中宮雷火

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【セーターを着れない君】

彼は未だ半袖だ。
「寒くないの?」と私が訊くと、
「別に。恒温動物じゃん。大丈夫だよ」と
返された。
いつもと変わらない返事に呆れた。
私はホットコーヒーを一口嗜み、雑誌に目を落とした。
彼はカーペットの上でゴロゴロしている。

月に1回、私達はこうやっておうち時間を過ごしている。
場所は決まって私の家、
外には決して出ない。
別に外に出てもいいんだけど……
「ねえ、」
私は再び訊いてみた。
「ほんとに寒くないの?」
「別に、寒くないよ。
僕はそういう、暑いとか寒いとか無いんだって。
五感が無いんだよ」
「でも私の言う事聴こえるじゃん」
「あ、それは別」

私は暫く躊躇ったが、意を決して言った。
「1ヶ月後、一緒に出かけない?」
すると彼は急に固まってしまった。
「いきなり、何?」
「私も、寒くないから。
寒さなんて平気だからさ、一緒にどこか出かけようよ。
ショッピングとか、映画とか。」
彼は暫く考え、こう答えた。
「無理」
「だめ?」
「いや、考えてみなよ。
僕たちにとっては普通のデートなのかもしれないけど、
他の人からしたら『なんかあの人、一人でぶつぶつ言ってるなー』って思われるんだよ?
変人扱いされるよ?」
「そんなのどうだっていいよ。
私は、二人で色々楽しみたいだけ…」
「あ、12時来るわ。」
彼は私の話を遮って立ち上がり、ベランダに出た。
「今日はベランダから出るわ〜。
じゃ、また1ヶ月後。」
そう言って、彼はベランダから飛び降りた。

私もベランダに出て、下を見た。
もう彼は消えている。
私ははあっと溜息をついた。
もう冬だ。息が白い。
君が死んで1年半か、と考えながら、私は冬の街を眺めている。

11/24/2024, 10:18:30 AM