中宮雷火

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9/5/2024, 11:28:18 AM

【海辺】

2001/07/30
久しぶりに、遥とデートをした。
車で港町に行って、海沿いのカフェでランチをしたり、浜辺を歩いたりした。
3ヶ月ぶりに会ったものだから、何だか緊張して、胸の鼓動がやけにうるさくて、とてもむず痒いような感覚だった。
浜辺を歩きながら話をした。
これまでのこととか、これからのこととか。
どうやって出会ったんだっけ、とか。
これからどんな風に過ごそう、とか。
思い出を振り返る度に懐かしさや寂しさが込み上げてきて、
未来のことを話すと期待と不安が押し寄せた。
正直な話、僕は遥と結婚したいと思っている。
こんなに素敵な女性は、もう僕には見つけ
ることができない。
それくらいに愛おしい存在になっていると感じる。

遥は山が好きらしい。
僕はしまった!と思った。
山派だと分かっていれば、海辺でデートなんかせずに山登りすれば良かった。
僕はなんて馬鹿なのだろうと思い、自分を責めた。
だけど、遥は楽しそうだった。
「見て、貝殻!可愛いでしょ?」だなんて言って、はしゃいでいるのだ。
そんな彼女の姿を見ていると、海辺のデートも悪く無かったと思える。
海水で貝殻を洗う彼女は、何だか嬉しそうな顔をしていた。
またいつか、海辺のデートをしたいと思う今日この頃。

9/4/2024, 2:50:37 PM

【光の鱗片】

不登校になってから3ヶ月が経った。
この頃、私の生活習慣は凝り固まっていて、とても退屈だ。
しかし、学校に居ることが苦痛な私にとって、退屈な日常のほうがマシに思えるのだ。
朝は10時ごろに起きて、お母さんが作ってくれた昼食を食べて、天井を眺める生活。
6時頃には友達―かのんちゃんのことだ―とLINEでやりとりをする。
最近は、私に気を遣ってくれているのかLINEでの会話は推しの話がメインだ。
学校での出来事を話すような空気ではない。

勉強せず、ストレスも溜まることがないので、良い生活だ。
とはいえ、こんな自分に対する焦燥も感じていた。
私は、これからどうなるのか。
どうやら、何かのきっかけで社会のレールから弾き飛ばされる人もいるらしい。
私は、どっちだろう。

さすがに何かしなければ。
そんな焦りが膨れ上がり始めたときのことだ。
私は、あるものを見つけてしまったのだ。

お母さんが仕事に行っている間、私はふと
「この家にはどんな物が眠っているのだろう」と気になってしまったのだ。
もしかしたら、お母さんの古い写真とか、絵とか、そんな珍しいものが出てきたりするのではないか?
お母さんの卒アルとか見つけちゃったりするのでは?
などという興味から、リビングにある棚の引き出しを開け閉めしていた。
その時だった。
ある1冊のノートを見つけた。
「きらめき」と書かれていた。
お母さんの字ではない。
私は吸い込まれるようにノートを開いた。

1998/04/13
新曲の製作を開始。
次は、明るい曲を作るつもりだ。

1998/06/02
僕の作りたい歌はこんなに悲しい歌ではない。
僕は、温かいスープのような愛に満ちた歌を作りたいのに。

1998/09/30
曲が完成した。
今回も納得のいく歌は作れなかった。
でも、完成形を作る才能があるのだから、上出来だ。

1998/10/10
今日は同じサークルの人達と日帰り旅行に行ってきた。
紅葉が綺麗だ。
ぜひ歌にしたい。

最初は誰のことか分からなかったが、読み進めるうちに「これはオトウサンの日記ではないか?」と思い始めた。
1998年ということは、当時のオトウサンは
20歳。
この頃から作曲していたのか。

1998/11/15
同じサークルの子とディナーに行った。
とても可愛らしい。
今までいろんな女の子を見てきたけど、この子は何だか特別だ。

1998/12/25
遥と一緒に駅前のイルミネーションを観に行った。
やっぱり、遥は可愛い。
ずっと埋まらなかった心が埋まっていくような感覚がある。

遥とは、お母さんの名前だ。
今まで知らなかったけど、オトウサンとお母さんは同じサークルだったのか。
こんなこと、お母さんは教えてくれなかった。
どんどん読み進めるうちに、日記の中での月日は4年ほど経っていた。
オトウサンは会社員、お母さんは薬剤師になっていた。

2002/05/24
遥との婚約を考えている。
でも、こんな僕でいいのだろうか。
僕はミュージシャンを目指していて、こんなの現実的ではないだろう。
こんな僕でも、遥は好きだと言ってくれるだろうか。

2002/07/24
遥にプロポーズをすると決めた。
どうやってプロポーズすればいいのかよくわからない。

2002/08/19
指輪を買った。
ドキドキする。

2002/08/26
遂にプロポーズした。
僕達は、これから恋人ではなく夫婦になる。
どうか、遥には素敵な人生を送ってほしい。
そのために僕が夢を見せてあげるし、夢を見せてほしいと、本気で思っている。

とてもほっこりした。
オトウサンって、意外と不器用というか、完璧な人ではなかったんだ。
オトウサンも悩んだり迷ったりしてて、でもそこには愛があるようだ。

私はページをめくる手を止めることができなかった。
オトウサンの鱗片がやっと掴めるようになって、私は嬉しかったのだ。
しかし、あるページでその手は止まってしまった。
「……」
そこには、知りたくなかったオトウサンの姿が、痛々しく生々しく綴られていた。
涙が溢れた。
こんなオトウサン、知りたくなかった。

そこには、私が今まで知らなかった数々の事実が書かれていた。
そして、オトウサンの鱗片を掴むヒントも。
私は決めた。
オトウサンの事を、もっと知ろうと思う。
今まで敬遠していたけど、これは私が知るべきことだ。

ここからの物語は、私がオトウサンに近づくための話だ。
物語は始まってすらいない。

9/1/2024, 11:15:32 AM

【負の蓄積】

私は、高校1年生になった。
突然ギターを弾き始めて約3年。
「Fコードが弾けない!」と嘆いていた私も、今では綺麗なFコードで曲を奏でられるようになった。
3年間、色々あったなぁ。
音楽の授業でギターを習ったとき、クラスメイトから凄く褒められた。
嬉しかったなぁ。
思い出を振り返るとキリがない。

そんな私は、県内有数の進学校に入学した。
駅前の学校なので、通学は電車で30分以上もかけなければならないが、慣れてくると案外楽しいものだ。
人間関係が不安だったが、クラスメイトも先生も皆優しくて、とてもほっとした。
親友も出来た。
三島かのんちゃんという子だ。
かのんちゃんとは席が近く、休み時間を一緒に過ごすことが多くなった。
昼ご飯も一緒に食べる仲だ。
一方、部活は軽音楽部に入った。
理由は単純。ギターを弾きたいからだ。
そして驚くべきことに、私はギターボーカルなのだ。
私って正直引っ込み思案だし、人と関わるのは苦手だ。
だけど、このままじゃだめだと思って、勇気を出してみた。
結果的に私は4人組ガールズバンドのギターボーカルになってしまった、というわけだ。
何だか、ワクワクする!
そのようにして順調に走り出した新生活は、
次第に雲行きの怪しい音を立て始めた。

最初の陰りは、班活動だった。
私の高校では班活動が多く、主体的に授業を進めるスタイルだ。
そこで、私は自分のスペックの低さを実感させられた。
皆、リーダー性がある。
その上、勉強もできる。
班内で「ここの問題分からなーい」という声が挙がれば、1秒後には誰かが解法を分かりやすく説明し始める。
私はどうやら「役立たず」らしい。
私なんかいなくても、クラスが成立するということに気づき始めた。

勉強も難しくなった。
中学生の時はテストで80点以上をとっていて、100点を2回取ったことがあった。
だからこそ慢心していた。
高校の勉強の難しさと授業のスピードの速さ、それらに加えて皆のスペックの高さによって、私は完全に勉強する気力を無くした。

部活も上手くいかなかった。
軽音楽部での練習は月2回。
最初は「どんなバンドになるんだろう!」という期待が大きかったが、
そんな簡単に行くわけなかった。
メンバーが全く集まらない。
皆、兼部しているとか勉強が忙しいとかスケジュールを把握していなかったとか言って、部活に来てくれない。
誰だって一度や二度はあるかもしれない。
しかし、毎週のようにそんなLINEが送られてきて、だんだん腹が立っていった。
そして、この間―月日が経って10月の始めだった―にあるメンバーからLINEが送られてきた。

「脱退します」

は?と思った。
散々迷惑かけて、いきなり脱退?
何それ。
しかもそれ以降、その子とは連絡が取れなくなった。
脱退の理由さえ教えてくれなかった。
その他のメンバーに関しても、1ヶ月後には全員脱退した。
私が悪かったのかな?とも思った。
けれど、さすがに酷いと思った。
何度も心の中でメンバーを責めては、そんな自分に腹が立つこともあった。

追い打ちをかけるように、悲しいことが起こった。
近所の楽器屋が閉店した。
ある日、お店の入口に貼り紙が貼られているのを見た。
「この度、中村楽器店は誠に勝手ながら閉店致します。
長きに渡りご愛顧いただきまして誠にありがとうございました。」
噂によると店主の奥さんが亡くなったらしいのだ。
癌だった。
2年前からお店を閉めていて、ずっと心配だったけれど、まさかこうなるとは。
この頃には私の精神はボロボロで、今にも擦り切れそうだった。

やがて学校にも馴染めなくなって、かのんちゃんに心配されることが多くなった。
「大丈夫?元気ないよ。」
その度に私は、
「ごめん、寝不足なだけ!」
などと誤魔化していた。

しかし、誤魔化すことも無理になって、
とうとう12月から、不登校になってしまっ。

かのんちゃんはとても優しかった。
「大丈夫?無理しないでね」
かわいいスタンプと共に送られたそのメッセージは、まるで偽善だとは思えなかった。
しかし、私はそこに既読をつけられなかった。
かのんちゃんの優しさはちゃんと分かってるけど、それを受け止めきれるほどの余裕が無かった。

開けないLINEに溜息をついた。
もう、ほっといてほしい。

8/31/2024, 4:36:14 AM

【香水達の喧嘩】

給食の後の5時間目、教室は異様な匂いに包まれていた。
一言でいうと、臭い。
気持ち悪い。
なぜならば、今日は参観日だ。
参観日ということは、親が来る。
母親とは不思議で 、これでもかというほど香水を着けたがる。
すると、教室は一気に香水臭くなってしまうのだ。
少しだけふわっと香るなら良いものの、
異なる匂いが混じり合えば喧嘩してキツイ臭いを放ってしまうのだ。

そして今日は、香水達の喧嘩が酷く激しかった。
「教室、臭くね?」
僕は、隣に座っている友達にこっそり言った。
「だよな、気持ち悪い」
やっぱりそうだ、間違いない。
香水達が喧嘩している。
僕はちらっと後ろを向いた。
母親達はヒソヒソと話し、笑っている。
きっと、本人達は自らの香水が放つ異臭に気がついていない。

幸いにも窓側の席なので、外から入り込む風が喧嘩を仲裁してくれている。
しかし、隣に座る友達は辛そうだ。
「大丈夫か?」
本当に心配になって、思わず声をかけた。
「うん、大丈夫。全然大丈夫だよ」
いや、全然大丈夫ではなさそうだ。
授業はあと30分。
このままでは、早ければ5分後にも彼のライフが0になってしまいそうだ。
どうしよう。
保健室に連れて行くべきだよな。

しかし、1つ問題があった。
保健室に行くならば、教室の後ろのドアから出なければならない。
これは担任が作ったルールなのだが、授業中に廊下に出るときは、後ろから出ることになっている。
前から出ると、黒板が見えづらくなって邪魔になるらしいのだ。
後ろを通るということは、母親達の前を通らなければならないということだ。
こんなの、自ら殴られに行くようなものではないか。

僕は隣を見た。
友達は顔を真っ青にして俯いている。
いよいよヤバいことになってきたな。
もう保健室に連れて行くしかない!
「先生!」
僕はピンと手を伸ばし、先生を呼んだ。
「どうした?」
「橋本さんが具合悪そうです!保健室に連れて行ってもいいですか?」
「橋本、大丈夫か?菅田、付き添ってあげてくれ。あ、橋本さんのお母さんもお願いします」
僕達は席を立った。
友達を支えて前から出ることにした。
絶対に先生から何か言われるだろうけど、もうそんなの知らない。
「良樹!大丈夫?」
友達のお母さんが駆け寄ってきた。
しかし友達は
「ちょっ…と、近づか、ないで…」
と、突っぱねてしまった。
「おい、後ろから出ろよー」
先生が言った。
しかし、僕達は無視して前から出た。
先生の前を通ったとき、友達が呟いた言葉が忘れられない。
「香水、気持ち悪っ…」

友達を保健室に連れて行った。
今日の保健室は人が多かった。
「良樹に付き添ってくれてありがとうね。もう戻っても大丈夫だよ」
本当はもう少しここにいたかったけど、早く戻らないと先生に怒られるだろう。
僕は教室に戻ることにした。

でも、本当は戻りたくない。
あの教室にいたくない。
授業は残り20分。
サボるのは難しそうだ。
せめてもの抵抗として、ゆっくりと廊下を歩いた。
外から流れ込む風がやけに心地よい。
無臭の風が、僕を撫でてくれるようだ。
 
教室に戻ると、またキツイ臭いを放つ香水に殴られた。
僕は香水に殴られつつも耐え、無事に参観日を終えることができた。

帰りに保健室に寄った。
友達の顔色はかなり良くなっていた。
安心した。
帰り道、お母さんに褒められた。
「すごいじゃん、友達を保健室に連れて行くなんて。
良い子だねぇ〜」
そういうお母さんも、香水の臭いがキツかった。

しばらくして、学校からあるプリントが配られた。
参観日に関するプリントだ。
そこにはこう書かれていた。
「香料による体調不良が増えていますので、参観日に香水をつける際は適量の使用に留めていただけると幸いです。」

8/29/2024, 7:12:27 AM

【私だけの部屋】

大切な人がふらっと現れることを願っている。
あの人、もう遠い過去の中にいる人物。
チャイムが鳴って、玄関を開けると貴方がいる。
そんな妄想だけが頭を覆う。
もちろん、私は一人だ。

私だけの部屋で、今日も誰かを待っている。

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