始まりはいつも
始まりはいつもカランと鳴る鐘の音その
ドアを静かに叩く鐘の音を合図に
そのお客様は毎日午前中の九時ぴったりに
カウンター席から少し離れたちょうど真上に時計がある四人席の壁際のソファー席に
座りコーヒーを何故か最初ブラックで
頼むのに後から机脇に置いてある砂糖を
つぎ足す
最初から砂糖を入れたコーヒーも
出来ますと勧めるけれどそのお客様は必ず
最初にブラックコーヒーを頼む
そうして自分で砂糖を入れる。
その数は、必ず四杯
どうやらこのお客様の中で物事を進める
数字と言うのが決まっているらしい
コーヒーが来たら必ずそのお客様は
読書をする。
必ず10ページ読んだら栞を挟み
そしてソーサからコーヒーカップを
持ち上げ揺らしながらコーヒーの香りを
楽しみそれをじっくりと堪能した後
20分掛けて一杯のコーヒーを飲みきり
そうして正午頃 そのお客様は席を立ち
そうして必ず皺の無い新札のお札で会計を
支払うのだ。
そうして穏やかな笑みを浮かべ
店員に朗らかに「ご馳走様」と挨拶をし
紳士然りとした姿勢でまたドアベルを
カランと鳴らし去って行く
そうしてまた今日も午前九時
カランと軽やかに響くベルが鳴り
紳士然りとした風貌で時計の真下の席に着くそのお客様の決まったルーティンがこの
店のいつも通りの始まりなのだ。
すれ違い
もう2時間も待ち合わせ場所である
オブジェの前で待っている。
電話を掛けても繋がらない
彼女に何かあったのだろうか....
もう2時間も待ち合わせ場所で待ってるのに
彼が来ない 電話を掛けても話し中で
繋がらない もう私とのデートの日に
一体誰と話してるのよ!!
女友達とかだったら許さないからと
私は、頬を膨らませもう一度彼に電話を
掛ける。
僕は、彼女が心配でもう一度電話を掛ける
(やっぱり繋がらない....)
私は、僕は、ため息を吐く
この時 彼と彼女は、同じ所に居た
正確には、振り返れば すぐ側に....
オブジェの右側と左側
オブジェの前と後ろ
全く同じタイミングで電話を掛ける
気の合うカップル
気が合い過ぎて 何の神様の悪戯か
さっきからお互いがお互いに全く同じ
タイミングで電話を掛けているせいで
ずっと話し中のアナウンスが鳴り止まないのだ....
お二人さん あともうちょっとだよ!
ほら 電話にばかり気を取られてないで
お互い後ろを振り返って!!
気が合い過ぎて 中々出会えず
すれ違ってばかり居る残念なカップル
二人が出会えたのは、この30分後だったと言う....
ある意味 仲が良すぎるカップルだった...。
秋晴れ
暑さも和らぎ 涼しい風と共に
空も青く澄んでいる。
こんな日は、洗濯物もよく乾く
外出するのにも良い気候だろう
私は、窓辺のベランダにある
ロッキングチェアーに座り読みかけの
小説を開く
散歩道を通った時にはらりと落ちた
綺麗な色の落ち葉を何の気なしに
栞にしてみた。
黄色と緑のコントラストが鮮やかに
目に焼き付いていつまでも見ていたいと
思ったから....
私は、その栞が挟んであるページを
開いて小説の続きを読み始める
ラミネート加工されて鮮やかな色を
いつまでも主張する木の葉にページを
教えられ私は、物語の世界に没入
し始めた。
鮮やかな物語の景色が私の思考を
埋め尽くすまで いつまでも いつまでも
ページを捲り続けた。.....
忘れたくても忘れられない
ドンっと響いた音に最初は、何が何だか
分からなかった。
気付いた時には、血飛沫が飛び散り
腕や顔に朱く広がる。
目を見開くと君の大きな背中が壁になって
僕の所に後ろから倒れかかる
弾が飛んで来た方向には震えて泣き叫んで そうして現実から目を背ける様に背を
向けて逃げて行った一つの影
弾を撃った拳銃は、道端に放り出されて
いた。
後に残ったのは、僕に寄り掛かって
血溜まりを広げて行く君と君の体を
受け止めて何とか出血を止めようと
意味も無く抗う僕だけが残る。
僕は、一生懸命君の出血を止めようと
君の傷口に自分の手を宛がう
頭の奥では、もう無駄だと分かっているのに体は、君を助け様と傷口から手を退ける事をやめない
声をさっきの銃声よりも大きくして
君の意識を繋ぎ止めようと必死に君の名前を呼び君を旅立たせない様にする。
そんな僕の声を遮る様に君の弱々しい手が
僕の頬を触る。
そうして僕の目尻に溜まった涙も一緒に
拭く様に君の体温が徐々に僕の涙の温かさに包まれて冷たくなって行く
僕の涙の雫がぽろぽろと君の顔に落ちる
そうして最期に僕に見せた君の笑顔が
淡く儚く僕の脳裏に刻み付く
そして君は、微かに口を開き
「無事で....良かった....」それを最期に
君の腕が下に落ちる
僕は、泣いた これ以上無いって位に
泣いて泣いて泣きまくり涙が枯れる位に
泣いた。
最期に見せた君の笑顔を思い出すと
心臓を強く鷲掴みにされたみたいに
苦しい
だけど君との思い出を薄れさせたくなくて
最期に僕に見せてくれた君の笑顔が
忘れたい程苦しいのに 忘れたくなくて
何度でも思い出そうとしてしまうんだ
あの時 君が僕を庇って守ってくれたのは
僕が弱いからだろうか....
それとも....君は.... 僕の事を少しは
認めてくれていたのだろうか
今となっては、その真意を聞き出す事は、
出来ない....
君を思い出すと涙が止まらなくなるけれど
胸が苦しくて痛いけれど....
だけれどもこの君との記憶も思い出も
手放したくないと君の笑顔を思い出すたび
強く決意する様に忘れるもんかと
思うんだ....。
やわらかな光
ぽかぽかと降り注ぐやわらかな光
縁側で丸くなって自分の体毛に光を集める
太陽光で温められた自分の毛皮が羽毛布団
みたく光で温められ ふわふわとする。
顔を上げて欠伸を一つすると長い舌と共に
喉の奥が丸見えだ。
上半身が起き上がり周りをきょろきょろと
見渡すと四つん這いになり大きく伸びをする。
尻尾が陽の光に向かってピンと立つ
ふいに耳に「タマご飯だよ!」と言う声が
聞こえる
縁側の丸い光から離れお皿の中の魚の風味の匂いを嗅いで魚のすり身を口の中に入れ
自分の歯で噛み魚の食感と濃い味を味わう
お皿の縁にある物まで舐めとって
新品のお皿みたいに綺麗にすると
舌で毛づくろいをしながら
「ニャアー」と鳴き 大きな手が頭の上を
撫でてくれる。
そうして今度は、縁側に座ったその膝の上に乗りまた丸くなり膝の上を自分の毛皮で
温めながら 今度は、太陽の暖かなやわらかい光と微睡みを誘う様な柔らかな膝の上で 大きな手で撫でられながら
また再びぽかぽかの眠りに付いた。