【モーニングルーティン】
僕の朝は早い。
5時に目覚めて、隣に君がいないことを確認した後、トイレに行く。
その後、ただぼーっとテレビを眺めながら静かに夜明けを待ち、空が段々明るくなってきたら支度を始める。
ちゃんとした朝ご飯を作ってくれる人がいないから、仕方なく菓子パンとコーヒー牛乳で腹を満たす。
7時になり、そろそろ君が起きてくる時間だろうかと寝室を覗いて、「あ、そっか、もう君はいないのか」と肩を落とす。
歯磨きと洗顔を済ませ、スーツに着替える。
8時になって、「行ってきます」と、写真の中の君に声を掛けて、仕事に行く。
【ナイトルーティン】
僕はスーパーでちょっとした惣菜を買って、家に帰った。
いつもの癖で「ただいま」と言うのだけれど、今日も部屋中に虚しく響き渡るだけだった。
電気を付けて、冷蔵庫を漁ってみる。
冷えたお茶をコップに注ぎ、買ってきた惣菜を口にする。
パジャマに着替えて、洗面所へと向かう。
歯磨き粉が減るのが遅くなった。
まあ、その分買い替える回数も減るのだけど。
顔を洗い、またよく目を凝らしてみるのだけど、鏡には僕の姿しか写っていなかった。
無駄に余白のあるダブルベッドに横たわり、
スマホを弄ること無く考え事をして時間を溶かす。
破綻したナイトルーティン。
君がいないから壊れた。
「ただいま」といえば「おかえり」と返ってきたし、
夜ご飯は惣菜なんかじゃなくて君の美味しい手料理だった。
歯磨き粉は今よりも速く減ってたし、
ダブルベッドは2人分のスペースでいつも埋まっていた。
スマホなんか弄らずに2人でずっと楽しく話していた。
全部、君のせいだ。
君がいなくなったから、僕は。
僕は電気を消して、今日を強制的にシャットダウンした。
【心の裏】※再掲
「心って書いて、なんて読むと思う?」
当たり前じゃないか、「こころ」と読むに決まっているだろう。
「『こころ』じゃないの?」
「まあ、そうとも読むけど、別の読み方があるんだよ」
君は椅子から立ち上がり、教室の前にある黒板へと向かった。
白いチョークを手に取り、君は字を書き始めた。
カツッカツッという音が教室中に響き渡る。
僕は、それを教室の後ろから見る。
「心と書いて、『うら』と読むんだよ」
君は振り向いて言った。
「そうなんだ…」
「『心もなし(うらもなし)』って言う言葉があるんだけど、意味わかる?」
再び、君からの質問を考える。
心が無い、それすなわち……
「優しく無いってこと?」
「ちょっと違うねー。
『心もなし』っていうのはね、相手に気を遣ったり遠慮したりしないって意味なんだよ」
僕はそれを言われて、はっとした。
「……なんで、その話をしたんだよ」
すると君はふふっと笑って言った。
「私が失恋したからって、気なんか遣わないでね」
【枯れない愛には花束を】
かつての恋人が好きだったドライフラワーを、自分も買ってみた。
早速部屋に飾ってみると、部屋を包む陽の気を吸い取っているような気がして、それは何だか嫌だったが、部屋に新しいものが増えただけで、気分が良くなった。
ドライフラワーを眺めていると、かつての恋人との思い出が蘇ってきた。
恋人は、ドライフラワーを好んでいた。
恋人の部屋に行くと、棚の上にはいつもドライフラワーが飾られてあった。
どうしてそんなにドライフラワーが好きなのかは分からない。
けれど、花瓶に可愛らしく飾られているドライフラワーは、確かに恋人にピッタリだった。
結局、1年前に破局してしまった。
何年も一緒にいると、どうしても恋人とのすれ違いはあるのだ。
仕方ない。
仕方ないけれど。
ドライフラワーを眺めただけで、また恋人のことを思い出すのだから、未練が残っているのだろう。
あの時自分が何か気の利いたことを言えていたら、とか。
あの時あんな態度とらなければ良かった、とか。
ああ、この恋はとうに枯れたのかな。
そんなことを考えると、少しだけ涙が出そうになった。
そして、この感情は「恋」ではなく「愛」だということに、今更気づいてしまったのだ。
【痛覚】
優しさが痛い。
誰かが私に向けてくれる優しさが、あまりに眩しすぎて、「痛い」と感じることがある。
ほんの些細なこと、「大丈夫だよ」とか「ありがとう」とか、たった10文字以内で済むような言葉も、私にとっては痛かったりする。
優しさに、後光が差している。
【ラブレター】
3年前、クラスメイトの女の子からバレンタインチョコを貰った。
放課後、誰もいない教室で、
「義理チョコだからね、勘違いしないでよ」
って、小さな袋を渡された。
「開けていい?」と聞いて中身を開くと、手作りのハート型チョコが2枚と、お守りが入っていた。
「お守り、作ってくれたの?」
「だって、もうすぐ受験でしょ。
私は推薦組だからもう終わってるけど、大介くんはまだ一般受験が控えてるでしょ?
私が力になれることは少ないけど、応援したいなって」
その言葉を聞いて涙が出そうなのを我慢しながら、「ありがとう」と伝えた。
お守りに支えられながら受験した大学に無事合格し、俺にも春が来た。
そうして春が幾つか過ぎたある日、
お守りが破れてしまった。
「縫い方分かんねえや……」
偶然裂けてしまったお守りを眺めながら、俺は溜息をついた。
はあ、なんでこんなことになったんだろう。
そう思いながらお守りを手に取ると、中に何か入っていることに気づいた。
取り出してみると、小さく折りたたまれた紙があった。
「なんだ?」と思い開くと、何かが書かれていた。
その文字列を頭の中で理解した瞬間、俺は再び溜息をつき、天を仰いでしまった。
ずっと好きです。
ああ、義理チョコなんかじゃないじゃん。
本命じゃん。
俺は天を仰いだ。
連絡先、やっぱり交換しとけば良かった。