#8 遠くの街へ
遠くに行こう
遠く遠く
誰も僕のことを知らない街
そこはどんなところかな
カフェがたくさんあるオシャレな街?
人があまりいない静かで落ち着いた街?
きっとそこがどんなところでも楽しくなる
ちょうど街に着いた時にニュースが流れてるはず
そしたら
皆とそのニュースの話題で仲良くなれるかも
そうなったら嬉しいな
部屋に1人きりの少年は
鏡の前で楽しそうに顔についた血を拭った
#7 雪
つい先日まで彼岸花が咲き誇っていたというのに、いつの間にか朝布団から出るのが嫌な季節になってきた。
季節の移り変わりは早いものだな、なんて、詩人みたいなことを考える。
季節は冬。
まだ雪が降るまではいっていないが、そうなるのも時間の問題だろう。
街中の人が皆似たような格好をするこの時期に、彼も例に漏れず長めのコートを着て電車に乗っていた。
窓を右から左へと流れる景色を見ながら、彼は物思いにふけっていた。
昔から、冬という季節が嫌いだった。
苦手なのでは無い、嫌いなのである。
寒いからだとか、乾燥するからだとか、そんなこと彼にはどうでもよかった。
ただ、植物が死んでしまうことが彼にとって残念でならなかった。
春を彩る桜も、夏を賑やかにする向日葵も、秋の風物詩紅葉も、皆冬になれば消えてしまう。
冬の冷たい風に飛ばされ、雪の中に埋まってしま
う。
本当は雪の中に隠れているだけなのに、誰にも気づかれず、見つけられず、ただただ朽ちていく。
それが彼にはとても残酷で、とても残念に思えた。
しかし、そのことに誰か1人が気づいたところで変わるのか。
そんなことは無い。
その1人が桜の花弁を全部掘り返してくれるのか。
その1人が向日葵の花弁を綺麗に元通りにしてくれるのか。
その1人が1度雪に埋まった紅葉を再度綺麗と感じてくれるのか。
否、有り得るはずがない。
そんなことをする人がいるはずない。
そんな、死体に優しくしてくれる人なんて、いるわけないんだ。
#6 鏡
鏡とは、反対の世界。
着ている服も、顔も、動きも、全て反対に写す。
でも、反対なのは見た目だけじゃないみたい。
ある日、いつものように学校へ行く準備をしてた。
髪を結ぶ位置は耳より下。
スカート丈は膝下10cm。
前髪も眉毛から出ないように。
模範的で、優等生らしい格好。
そうしてたら、急に鏡の中の私が変わったの。
髪の毛は下ろしてパーマをかけてて。
顔にはメイク。
服も制服じゃなくて肌の露出が激しいワンピース。
鏡の中の私はこう言った。
「こっちの世界、来てない?」
聞くと、鏡の世界での私はやんちゃっ子らしい。
見た目は言わずもがな、素行も悪く。
学校なんかろくに行ってない。
「こっちの世界に来れば、
あんたの好きに遊べるよ。」
そう言われて私、我慢できなくなったの。
今までずっと模範的でいようとしてたけど
ほんとは髪の毛を巻いてみたかった。
スカートももっと短いのが着たいし
勉強なんてしたくない。
だから、すぐに頷いた。
鏡の中の彼女は笑って、私と世界を入れ替えた。
そこからは好きなように遊んだ。
髪の毛も下ろして、可愛くパーマをかけて。
服もノースリーブやミニスカを着て。
普段は行かないような店に行って。
すごく楽しかった。
でも、この世界では、誰も私を褒めてくれなかった。
当然だよね。
だって、この世界での私はいい子じゃないだから。
褒められるようなことなんて何もしてない。
そう思うと、ああやって我慢してたのも無意味ではなかったように思えてきて。
もっと、褒めてほしくなった。
だからね私、鏡の私にお願いしたの。
「元の世界に帰して」
って。
でも、ダメって言われちゃった。
彼女はあの世界が楽しいみたい。
模範的で優等生らしい私の生活が気に入ったみたい。
でも、元々は私の世界なのよ。
私のものなんだから、返してくれたっていいじゃない。
あぁでも、私が元の世界に帰りたくて彼女は帰りたくないなんて。
ほんとに、鏡は全てが反対なのね。
#5 明日、もし晴れたら
ただの思いつきだった。
なにか理由がある訳では無い。
いつもと違うことがあった訳でもない。
ただ、何となく。
今しかないと思ったから。
屋上の扉を開けると、雨が降っていた。
せっかくの晴れ舞台だと言うのに、空は全く晴れてない。
出来れば、晴れてる日がいいな。
明日の朝方まで降る予定の雨。
もしかしたら、明日の朝には綺麗な虹がかかってるかも。
よし、それじゃあ、明日にしよう。
明日、もし晴れたら
貴方に会いにいきます。
小さく笑った少女は、静かに屋上の扉を閉めた。
#4 お祭り
お祭りは嫌いだ。
だってうるさいから。
色んな角度から聞こえる人の話し声。
絶え間なく耳に入る下駄の音。
太鼓や花火の心臓に響く大きな音。
時々届くシャッター音。
色んな音が混じってる。
隣を見ると君がいる。
普段と全然違う格好で
普段と全然違う雰囲気で
普段と全然違う声色で
普段と全く同じ笑顔で
私の隣に立っている。
左手にはりんご飴を
右手には私の手を大事そうに握って離さない。
じっと見ていると
君はこちらに目を向けて小さく微笑む。
私は思わず目をそらす。
色んな角度から聞こえる人の話し声。
絶え間なく耳に入る下駄の音。
太鼓や花火の心臓に響く大きな音。
時々届くシャッター音。
それらに負けないくらいの大きな音が
私の胸から聞こえてくる。
やっぱり
お祭りはうるさい。