中宮雷火

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【光の鱗片】

不登校になってから3ヶ月が経った。
この頃、私の生活習慣は凝り固まっていて、とても退屈だ。
しかし、学校に居ることが苦痛な私にとって、退屈な日常のほうがマシに思えるのだ。
朝は10時ごろに起きて、お母さんが作ってくれた昼食を食べて、天井を眺める生活。
6時頃には友達―かのんちゃんのことだ―とLINEでやりとりをする。
最近は、私に気を遣ってくれているのかLINEでの会話は推しの話がメインだ。
学校での出来事を話すような空気ではない。

勉強せず、ストレスも溜まることがないので、良い生活だ。
とはいえ、こんな自分に対する焦燥も感じていた。
私は、これからどうなるのか。
どうやら、何かのきっかけで社会のレールから弾き飛ばされる人もいるらしい。
私は、どっちだろう。

さすがに何かしなければ。
そんな焦りが膨れ上がり始めたときのことだ。
私は、あるものを見つけてしまったのだ。

お母さんが仕事に行っている間、私はふと
「この家にはどんな物が眠っているのだろう」と気になってしまったのだ。
もしかしたら、お母さんの古い写真とか、絵とか、そんな珍しいものが出てきたりするのではないか?
お母さんの卒アルとか見つけちゃったりするのでは?
などという興味から、リビングにある棚の引き出しを開け閉めしていた。
その時だった。
ある1冊のノートを見つけた。
「きらめき」と書かれていた。
お母さんの字ではない。
私は吸い込まれるようにノートを開いた。

1998/04/13
新曲の製作を開始。
次は、明るい曲を作るつもりだ。

1998/06/02
僕の作りたい歌はこんなに悲しい歌ではない。
僕は、温かいスープのような愛に満ちた歌を作りたいのに。

1998/09/30
曲が完成した。
今回も納得のいく歌は作れなかった。
でも、完成形を作る才能があるのだから、上出来だ。

1998/10/10
今日は同じサークルの人達と日帰り旅行に行ってきた。
紅葉が綺麗だ。
ぜひ歌にしたい。

最初は誰のことか分からなかったが、読み進めるうちに「これはオトウサンの日記ではないか?」と思い始めた。
1998年ということは、当時のオトウサンは
20歳。
この頃から作曲していたのか。

1998/11/15
同じサークルの子とディナーに行った。
とても可愛らしい。
今までいろんな女の子を見てきたけど、この子は何だか特別だ。

1998/12/25
遥と一緒に駅前のイルミネーションを観に行った。
やっぱり、遥は可愛い。
ずっと埋まらなかった心が埋まっていくような感覚がある。

遥とは、お母さんの名前だ。
今まで知らなかったけど、オトウサンとお母さんは同じサークルだったのか。
こんなこと、お母さんは教えてくれなかった。
どんどん読み進めるうちに、日記の中での月日は4年ほど経っていた。
オトウサンは会社員、お母さんは薬剤師になっていた。

2002/05/24
遥との婚約を考えている。
でも、こんな僕でいいのだろうか。
僕はミュージシャンを目指していて、こんなの現実的ではないだろう。
こんな僕でも、遥は好きだと言ってくれるだろうか。

2002/07/24
遥にプロポーズをすると決めた。
どうやってプロポーズすればいいのかよくわからない。

2002/08/19
指輪を買った。
ドキドキする。

2002/08/26
遂にプロポーズした。
僕達は、これから恋人ではなく夫婦になる。
どうか、遥には素敵な人生を送ってほしい。
そのために僕が夢を見せてあげるし、夢を見せてほしいと、本気で思っている。

とてもほっこりした。
オトウサンって、意外と不器用というか、完璧な人ではなかったんだ。
オトウサンも悩んだり迷ったりしてて、でもそこには愛があるようだ。

私はページをめくる手を止めることができなかった。
オトウサンの鱗片がやっと掴めるようになって、私は嬉しかったのだ。
しかし、あるページでその手は止まってしまった。
「……」
そこには、知りたくなかったオトウサンの姿が、痛々しく生々しく綴られていた。
涙が溢れた。
こんなオトウサン、知りたくなかった。

そこには、私が今まで知らなかった数々の事実が書かれていた。
そして、オトウサンの鱗片を掴むヒントも。
私は決めた。
オトウサンの事を、もっと知ろうと思う。
今まで敬遠していたけど、これは私が知るべきことだ。

ここからの物語は、私がオトウサンに近づくための話だ。
物語は始まってすらいない。

9/4/2024, 2:50:37 PM