中宮雷火

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2/19/2025, 12:34:05 PM

【顔面偏差値判定鏡】※再掲

「あなたはブサイクです」
顔面偏差値判定鏡にストレートに言われた。
「いや、そんなストレートに言わなくても…」
「これが私の仕事なので。」
鏡はツンとした声色で答えた。
嫌な鏡を貰ったものだ。
友達から誕生日プレゼントとして貰ったのだが、相性は最悪だ。
美人な友達も、私がブサイクであるのは見て分かるのにこんな鏡をプレゼントするなんて、
本当に性格が悪い。
友達の誕生日には、性格偏差値判定鏡を贈りたいものだ。
 
本当は直ぐにでも捨ててしまいたいのだけど、鏡が無くなるのも嫌だ。
全身をちゃんと確認できるものがいい。
「あなたは本当にブサイクです。
そんな格好で人前を歩くなんて。」
分かってる、そんなの。言われなくたって…
「鼻と唇の距離が遠い、乾燥肌、唇も乾燥気味。フェイスラインがスッキリしていない、
ファッションセンスが 皆無、……」
次々と私のブサイク要素を挙げていく鏡に対して、私は苛立ちと惨めさを感じていた。
しかもこの鏡、具体的にどこを直せばいいのか教えてくれない。
不良品にも程がある。
「分かってる、そんなの……」
ブサイクな私は大学へと向かった。

大学帰りにプチプラコスメを買って帰った。
家に帰って早速試してみる。
「あらあら、メイクの練習なんて珍しい。
そんなの、自分を良く見せるための仮面みたいなものですよ。」
うるさい。
私は無視して練習した。
「そんなに頑張っても、元の素材が変わるわけ無いのに。」
「じゃあ、整形しろって言うの?」
さすがに頭にきて、言い返した。
「……」
「いい加減口閉じてよ。」
私は再びメイクの練習を始めた。

今日は休日。
友達と服を買いに行った。
こちらの友達は心優しくて、あの毒舌鏡を送りつけた性格の悪い友達とは真逆の聖人だ。
「うーん、イエベならこっちのほうが血色良くなりそうだけどなぁ…」
「えっと、イエベとブルベって何?
私、全然詳しくなくて。」
「肌が黄色よりなのはイエベ、青寄りはブルベ。
まあ、ちゃんと診断してみないと分からないけどね。
血色良く見せるためには、こういうパーソナルカラーに合わせると良いみたいだよ。」
そう言って友達が選んでくれたのは、秋らしい低彩度な赤色だった。

2カ月後のこと。
美容院で髪を切ってもらった。
ふんわりしたボブ。
結構気に入っている。
最近は割と肌の調子がいい。
乾燥気味だった肌は、新しい化粧水のお陰か、もっちりしている。
最近は、少しだけ毒舌鏡が柔らかくなったような気がする。
「アホ毛が立っている、唇が乾燥気味、ネイルが下手、メイクが下手。
まあこれくらいですかね。」

月日がかなり経って、2年後。
「まあ、良いんじゃないですか」
遂に毒舌鏡から褒めてもらえた。
「え、えっ、悪いとこは?無いの?」
「強いていえば、爪がやや長いです。」
やった、遂にやった。
見たか?私を馬鹿にしてきた奴。
今までに無い多幸感が私を埋め尽くしていた。
「それじゃ、」
「え?」
私は養生テープを用意し、鏡に直接貼り付けた。
「な、何をするんですか?」
「今から貴方のことを捨てるの。」
鏡に貼り終え、私は床に新聞紙を敷いてからハンマーを取り出した。
「ま、まさかそれで…」
「こうすればゴミが小さくなって、捨てやすくなるからね。」
「やめて」
私は無視してハンマーを振り下ろした。
パリンッと音を立てて、豪快に割れた。
ハンマーを振り下ろす度、私は心が軽くなるのを感じた。
かわいいとかかわいくないとか、どうでもいいじゃないか。
ブサイクとか美人とか、どうでもいいんだって。
割れた鏡には、見た目以上に美しいものを持つ私の姿が反射している。

2/18/2025, 11:09:18 AM

【過去の自分へ、お手紙書きませんか?】

「過去の自分へ、お手紙書きませんか?」
これが、私が働いている会社のキャッチコピーだ。

株式会社Dear。
ここでは、過去の自分に手紙を届けるサービス、その名も「過去への手紙プロジェクト」を提供している。
15年の準備期間を経て、最近やっと正式にリリースされたばかりだ。

「あの、すみません」
「はい?」
「ここって、『過去への手紙プロジェクト』の窓口ですか?」
過去への手紙プロジェクトは、Web上に加えて、会社内の窓口でも行なわれている。
ダントツでWebが人気で、窓口はいつも暇だ。
「はい、そうですよ」
「ああ、良かった。過去の自分へ手紙を書きたくて、手続きをお願いしたいんです。」
珍しくやってきたお客様は、30代の男性だった。

このプロジェクトは、幾つか気をつけないといけないことがある。
1つ目は「未来に手紙を送ることができないということ」だ。
過去というのは既に存在しているが、未来は不確定だからだ。
誰かの言動や選択で、未来は幾つにも分岐する。
その為、未来に手紙を送ることが難しいのだ。

2つ目は「お客様が書いた手紙の内容は、個人情報として守られること」だ。
これはどういうことかというと、私達スタッフが手紙の内容を確認したり、外部に漏らしてはいけないということだ。
客の中には、特殊な事情を持った人もいる。
なので、プライバシーへの配慮が不可欠なのだ。

お客様の個人情報を登録した後、別室に誘導した。
「こちらで、ご自由に手紙を書いていただけます。
何かありましたら、こちらのインターホンからお申し付けください」
「ありがとうございます」
私は、部屋にお客様を一人残して離れた。

お客様に手紙の内容を質問することはタブーである為、お客様がどのようなことを書いているのか、さっぱり分からない。
こういうのって、もっとドラマ性があって面白いはずなんだけどなあ……。
そう考えながら窓口で頬杖をついていると、
「お疲れ様」と言う声が聞こえた。
振り向くと、声の主は先輩だった。
プロジェクト発足当初から働いている、古株の先輩だ。
「久しぶりの接客だから、疲れたよね。
はい、コーヒー。これおいしいのよ」
「え、ありがとうございます……!」
先輩はいつも私を気に掛けてくれる。
とても頼り甲斐があって、何でも話せる先輩だ。
「先輩」
「どうしたの?」
「私、いっつも思うんですけど、お客様がどんな手紙を書いているか知ることができないって、ドラマ性が無いと思うんです」
「仕方ないよ、ルールだから。」
「ですよねぇ……」
私は再び頬杖をついた。
駄目なことは分かっているけれど、干渉できないというのはやはり寂しいというか、楽しくないというか。
「でもね、私、思うんだけどさ、」
先輩が口を開いた。
「お客様、行きと帰りで顔が違うんだよね」
「どういうことですか?」
「行きは、何だか思い詰めた表情をしている人もいるんだけど、帰りには嘘みたいに晴れてるの。モヤモヤが晴れたって顔してるのよ。
それも、十分ドラマ性があると思わない?」
先輩がこの会社でずっと働いているのは、その光景に働き甲斐を見出してるからなのかもしれない。

「すみません」
「はい」
「手紙、書けました。手続きをお願いできますか?」
先ほど案内したお客様は、確かに笑顔が増えていた。

お客様を見送った後、私はその背中をずっと見つめていた。
「過去への手紙プロジェクト」の目的は、過去の自分に手紙を書くだけではなく、お客様に笑顔になってもらうことだ。
お客様の笑顔には、ドラマ性がある。
この仕事に就いて良かったと、私は心の底から思った。

2/14/2025, 2:49:40 PM

【未来からの感謝状】

死にたいと思った日の朝、ポストに手紙が入っていた。
「結宛に封筒が届いてるわよ?」
朝ご飯を食べにリビングへ向かうと、お母さんから封筒を渡された。
受け取った封筒には、確かに私の名前が書いてあった。
誰だろう?
そう思いつつ封筒を開けると、中には1枚の手紙が入っていた。

8:15。
学校へ向かう時間だ。
しかし、別に学校に行く気など無かった。
家から一歩踏み出したものの、その足は学校とは真反対の方向に向いていた。
ズル休み。
そんなことは分かっているけど。
学校に、どうしても行きたくなかった。
私には友達なんか一人もいなくて、いつも陰口を言われているから、学校に行く気になれなかった。
昨日までは頑張っていた。
けれど、もう無理だった。
今日の夕方、どこかでひっそりと死ぬつもりだ。

8:30。
罪悪感と心地よくない解放感を抱えて向かった先は、小さな公園だった。
遊具が少しだけある、人気のない公園。
私は滑り台に腰掛けて、天を仰いだ。
私は、この先どうなるのだろうか。
ただ不安しか無かった。

そういえば、まだ手紙読んでないや。
ふと思い出し、今朝届いたばかりの手紙を鞄から取り出した。
差出人は……自分?
私は目を擦ってみたが、差出人の名前はやはり自分だった。
こんな手紙、自分宛に書いたっけ?
記憶を辿ってみたが、自分宛に手紙を書いた記憶は一切無かった。
とりあえず、読んでみるか。
そう思って、私は手紙に目を通した。


拝啓

空が高く、雲がくっきり見える、すがすがしい季節ですね。
学校に行く気になれない貴方は、今頃は学校と反対方向にある公園でこの手紙を読んでいるのでしょう。

私は25歳の貴方です。
今は大手の広告代理店で、毎日楽しく仕事をしています。
今回、私がこの手紙を書いた理由は、貴方に感謝を伝えるためなのです。
死にたいと思ったにも関わらず、生きることを選んでくれた貴方に感謝しています。 
あれからというものの、確かに苦しいことはありますが、とても楽しい日々を送ることができています。
生きていれば良いことがある、なんて無責任な言葉ですが、生きることを選んでみると、案外楽しいこともあるのですね。

もうじき寒くなるので、お体にはお気をつけください。
生きてくれて、ありがとう。
                  敬具
令和七年十月十八日
                 原結衣
原結衣様


私の目から、涙が零れ落ちていた。
「生きてくれてありがとう」なんて、ちゃんと言われたことあったっけ。
1時間くらい、涙が止まらなかった。
今日は、死ぬの中止。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
25歳になって数ヶ月経ったある日、「過去の自分に手紙を書いてみませんか?」と声を掛けられた。
現在の私といえば、大手の広告代理店で働く毎日だ。
忙しいけど、やりがいがあって楽しい。
何より、仲間がいることに安心感を持っていた。
「実は、『過去への手紙プロジェクト』というものを行なっていて、色んな人に弊社のプロジェクトを体験してもらっているのです。
どうですか?興味湧きませんか?
体験してもらえたら、報酬として金券をプレゼントしますが、いかがですか?」
少し強引な誘いに感じたが、どこか魅力的なプロジェクトに惹かれ、私は過去の自分に手紙を書くことにした。

会社から指示された条件は、「10年前の自分宛の手紙であること」だった。
10年前、か。
私の脳裏には、苦しかった日々、死にたいと思っていた私が浮かんでいた。
「プライバシー配慮の観点から、弊社がお客様に書いていただいた手紙を読むことは無いのですが、手紙の大まかな内容だけ教えてもらってもいいですか?」
そう聞かれた私は、こう答えた。

「10年前の自分に、感謝を伝えようと思っています。生きてくれてありがとう、って。」 

2/11/2025, 10:27:07 AM

【心の在り処】

心は「心臓」にあると信じられていた。
だけど、本当は「脳」にあって、脳が心を機能させるらしい。
動物の心は脳にある。

ならば、植物や無生物の心はどこにあるのだろうか。
そもそも心ってあるのだろうか。

2/7/2025, 11:12:34 AM

【残像】※再掲

車で公園の前を通りかかった。
大きくは無いが、子どもたちが不自由なく走り回れるくらいの公園。
子どもたちの声がキャッキャッと響いている。
「……」
ジャングルジムを楽しそうに登っている子を見つけたとき、僕の脳裏にはあの日の記憶が流れていた。

小学3年生の時のことだ。
同級生が死んだ。
ジャングルジムからの落下による死だった。
あの日、僕はその子と一緒に遊んでいた。
まだそこまで親しいわけではなくて、ぎこちないおしゃべりをしたり、遊具で遊んだりしていた。
それで、ジャングルジムで一緒に競争したのだ。
どちらが速く頂上に辿り着けるか。
僕がリードしていた。
「ねー、たっくん速いよー」
下から声が聞こえて、僕はあの子を見下ろした。
ぎこちなく僕を呼ぶあの子の顔。
笑っていた。
負けじと上に登って、手をかけようとしたときだった。
「あっ、」
あの子は手を滑らせて、そのまま落ちた。
しばらく動かなかった。
あのとき汗はよく覚えている。
だらあっとうざったらしい汗が頬を伝った。
頭は真っ白に冷えてしまって、
何も考えられなかった。

子どもたちははしゃぎまわっている。
いいなあ。
僕は、あの時から公園に通うのを辞めた。
トラウマになってしまったからだ。
どうしても足が公園に向かなかった。
「やったー!私が一位!」
ジャングルジムの頂上にある星を女の子がタッチした。
その時、僕はまた思い出した。

救急車と警察が来た。
僕は事情聴取を受けた。
どんなふうに女の子が落ちたか。
当時の公園には防犯カメラがついていなくて、他に遊んでいる子もいなかった。
完全に僕とあの子しかいなかったので、僕しか事情を知らなかったのだ。
「手を滑らせて、落ちました。」
僕はこう答えた。
嘘はついていない。
嘘は、ついていない。

「(僕がこの子の手を蹴ったら)手を滑らせて、落ちました。」
でも、隠していることはある。

結局、この件は事故死ということになり、公園の遊具は全て撤去されることになった。
でも、これは事故じゃない。
あの子は、事故死ではない。
僕が殺した。

僕はあの子が嫌いたった。
いつもテストで100点を取っていて、自慢してくるのだ。
うざかった。
憎かった。
だから、あの時とっさにあの子の手を蹴った。
そしたら、落ちてそのまま動かなかった。
それだけだ。
僕は、嘘はついていない。
誰も真実は知らない。

僕はあの記憶を反芻していた。
彼女が落ちるときのスローモーション。
そこに映り込む僕の青いスニーカー。
君の残像。

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