中宮雷火

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11/24/2024, 10:18:30 AM

【セーターを着れない君】

彼は未だ半袖だ。
「寒くないの?」と私が訊くと、
「別に。恒温動物じゃん。大丈夫だよ」と
返された。
いつもと変わらない返事に呆れた。
私はホットコーヒーを一口嗜み、雑誌に目を落とした。
彼はカーペットの上でゴロゴロしている。

月に1回、私達はこうやっておうち時間を過ごしている。
場所は決まって私の家、
外には決して出ない。
別に外に出てもいいんだけど……
「ねえ、」
私は再び訊いてみた。
「ほんとに寒くないの?」
「別に、寒くないよ。
僕はそういう、暑いとか寒いとか無いんだって。
五感が無いんだよ」
「でも私の言う事聴こえるじゃん」
「あ、それは別」

私は暫く躊躇ったが、意を決して言った。
「1ヶ月後、一緒に出かけない?」
すると彼は急に固まってしまった。
「いきなり、何?」
「私も、寒くないから。
寒さなんて平気だからさ、一緒にどこか出かけようよ。
ショッピングとか、映画とか。」
彼は暫く考え、こう答えた。
「無理」
「だめ?」
「いや、考えてみなよ。
僕たちにとっては普通のデートなのかもしれないけど、
他の人からしたら『なんかあの人、一人でぶつぶつ言ってるなー』って思われるんだよ?
変人扱いされるよ?」
「そんなのどうだっていいよ。
私は、二人で色々楽しみたいだけ…」
「あ、12時来るわ。」
彼は私の話を遮って立ち上がり、ベランダに出た。
「今日はベランダから出るわ〜。
じゃ、また1ヶ月後。」
そう言って、彼はベランダから飛び降りた。

私もベランダに出て、下を見た。
もう彼は消えている。
私ははあっと溜息をついた。
もう冬だ。息が白い。
君が死んで1年半か、と考えながら、私は冬の街を眺めている。

11/24/2024, 5:20:30 AM

ヒューーーーーードーーーーーーーン



何か落ちましたね

11/22/2024, 1:10:15 PM

【葬式】

私のおじいちゃんはアルコール中毒だった。
毎日のように酒、酒、酒。
昼夜構わずおばあちゃんに日本酒をねだっていたのを、私はずっと側で見ていた。
おばあちゃんは呆れた顔(というか諦めた顔)をして、無言で日本酒を注ぐのだ。

おじいちゃんはヘビースモーカーでもあった。
おじいちゃんの部屋に入ると煙草の匂いがムンムンと立ち込めていた。
1日に何本吸っているのか想像がつかないくらいだ。
私は絶対に副流煙を吸っているはず。

そんな生活を続ければ当然身体にガタが来る。
年に1回は体調不良で入院することになり、
その度に私はおばあちゃんと一緒にお見舞いに行ったものだ。

そんなある日、突然おじいちゃんが死んだ。
心不全だった。
トイレの中で気を失って、そのまま現世とサヨナラした。
夜6時頃に電話で報せを聞き、あれよあれよと言う間に翌日は通夜、その翌日は葬式と決まった。

葬式の日。
知らない親戚も数多く集う中で、葬式が執り行われた。
皆が最後の別れを告げる中、私はちらっとおばあちゃんを見た。
おばあちゃんは目に涙を浮かべていた。
驚いた。
おばあちゃんが泣いたときなんて、生まれたときくらいしか無いと思っていたから。
その光景を目の当たりにして、
「ああ、それでもおばあちゃんは、おじいちゃんのことが好きだったんだな」と悟った。

11/20/2024, 1:58:03 PM

【航海】

海賊は、船の奥深くにしまっていた宝物を引っ張り出してきた。
ありとあらゆる島で奪ってきた金品を、
あろうことか海に投げ込んでいく。
どす黒い青緑の海に、宝物がきらめいているのが見える。
「俺には、宝物はもう要らない。
だって、君がいなけりゃ意味が無いから。」
海賊にとっての本当の宝物は、
とっくの昔に失っていたのだった。



11/19/2024, 12:21:44 PM

【灯火】

この村では、火を使えない。
遠い昔に、村は忌々しい炎によって焼き尽くされてしまったのだという。
それから人々はこう言うようになった。
「火は呪いだ、私達を殺す悪魔だ」

火が使えないから、電気で代用することがほとんどだ。
熱も光も、すべて電気。
マッチだって無い。
火が無いので火事も起こらない。

そんな村に、ある少女がやってきた。
マッチ売りの少女だ。
マッチ。忌々しい火を灯すもの。
当然、人々は少女に近づこうとしなかった。
通りのあちらこちらで、こんな言葉が聞こえる。
「呪い」「忌々しい」「何をやっているんだ」
「疫病神め…」「あいつは悪魔だ」
「今すぐこの村から去れ!」
少女はきっと気づいていた、
自分がよく思われていないことを。
それでも少女は立ち去らなかった。
来る日も来る日も、暗い通りに座っていた。

少女はただのマッチ売りでは無かった。
「愛」を売っていた。
愛の炎。灯火。
誰かを暗闇から救い出す炎を売っていた。
少女は色々な村を巡り、孤独を感じる人々にマッチを売っているのだった。

しかし、誰もその事に気付かなかった。
いや、気付こうとしなかった。
少女が「これは愛の炎です」と言っても、
「何が愛だ、悪魔め」と一蹴されるのだ。
誰も少女に聞く耳を持たなかった。

少女は次第に不満を募らせた。
「何で誰もマッチを買ってくれないんだ」
「私はこの村を救おうとしているのに」
「この村の人は皆冷たい…」
少女は限界を迎えていた。
遂に、彼女は我慢できなくなった。
少女は自分のマッチに火を付け、
通りにポイッと放った。
あっという間に炎は燃え広がり、道を黒く焦がし始めた。
黒煙の匂いが酷くなっていく。
少女は別の場所に移動して、同じことをやった。
村人の家に、火の付いたマッチを放っていく。

やがて、村中が黒く焼き尽くされていった。
昔と同じように。
残された村人はこう言った。
「やっぱり火は呪いだ、私達を殺す悪魔だ」

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