【過去の自分へ、お手紙書きませんか?】
「過去の自分へ、お手紙書きませんか?」
これが、私が働いている会社のキャッチコピーだ。
株式会社Dear。
ここでは、過去の自分に手紙を届けるサービス、その名も「過去への手紙プロジェクト」を提供している。
15年の準備期間を経て、最近やっと正式にリリースされたばかりだ。
「あの、すみません」
「はい?」
「ここって、『過去への手紙プロジェクト』の窓口ですか?」
過去への手紙プロジェクトは、Web上に加えて、会社内の窓口でも行なわれている。
ダントツでWebが人気で、窓口はいつも暇だ。
「はい、そうですよ」
「ああ、良かった。過去の自分へ手紙を書きたくて、手続きをお願いしたいんです。」
珍しくやってきたお客様は、30代の男性だった。
このプロジェクトは、幾つか気をつけないといけないことがある。
1つ目は「未来に手紙を送ることができないということ」だ。
過去というのは既に存在しているが、未来は不確定だからだ。
誰かの言動や選択で、未来は幾つにも分岐する。
その為、未来に手紙を送ることが難しいのだ。
2つ目は「お客様が書いた手紙の内容は、個人情報として守られること」だ。
これはどういうことかというと、私達スタッフが手紙の内容を確認したり、外部に漏らしてはいけないということだ。
客の中には、特殊な事情を持った人もいる。
なので、プライバシーへの配慮が不可欠なのだ。
お客様の個人情報を登録した後、別室に誘導した。
「こちらで、ご自由に手紙を書いていただけます。
何かありましたら、こちらのインターホンからお申し付けください」
「ありがとうございます」
私は、部屋にお客様を一人残して離れた。
お客様に手紙の内容を質問することはタブーである為、お客様がどのようなことを書いているのか、さっぱり分からない。
こういうのって、もっとドラマ性があって面白いはずなんだけどなあ……。
そう考えながら窓口で頬杖をついていると、
「お疲れ様」と言う声が聞こえた。
振り向くと、声の主は先輩だった。
プロジェクト発足当初から働いている、古株の先輩だ。
「久しぶりの接客だから、疲れたよね。
はい、コーヒー。これおいしいのよ」
「え、ありがとうございます……!」
先輩はいつも私を気に掛けてくれる。
とても頼り甲斐があって、何でも話せる先輩だ。
「先輩」
「どうしたの?」
「私、いっつも思うんですけど、お客様がどんな手紙を書いているか知ることができないって、ドラマ性が無いと思うんです」
「仕方ないよ、ルールだから。」
「ですよねぇ……」
私は再び頬杖をついた。
駄目なことは分かっているけれど、干渉できないというのはやはり寂しいというか、楽しくないというか。
「でもね、私、思うんだけどさ、」
先輩が口を開いた。
「お客様、行きと帰りで顔が違うんだよね」
「どういうことですか?」
「行きは、何だか思い詰めた表情をしている人もいるんだけど、帰りには嘘みたいに晴れてるの。モヤモヤが晴れたって顔してるのよ。
それも、十分ドラマ性があると思わない?」
先輩がこの会社でずっと働いているのは、その光景に働き甲斐を見出してるからなのかもしれない。
「すみません」
「はい」
「手紙、書けました。手続きをお願いできますか?」
先ほど案内したお客様は、確かに笑顔が増えていた。
お客様を見送った後、私はその背中をずっと見つめていた。
「過去への手紙プロジェクト」の目的は、過去の自分に手紙を書くだけではなく、お客様に笑顔になってもらうことだ。
お客様の笑顔には、ドラマ性がある。
この仕事に就いて良かったと、私は心の底から思った。
2/18/2025, 11:09:18 AM