ame

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1/23/2026, 1:20:22 PM

『こんな夢を見た』

10月ごろに見た夢。
夢の中で、いたかどうかも分からない別人の人生を覗き見するのが楽しい。

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舞台は、今より少し昔の時代。
夢の中の「私」は、18歳になったばかりの頃のことを思い出していた。

***

恥ずかしながらあの頃の私は、随分な遊び人だったと思う。ろくに学校も行かず自由奔放に暮らし、恋愛に関しても、女性と付き合ってはすぐに別れることを繰り返していた。
同性愛に理解のない時代であったことと、その私の身勝手な振る舞いもあってか、周囲からの風当たりは強かった。
好奇の目や罵詈雑言の大半は私に向けてのものだったが、私が受け止めきれなかったいくらかの誹謗中傷は彼女へ降りかかった。
その彼女というのもかなりの気ままな性格で、猫を彷彿とさせる女性だった。
私より一つ年上で、ぺらぺらと喋るときもあればむっつりと黙っているときもあるような、なんだか不安定な人。
いつも擦り切れた浴衣を着て、色素の薄い髪を肩のあたりでばっさりと切った彼女は、目を離したらいつの間にか消えているような儚い雰囲気を纏っていた。

ある日、周りからどんなことを言われても平然としていた彼女から突然、二人で帰ろうと言われた。
どこに帰るのと聞くと、田舎にある実家に、と答えた。
彼女の実家が山奥の農村にあるのは知っていたが、彼女の両親はもう既に亡くなっていて、そこは空き家のはずだ。
何もない崩れかけの家に行って、どうするつもりなのだろう。

結局数日経った日、私と彼女は煤けた壁の一軒家の前に立っていた。
彼女の後を追って玄関から中に上がると、埃と木の匂いがした。
「やっぱり、落ち着く」
彼女は少し笑って、記憶を辿るように木の壁を撫でた。
廊下を歩いて奥に向かうと、その先に大きな仏間があった。彼女は金縁の扉を開け、中に飾られた狐の面に手を合わせる。
なぜ狐なのかと思いつつ、私もそれにならった。
すると後ろから少女の手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。不思議と驚きはしなかった。
「お稲荷様、私とこの子を一緒に連れてって」
彼女は私の背後を見て言った。
神様なんだ。そう思って振り向くと、狐面で顔を隠した少女が頷いた。
そうして私と彼女は、狐面の神様に連れられていった。

***

アラームの音に叩き起され、気だるい体を起こした。妙にリアリティのある夢だったと思う。

1/10/2026, 12:00:21 PM

『20歳』

成人しなければ良かったと思う。
大人になってから、人生が途端につまらなくなった。
酒を飲みながら、仲間のくだらない愚痴に付き合って面倒な誘いを受け流し、意味もなく時間を浪費する毎日だ。
煙たいだけのタバコも無理やり肺に流し込み、格好を付ける自分が大嫌いだ。
でも不思議なことに、時が経つにつれてそれが当たり前になっていった。
こうやって大人になっていくんだな、と思った。
今はただ切実に、少年だった頃に戻りたい。
金なんかよりも、あの頃のがむしゃらに齧り付いていたような日々が欲しい。
建前だけの綺麗さなんていらないから、バカみたいにくだらないことで死ぬほど笑えた時に、一瞬でもいいから戻りたい。
友達と掴み合いになった日の帰り道、先生に奢ってもらったアイスの味、泣きながらボールを打った時の眩しい日差し。
その全部を今でも鮮明に思い出す。
当時はそんな泥臭い日常が、嫌いで嫌いで仕方なかった。
でも今の空っぽな俺には、あの時のもう二度と手に入らない情熱や思い出が、羨ましくて仕方ない。
もしもう一度戻れたら、どんなに幸せだろうか。
どんなに思い出を増やそうとしても、増えるのはピアスの穴と煙草の空き箱ばかりだ。

1/8/2026, 11:01:50 AM

『色とりどり』

いつだって僕の周り__学校とか道とか空とかはもちろん、宇宙にだって数えきれないほどの鮮やかな色が存在していて、僕がそれを手に取れば、その色は僕のものになり、僕の絵になるはずだ。
そして僕がより抜いて、混ぜて重ねて作品となった色は、同じく鮮やかな色で縁どった僕の瞳に、さぞ綺麗に映ることだろう。
そう思っていくら筆を動かしても、ついに僕がそれらの色を、大体の人が認識するのと同じかたちで感じることはなかった。
先天性の色覚異常。特定の色の違いが分からない。
赤や緑などの色が、別の色に見える。
その生まれ持った特性のせいで、僕は「色を認識する」という、憲法に並べるまでもなく与えられた権利を奪われたつもりでいる。
だから僕は絵を描いている。
色なんてものに囚われず、自分の思う形で。
どの学校でも散々言われてきた。
りんごは赤で、海は青。葉っぱは緑。
そんなことを誰が決めたのだろう。
青りんごは黄緑、夕方の海はオレンジ色、秋の葉っぱは茶色。
それにだって当てはまらなくて良い。
絵は成績をつけるものじゃない。
勉強や運動とは、やっぱり違う。
だから僕は、僕なりに確立した絵の描き方を守る。
型にはまったっていいが、はまらなくてもいい。
それが一番、丁度いいと思う。