『たくさんの想い出』
夜明けと共に、辺りは目を覚ましだす。
太陽の暖かい光に朝露がきらりと光る。
一日の始まりを告げる風がやって来て、葉は揺れて露を落とす。
それを見ていると、突然まばらな影が私を覆う。
空を見上げる。一群の鳥が夜空へ翔ける。
向こうの空はまだ眠ったまま。この光を届けてと、彼らに願う。
叶うなら、私も向こうへ連れて行って。
あなたはまだ夜から帰っては来ない。
カーテンの隙間から、月があなたの顔を白く照らした。
不意に訪れた嵐で、雫はとうに涸れ切った。
私に、とても大きな陰が差した。
上を向くことなんてできない。あなた一人を置いていくことなんてできない。
この夜はまだ明けないまま。この闇を払おうと、私は誓う。
絶対に、あなたを向こうから連れ出すよ。
あなたとやってきたたくさんの事、
想い出になんてしたくないから。
『はなればなれ』
秋のよく晴れた空、
青の天井に一塊の白。
空高く一陣の風、
二つに別れる。
数字の上を走る針、
決して戻ることはない。
風に葉を散らす柳、
瞬間に悟る、はなればなれ。
『また会いましょう』
その「また」は二度と訪れないかもしれない。
予定が重なって?遠くへ引っ越さなければならなくて?何となく会う気が起きなくて?社交辞令で?
理由はさまざまだけれど。
二度と会えなくなる可能性は無いわけではない、ということ。
噴水のある公園、時計台の下であなたはそう言ってくれたよね。短針はちょうど私たちを指差してたっけ。
あれから針は何周したんだろう?数えるのも億劫だ。
なのに私はその言葉をまだ信じてる。信じたいんだ。
あなたはまた、あの別れのときのように笑ってやって来てくれるって、信じてるんだ。
どれだけあなたが来なくても。素っ気ない返信でも。返信が来なくなっちゃっても。
それでも、私の時間はずっと止まったままだから。
私は、ずっとここで待ってるよ。この時計台の下で。
誰から指を差され笑われようと関係ない。
「また会いましょう」
その言葉をずっと、信じてるから。
『スリル』
みんな、人生にスリルを求めてる。
アクセント、または偶に訪れる特別、と言い換えてもいい。ただ、平和な日々というマンネリズムを解消したいだけなのだから。
たまには特別なことが無いと、みんなは毎日を生きる意味を見失ってしまう。
スリルが、みんなを明日、また明日へと歩ませる。
動物的恐怖からかなり離れた現代に生きるみんなは、本能のうちにそれに代わるものを求めてる。
つまるところ、スリル。
それがみんなをみんなたらしめる、存在証明になる。
大昔のみんなは、死なない為に生きてたんだから。
死という恐怖にとり殺されないように、色々工夫してこの世界を創り上げたんだから。
じゃあ、その恐怖が無くなったら?この現代で、みんなは何の為に生きる?
今のみんなは、いわば死ぬ為に生きてるようなもの。
みんな、この事実を怖れてる。
だからみんな、人生にスリルを求めてる。
『飛べない翼』
なぜ飛べない?翼は無事なんだろう?動作にも支障はないはずだ。翼をはためかせ風を掴み空を駆ける、ただそれだけの事だろう?なぜ飛べない?
君は素晴らしい翼を持っているんだ。私たちには一生かかっても手に入れられない物を。何かを持って生まれた者は、それを社会、世界の為に行使し貢献する義務があるとは思わないか?君の背に輝く一対の翼は、まさに私たちの希望の翼なのだ。どうか私たちの期待に応えてくれ。
無意識のうちに、こんな事を言ってしまってはいないかい?ある特権や能力、他より秀でた物をもつ者に少なからず嫉妬し、それを世界の為、皆の為と自分のエゴを正当化しその者の自由を奪ってはいないかい?
内容がどうあれ、その天与の才はその者自身の物だ。決して世界の物、皆の物などではない。それは世界を自由に駆けるための「翼」なのだ。翼を持つ者に心無い言葉を与えてくれるな。飛べなくなるのは翼が折れる為ではない。心が折れる為だ。
飛べない翼をつくるのは、他でもない君の言葉であることを心に銘じよ、飛べない人間諸君。