やわらかな光
昼下がり。
雲の隙間から伸びた光が山々を照らす。
それはまるで天使が降りてくるような、
神々しく、それでいてとてもやわらかな光。
「ママ、あんたより先に死ぬから。死んだらあの光の上で待ってるからね」
「絶対待っててね。船で迎えに来てね」
「うん、迎えに行く。でも、すぐ来ないでね」
「うん、おばあちゃんになったら行く。でも、おばあちゃんになったら、ママ気づいてくれないかも」
「大丈夫、ママとあんたそっくりだから」
小学生の時、母と話した会話を思い出す。
そうして私は自分の娘と同じ会話をする。
因みに母は、今も元気に生きている。
涙の理由
視界が滲む。
頭が痛い。何も考えられない。
あー…どうして何もしなかったんだろう。
「うわぁ、泣いてる?どうした!?」
突然顔を覗き込まれてドキッとする。
心配そうな彼の顔が目の前にある。
「ーー大丈夫。小説の結末に感動しただけ」
咄嗟に机の中にあった単行本を取り出して見せる。
「ふーん、それそんなに泣けるやつだったか?」
「うるさいなぁ。感じ方は人それぞれでしょ?」
「ま、そうだよな」
納得したのか、笑顔になって前の席に座る彼。
「そういえば、彼女できたんでしょ?良かったね」
「うわ、情報はやっ!ありがとうな」
噂はやっぱり本当なんだ。
また、泣きたくなる。
彼の友達のような立ち位置にいて油断していた。
女子の中でも、彼に一番近いのは自分なんだと思っていた。
何も努力をしなかった。気持ちを伝えなかった。
いつか気づいてくれるかもと期待していた。
今、目の前で照れながらも幸せそうな彼。
涙の理由を知らない彼。
「そんなに幸せそうに話してさ、私がキミのこと好きだったらどうするの?」
「え?あー…、嬉しいと思う」
「なにそれー」
あぁ、やっぱり優しいんだ。
そういうキミが、好きでした。
笑って窓の外に視線を向ける。
やっぱり少し、滲んだ景色。
ココロオドル
「あれ、今日いつもより早いね!」
教室のドアが開いて入ってきた彼は私がいるのに気づいて少し驚いた顔で笑う。
少し眠そうな顔でおはよーと言いながら隣の席に座るキミ。
「おはよ、ひとつ早い電車に乗れたんだ」
なんてウソをつく私。
キミがいつもこの時間に来ることを知ったから。
まだ他の生徒は少ない時間。
少しだけ、2人きりになれる時間。
「今日、英語の小テストだよね?勉強しないで寝ちゃったよー」
席についたキミは私に話しかけてくれる。
鼓動が激しくなるのがわかる。
緊張して上手く話せない。
「大丈夫?元気ない?」
突然顔を覗き込まれて心臓が止まりそうになる。
顔を上げると視線がぶつかる。
「だ…いじょうぶ!ごめんね」
ああ、上手く話せない。
好きが溢れそう。
気持ちがバレないように目線を逸らすと、
彼の髪が跳ねているのに気づいた。
「寝癖…」
「え、ウソ!恥ずかしいな」
爽やかな笑顔を向けられてまたドキドキする。
急いで寝癖を直すキミ。
私しか知らないキミの寝癖。
ああ、心が踊る。
力を込めて
職場で彼と出会って恋人になり一年程経った頃、
彼に1年間の海外出張の辞令が出た。
就職してから1〜2年目に行く予定だった海外出張。
コロナでずっと延期になっていた。
離したくなくて、離れたくなくて。
2人で家族になろうと決めた。
日本を出発する直前、2人の記念日に入籍した。
新婚一年目の遠距離生活。
毎日ビデオ電話をして、今日一日の出来事を話す。
時差のせいですれ違ってしまう日もある。
直接会って話せないからこそ、モヤモヤして言い合いになることもある。
不安でどうしようもなく、泣きたくなる夜もある。
それでも離れたくない人、離したくない人。
一緒に歩むと決めたから、寂しい夜もあなたを思って乗り越えた。
今日は一年目の結婚記念。
一緒にお祝いできないけれど、1週間後、あなたは帰国する。
それが何より嬉しい記念日のプレゼント。
ずっと会いたかった人。
私の人生に欠かせない人。
大好きな人。愛してる人。
空港に迎えに行って、あなたの姿がみえた時、
私は駆け寄ってあなたの顔を見るなり、
力を込めて抱きしめるのだろう。
今日も残業だった。最近余裕がない。
ただ目の前のことを淡々とこなすだけの毎日。
私がなりたかった看護師はこんな者だったのか。
学生時代、何を夢みて、どんな希望を抱いていたのか。
思い出しては今の自分に失望する。
日々浴びせられる罵詈雑言。暴力。理不尽な要求。
心に穴が空いていく。
あの頃の純粋な気持ち、キラキラ輝いて見えた未来。
仲間たちと励まし合った毎日。
戻ることができない日々に思いを馳せる。
少しだけ、穴が埋まった気がする。
過ぎ去りし日々の思い出を盾にして、また前に進む。