでは。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
走馬灯とやらが見える。
彼女の面影が見える。
彼女の笑顔が、すぐ目の前に見える。
ごめんなぁ、君を幸せにすることは叶いそうに無いよ。
俺の瞼は、もう閉じようとしている。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「――昨夜、強盗と建造物侵入の疑いで40代の男を逮捕しました―」
【人間香学】
「人は香りと共に歩んでいるんだよ」
誰もいない教室で、先生は私にそう言った。
「そうなんですか」
「ええ。
昔のフランスでは、お風呂に入る習慣が無かったから香水を使って体臭を消していたらしいわ。
現代はお風呂が普及しているから、そういった使い方をする機会は減ったけれど、オシャレの1つとして使われるようになったの」
「へえ」
先生の話はまだ続いた。
「匂いは記憶に残りやすいのだけど、私は『香りで何かを思い出す』という行為がとても愛おしく感じるの。
だから、私はそんな香りを作りたいと思った。
私達と密接に関わる存在、香りがそんな存在になれば良いと思ってる。
だから、私の仕事は『人間香学』なの」
先生が言うのだから、間違いない。
だって先生は、世界的に有名な香水ソムリエなのだから。
【ミラーハウス】
「ただいま〜」
リビングに向かうと、お母さんが「おかえりなさい、琴音」と返事をしてくれた。
右を向けば、「今日は早かったな」とお父さんが言う。
「本当は大学の図書館に残って勉強しようと思ってたんだけど、疲れたからやめたんだ。
……あ、そうだ。
明日、友達連れてきてもいい?」
「うん、いいよ。楽しみに待ってるね」
私達家族は、テーブルを囲んで楽しい話を始めた。
今日も、家族団欒の時間が始まる。
―――――――――――――――――――――
「へえ〜、大学の近くに住んでるんだ。
いいなぁ」
「うん、徒歩10分のところに家があるんだ」
安西琴音は、大学のサークルで知り合った子だ。
人よりもよく笑う、ごく普通の子。
大学から家が近い子。
そして、今では私の友達だ。
「琴音って一人暮らし?」
「ううん、お父さんとお母さんと住んでる」
「そうなんだ」
家が近いだけでなく、実家暮らしだなんて、とても羨ましい。
私なんか、通学に1時間はかかるし、一人暮らしだから出費が多い。
「私、一人暮らしだからさ。
家に帰っても話聞いてくれる人がいなくて寂しいんだよね。
琴音って、家に帰ってどんな話してるの?」
「普通だよ、普通。
その日あった出来事とか、面白かったこととか話してるよ」
「いいなぁ」
「もし良かったら、今度家来る?
お父さんとお母さんいるけど」
「いいの?」
「うん!明日とかどうかな?」
「じゃあ、明日の4限終わったらお邪魔させてもらうね」
翌日。
4限が終わり、私は琴音に家を案内してもらった。
「着いたよ」
10分ほど歩いて着いたのは、一軒の古いアパートだった。
外壁は少し汚れていて、心なしか暗い。
「お父さんとお母さんと住んでいる」という言葉から一軒家を想像していたので、少しびっくりした。
「開けるね」
琴音が鍵を差し込んで、ドアを開けた。
「帰ったよー」
「お邪魔します」
しかし、返事が返ってこない。
というか、人の気配がしない。
「あれ、お出掛けしてるのかな」と思いつつも、靴を脱いだ。
ふと靴箱の上を見ると、1枚の写真が飾られていた。
お父さんとお母さん、そして琴音が写っている写真だ。
「ただいま」
琴音がリビングの扉を開くと、そこには2枚の鏡があった。
私と琴音の姿が反射して写っている。
「あ、びっくりした。なんだ、鏡か」
私がそう言うと、琴音は変な事を言い出した。
「え、何言ってんの。
こちらがお父さんで、こちらがお母さんだよ」
琴音は鏡の前に立ち、こう言った。
「おかえりなさい、琴音」、少しびっくりした。
「開けるね」
琴音が鍵を差し込んで、ドアを開けた。
「帰ったよー」
「お邪魔します」
しかし、返事が返ってこない。
というか、人の気配がしない。
「あれ、お出掛けしてるのかな」と思いつつも、靴を脱いだ。
ふと靴箱の上を見ると、1枚の写真が飾られていた。
お父さんとお母さん、そして琴音が写っている写真だ。
「ただいま」
琴音がリビングの扉を開くと、そこには2枚の鏡があった。
私と琴音の姿が反射して写っている。
「あ、びっくりした。なんだ、鏡か」
私がそう言うと、琴音は変な事を言い出した。
「え、何言ってんの。
こちらがお父さんで、こちらがお母さんだよ」
琴音は2つの鏡を指差した。
右にあるのは縁が黄色い鏡、左にあるのは縁が緑色の鏡だ。
どちらも、全身が写るスタンドミラーだ。
「えっと……どう見ても鏡にしか見えないんだけど。」
「いや、だからお父さんとお母さんだって」
私は、心がざわめくのを感じた。
琴音は鏡の前に立ち、声色を変えてゆっくりと口を動かした。
「おかえりなさい、琴音。
この子が昨日言ってたお友達?
はじめまして。
私、琴音の母です」