中宮雷火

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【未来からの感謝状】

死にたいと思った日の朝、ポストに手紙が入っていた。
「結宛に封筒が届いてるわよ?」
朝ご飯を食べにリビングへ向かうと、お母さんから封筒を渡された。
受け取った封筒には、確かに私の名前が書いてあった。
誰だろう?
そう思いつつ封筒を開けると、中には1枚の手紙が入っていた。

8:15。
学校へ向かう時間だ。
しかし、別に学校に行く気など無かった。
家から一歩踏み出したものの、その足は学校とは真反対の方向に向いていた。
ズル休み。
そんなことは分かっているけど。
学校に、どうしても行きたくなかった。
私には友達なんか一人もいなくて、いつも陰口を言われているから、学校に行く気になれなかった。
昨日までは頑張っていた。
けれど、もう無理だった。
今日の夕方、どこかでひっそりと死ぬつもりだ。

8:30。
罪悪感と心地よくない解放感を抱えて向かった先は、小さな公園だった。
遊具が少しだけある、人気のない公園。
私は滑り台に腰掛けて、天を仰いだ。
私は、この先どうなるのだろうか。
ただ不安しか無かった。

そういえば、まだ手紙読んでないや。
ふと思い出し、今朝届いたばかりの手紙を鞄から取り出した。
差出人は……自分?
私は目を擦ってみたが、差出人の名前はやはり自分だった。
こんな手紙、自分宛に書いたっけ?
記憶を辿ってみたが、自分宛に手紙を書いた記憶は一切無かった。
とりあえず、読んでみるか。
そう思って、私は手紙に目を通した。


拝啓

空が高く、雲がくっきり見える、すがすがしい季節ですね。
学校に行く気になれない貴方は、今頃は学校と反対方向にある公園でこの手紙を読んでいるのでしょう。

私は25歳の貴方です。
今は大手の広告代理店で、毎日楽しく仕事をしています。
今回、私がこの手紙を書いた理由は、貴方に感謝を伝えるためなのです。
死にたいと思ったにも関わらず、生きることを選んでくれた貴方に感謝しています。 
あれからというものの、確かに苦しいことはありますが、とても楽しい日々を送ることができています。
生きていれば良いことがある、なんて無責任な言葉ですが、生きることを選んでみると、案外楽しいこともあるのですね。

もうじき寒くなるので、お体にはお気をつけください。
生きてくれて、ありがとう。
                  敬具
令和七年十月十八日
                 原結衣
原結衣様


私の目から、涙が零れ落ちていた。
「生きてくれてありがとう」なんて、ちゃんと言われたことあったっけ。
1時間くらい、涙が止まらなかった。
今日は、死ぬの中止。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
25歳になって数ヶ月経ったある日、「過去の自分に手紙を書いてみませんか?」と声を掛けられた。
現在の私といえば、大手の広告代理店で働く毎日だ。
忙しいけど、やりがいがあって楽しい。
何より、仲間がいることに安心感を持っていた。
「実は、『過去への手紙プロジェクト』というものを行なっていて、色んな人に弊社のプロジェクトを体験してもらっているのです。
どうですか?興味湧きませんか?
体験してもらえたら、報酬として金券をプレゼントしますが、いかがですか?」
少し強引な誘いに感じたが、どこか魅力的なプロジェクトに惹かれ、私は過去の自分に手紙を書くことにした。

会社から指示された条件は、「10年前の自分宛の手紙であること」だった。
10年前、か。
私の脳裏には、苦しかった日々、死にたいと思っていた私が浮かんでいた。
「プライバシー配慮の観点から、弊社がお客様に書いていただいた手紙を読むことは無いのですが、手紙の大まかな内容だけ教えてもらってもいいですか?」
そう聞かれた私は、こう答えた。

「10年前の自分に、感謝を伝えようと思っています。生きてくれてありがとう、って。」 

2/14/2025, 2:49:40 PM