どうして
どうして? どうして私は あの人の手を
摑んでいるんだろう?
あの人に母や父 大切な人を殺されたと
言うのに....
どうして? どうしてあの女は
俺の手を摑んで居るんだろう...
あの女の何もかもを奪ったのは、
この俺なのに...
きっとこれは罰なのだ
あの女は、俺を殺すなんて生温い罰を
与えては、くれないだろう....
死よりも酷い拷問や責め苦が
待って居るだろう...
当然だ それ程の事を俺は、
この女にしたのだから...
この人に何もかも奪われた
手を摑む義理なんてない...
むしろ手を離して突き落とすべきだ...
それとも私は、この人を簡単には
死なせたくない程 恨んでいるのだろうか
憎んでいるのだろうか...
答えはYESだ自分に改めて問う必要もない
分かり切っている。
それなのに....
何故 俺は最後の最後にこの女を殺せ
なかったのだろう...
幼い頃から誰であろうと殺して来たのに
今更 躊躇する事なんて無い
誰かに恨まれる事も悲しませる事も
慣れている... なのに...
『どうして貴方は そんなに悲しい瞳を
しているの?』
最初は、意味が分からなかった
だって泣いているのは
涙を流しているのは
あの女の方だったから...
なのにその言葉を聞いた瞬間
刃を構えた腕が止まった
殺した者の関係者は誰であろうと
殺さなければいけないのに...
それが俺の生きてきた世界のルールなのに...
最後に私は、『どうして貴方はそんな
悲しい瞳をしているの?』最後にそう問いを投げてしまった。
どうしても あの人の前髪の隙間から
揺れる瞳が忘れられなくて...
その時だった...
突如としてあの人が立っていた
地面が崩れた。
私は、必死に走り 気が付いたら
あの人の腕を摑んでいた。
あの人は困惑した様な表情を浮かべた
どこにも行けない迷子みたいな
空虚な瞳が私を捉え 私をみている様で
何も 誰も見ていない様な瞳に
私は、引っ張られ あの人の腕を力
いっぱい引っ張り 体を何とか
持ち上げ 息を弾ませ 呼吸を整える頃には....
私はあの人を自分の腕の中に抱き締めていた。
気が付けば俺は、あの女の腕の中に居た。
包まれた温もりに俺は、目を丸くし
俺の視界は、酷く歪んでいた。
あの人は、私の腕の中で涙を流していた。
あの人の瞳から流れる涙は
私の頬に当たりその涙は
私にとっては とても暖かかった。
私はその涙の暖かさに触れ
心の中が安堵で満たされた。
ああ私はこの人を....
俺は、あの女の腕の中で
止め処なく声を上げていた。
嗚咽を漏らしていた。
ああ俺は、この女に...
((助けたかったんだ)
助けられたかったんだ)
どうしてから自問自答して
探していた答えにやっと出会えた。
二人....
これからの二人がどうなっていくかは....
誰も知らない 二人でさえも....
自分自身さえも.... お互いさえも....
これからどうして行くかを....
夢を見てたい
「お兄様!!」愛らしく 可憐な声で
妹が僕の名を呼ぶ
一生懸命に僕の元へ駆けて来て
小さく無垢な手で ピンクの花輪を
僕に見せてくれる。
「お兄様の分!!」と木漏れ日の様な
笑顔を僕に見せ 花輪を僕の首に
掛けてくれる。
「ありがとう」僕は、顔を綻ばせ
妹に伝える。
此処は屋敷の中庭 此処には色とりどりの
花々が咲き誇り 僕と妹の憩いの場所として 小さい頃から二人の大切な居場所
だった。
この花園に居る限り僕と妹二人だけで
居られる
まるでいつまでも夢の中に居る様なそんな
甘美な時を感じられる。
いつまでも夢を見させてくれる。...
僕は、愛しげに妹の髪を撫で
今度は、僕が作った花冠を妹の頭に乗せる。
妹は、照れた様に頬を染め僕を
見上げる。
そしてまた 優しい笑顔を僕に
向けてくれる。
いつまでもこの夢の時間が続けば良いのに...
だけど....もうすぐ僕は、妹と離れて
暮らさなければならない。
位の高い貴族の家に養子に出される事が
決まったからだ....
これは決定事項 覆す事は許されない...
妹には、別の家で暮らす事が決まった事だけ伝えた。
妹は、最初わんわんと泣いた
我が儘を言わない妹がその時だけは、
(行かないで)と僕の胸の中で泣きじゃくった。
宥めて慰める事しか出来なかったけど
妹は、次の日には、聞き分け良く
僕に笑顔を向けてくれた。
そんな妹が愛おしくてたまらない...
「お兄様...」花冠を付けたまま妹が僕を
見上げる。
妹も分かっている...
別れの時が近づいている事を....
僕を見上げる妹を僕は、何も言わず
抱きしめた。
神様 出来る事なら まだ夢を見させて下さい
簡単には、覚めない夢を出来るだけ長く僕は見ていたいんだ...。
ずっとこのまま
白い天井 無機質なリノリウムの床
白いベッドに白い布団 病院と言う建物
特有の独特の匂い
清廉潔白なシーツな上で眠り続けている
君
医者の話しでは、ずっとこのままの
可能性もあると言う話しだ....
分かっている そんなの....
でも僕は、諦められなくて....
だって心電図の音は、規則的に動いている
手を握れば体温だって感じられる。
だから 呼吸器を外す決断が出来なくて....
僕は、君が眠るベッドの上に突っ伏す。
「諦めが悪いって よく君に
怒られたっけ....」
僕は、綺麗な顔で眠る 君の耳元に囁く
そうしてまた 昨日と同じ
大粒の涙を 何回も何回も流す。
僕の大きな泣き声で君が
『うるさい~』と言って怒りながら
起き出すのを待つ様に
僕は、諦め悪く 君の手を握って
また 今日も涙が枯れるまで
泣き続けた。
君がもし側で見ていたら呆れる程の
大声で.....
男としては、情けないかもしれない...
こんな僕の 君は一体どこが良かったんだろう。....
ねえ そんな話しも君の口から
聞いてみたいから...
だから 僕は、まだ君の呼吸器を
外さない 外せない
ずっとこのままなんて 僕には、
とても思えないから....
ねえ 君は、いつも寝付くのは
早いのに
起きるのは、遅かったね...
君が まだ目覚めないのだから...
よっぽど良い夢を見てるんだね...
早く聞かせて
君の夢の話しを聞けるのが すごく すごく 待ち遠しいんだ...
だから 僕はいつまでだって待ってるよ
瞳から涙の最後の 一雫を零し
眠る君の額にキスをして
僕は、眠り姫の病室を後にした....。
寒さが身に染みて
冷たい空気が肌に刺し 鼻にツンと抜ける
吹雪が酷くなって行き 老人は、
老犬と共に 自分が住む小屋に引っ込む
玄関で雪を払いドアを閉める。
老犬も玄関口で体を震わせ雪を払う
部屋に入ると老人は、手袋を取り
ジャンバーを脱ぎ
椅子をストーブの近くに寄せて
ストーブを付ける。
老犬も老人の側に寄りストーブの火に
身を寄せる。
一人と一匹で住んでもう何年になるだろう
誰も寄り付かない 山小屋みたいな
一軒家で、一人と一匹は、お互い身を
寄せ合い寒さを凌ぎ
寒さが身に染みる空白の孤独を
お互いの存在で補い合っている事を
二人以外 他の誰も知らない....。
20歳
1月8日今日は成人の日
そして成人式だ
派手な晴れ着を着て精一杯のおめかしを
して 大人の仲間入りを果たしたと
自分に言い聞かせ大人ぶる。
友達とお互いの晴れ着を褒め合い
記念写真を撮ろうとスマホのカメラを
向ける。
しかしカメラを向けられて 無意識に
ピースサインをしてしまう所が
まだまだ子供だなあと自分で思う。
そして あの人にとっては、私は、いくつ
年を取ろうといつまでも子供なのだ。
「お~い!」呼びかけられて私は
振り向く 近所に住むあの人
成人式が終わり迎えに来てくれたのだ。
大きく手を振り ニカッと歯を見せて笑う
あの人 助手席に乗せてもらい
私の家まで車を走らせる。
「君も もう二十歳(はたち)か早いねぇ」
感慨深げにあの人は言う
「ねぇ 私も車の免許とろうかなあ...」と
唐突に私は、あの人にそんな事を言う
あの人は、笑って
「いいんじゃない 車を運転出来れば
いろいろな所に移動出来るし
自分の世界が広がるよ!
友達や家族をいろんな所に連れてってあげられるしね」
「....恋人もいろいろな所に連れてって
あげられるしね...」脈絡も無く私は、
そんな事を言う 言ってしまう....
(何を言ってるんだろう私は....)
少し気分が落ち込む
「そうかもしれないね!!だけど君の
彼氏になる人には、君に車に乗せてもらうんじゃなくて 君を車に乗せてくれる人を
僕は、希望するね!!」
ハンドルを握りながらあの人が言う
私は、思い切って
「貴方みたいな人が彼氏だったら私を車に
乗せてくれると思う?」
私は、上目遣いであの人を見る。
「そうだね まぁ僕のはただの送り迎えだけど... デートの行き帰りを送り迎えしてくれて 何より一緒に楽しんでくれる
大切な人が君に出来る事を僕は
願ってるよ!」 何の気なしにその人は
言う。
私は視線を外し...
「うん....そうだね ありがとう...」
窓の外を見ながらお礼を言う
そんな願いは、一生叶わないでと心の中で
願いながら....
あの人は、今三十二歳
私は、今日やっと二十歳(はたち)
大人になろうがなるまいが あの人と
私の距離は、一生縮まらない
そんな現実を知る成人式なんて
大嫌いだ!!
(早く家に着いてよ!!)
心の中の子供っぽさをあの人に知られない
様にするのが今の私に出来る いっぱい
いっぱいの大人ぶる抵抗だった....。