【あなた】
2人で床に寝転がる。
他人を家に入れるのは初めてだった。
「飲んじゃったね。お酒。」
『ね。ビール、あんな味するんだね。』
高校から一人暮らし、私は初めて友達と笑った。
「あともう一個ずつ、」
『飲んじゃお。アルコールで肝臓いっぱいにしよ。』
そう言って2人でぬるいビールを飲んだ。不味いけど、ふわふわしてたからあんまし気にならなかった。
お互いに向き合うように寝て、互いの手を握り合う。
「あったかいねぇ。」
『もしかして、酔い始めてる?』
「うん。ちょっと、いや、けっこうやばいかも。」
学校終わり、急にピンポンしてきて。あなたは、何故かコンビニの袋に沢山の缶を入れて持ってきてさ。
あたし、あなたのそゆとこ好きだよなんて言えないけど。メイクも落としてないし、課題も終わってないし。
ぼろぼろだけど、あなたといる時は幸せって思ってる。
目の前ですやすや眠るあなたを見てそう思った。
『これからも続いたらいいなぁ。』
「そうだね。」
寝ていたと思ってたあなたが急に喋るから驚いた。
『…起きてたの?』
「んふ、うん。」
繋がれた手の温かさを感じながら、私たちは眠りについた。
明日も、明後日も、毎日は呼吸みたいに当たり前に続いてく。私の物語は、終わんない。
終わらない物語の中で、あなたは最重要人物だよ。
【終わらない物語】
私の目の前には
宇宙がある
小さい枠にはまっているけどそれは確かに、自分を示し続けている。
人には作り出すことが出来ない。神が創ったとも言われる宇宙、地球、私。
神が創ったものという意味では私も宇宙も、同じかもしれない。
美しい道理にはまっている宇宙。もし、それを全て見ることが出来たら、きっと私になにか価値が生まれる。
宇宙よりも暗い世界を人は創り出すことが出来るようだ。ブラックホールのような、小惑星爆発のような。
それでも遠くから見たら、きっと美しいのだろう。
今、目の前にある星々は一体どこから来たのだろう。
そう思いながら、宇宙を見る。時計を見ると、長針と短針がすれ違いそうになっていた。
ベッドに入って、目をつぶれば見える。
吸い込まれそうな暗闇にある宇宙が。
手のひらに届くのは何億光年先の話だろうか。
【手のひらの宇宙】
私が見ている景色は、変わらない。きっと、変えられない。
[実さん。おはよう。]
「おはようございます。相原さん。」
田中実。日本で一番多いフルネームらしい。実際に会ったことはないけれど、きっとその辺にいるんだと思う。
私は実家がない。いろいろな人と暮らしている。相原先生は、この家の家主だ。
[ご飯どうする?]
「いらないです。自分で適当に買って食べます。」
[…うん、わかった。]
誰とも、馴れ合わない。私は他人の世界から見た空気で充分だ。世界の端にも、存在しない。それでよかった。
『田中さん、おはよー。あのさ、今日の委員会の当番変わってくんない?』
「あー。いいよ。今日、暇だし。」
『ほんとに?!ありがとねーいつも。埋め合わせ絶対するから!』
学校に着いてすぐ、同じ委員会の山下さんに声をかけられた。埋め合わせなんてする気もないだろう。
委員会の仕事は、保健室に来た生徒の対応だ。
「失礼します。保健委員でーす。」
先生は校内を巡回しているようだ。保健室にも誰もいなかった。ゆっくりできるから、誰もいない保健室は好きだ。そう思っていた矢先、誰かが入ってきた。
{しつれいしまーす。あ、こんちは。ベッド使います。}
「え、ちょ、あの、、、名前と組だけ、」
{チャイムなったら起こしてー。}
そう言ってベッドに入ってしまった。苦手な人種だ。
無駄に関わらないようにしよう。そう思って、カーテンを閉じた。そこからは適当に自習したり、本を読んで過ごした。
チャイムが鳴って、あの人を起こそうとした。その人はなぜか起きていた。
「あ、おはよう御座います。」
{注意しないんだね。}
「え、ん?」
{だいたい注意されるのに。今日は注意されなかった。}
「そうですか。なんかすいません。」
{ううん。そっちの方が都合いいからいい。}
{また来るね。田中さん。}
「え、名前、」
{ノートに書いてあったから、、じゃあね。}
よくわかんない人だったな。ベッドの片付け中、写真を見つけた。多分あの人のもの。
寒い夏には勿体無いくらいの花の、畑の、空の、写真。
こんな景色を映せるなら、きっと、まだ見ぬ景色があるんだろうな。そう思って、テーブルの中心に置いてあるペンたてに写真を立てかける。
テーブルのものをまとめているとき、あの写真だけは綺麗に見えた。
世界が歪んでいくのが怖くて、急いで保健室の扉を閉めた。
そこには、いつもどおり変わらない景色があった。
【まだ見ぬ景色】
新年を迎えた夜、町はとても静かだった。
駅の前のだだっ広い広場に、独りの少女がギターをかき鳴らしていた。
歌を歌っているというより、音を出しているという表現が近しい。小綺麗にしているわけでもなく、容姿も優れている訳では無い。
彼女の音が轟く中、独りの女性が千鳥足で少女に近ずいてきた。OLのように見えるが、所々スーツは着崩れされている。
メイクは崩れていて目は赤く見える。頬も赤く染っている。
女性を見た少女はお構い無しに音を鳴らしていた。
「んふふん、んふふん、らんららぁーん」
女性は少女の音に合わせて踊り始めた。
シラフだったらとても見苦しいだろう。
少女は女性を見て顔を強ばらせ、移動しようとした。
女性はそれに気づいたのかフラフラ少女に近づき、財布から1万円札を2枚入れた。
「これあげるから、まだここでうたって」
『え、でも、これ』
「あい、いーから。」
女性は少女に1万円札を握らせる。少女はそれをパーカーのポケットに入れまた音を出す。女性は少女の音を楽しんでいるように見えた。
しばらく時間が過ぎ、雨が降り始めた。
「んぁ、あめだぁ。けっこーふってきたねぇ。」
『…。』
「ぅはは!、ふははっ。」
無言で雨宿りしに行こうとした少女の手を女性は引っ張って走り出した。屋根の下に行くと、女性は少女に尋ねる。
「きみさ、ひとり?」
『…は?』
「あたしはひとり、きみは?」
『…ひとり、です。』
「いっしょだねぇ。」
「ねぇ、いっしょに、かえらない?」
少女は無言で女性の手を取った。
「あは、やったー。とりあえずー、かみきろうか。」
「新年だしぃ、おもちとかたべよぉ」
少女は女性の手を頑なに握っていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
この2人は後に、“OL女児誘拐事件”として世間に知られていく。私はその事件の【被害者】らしい。
私は、知りたい。
新年に、なんで私を連れてったの、
なんで私だったの。
教えてよ、【おねーさん】。
【新年】
私の世界に音は無い。
元々、音がながった訳では無い。
「洗濯どうする?」
LINEで送られてきた白い吹き出し。
『やっとくよ。仕事でしょ。』
任せて!とかかいてあるスタンプを適当に送る。
彼はそのまま出てってしまった。
元々、私の世界はもっと綺麗だった。音があったから。
あなたの声が聞こえたから。
無駄遣いしているのを分かっていながらはらい続けているサブスクを開く。補聴器を外して、イヤホンをつける。再生ボタンを押しても、何も聞こえない。音量を上げても。何をしても。
いつの間にか頬に涙が流れていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
夕暮れ時。彼が帰ってきた。もう何も言わない。少し嫌な予感がした。
「話あるんだけど、こっち来て欲しい。」
白いフキダシが増えていく。私は彼の隣に座った。
ソファの前にある小さいテーブルには、ノートとシャーペンが2本置いてある。
『なに?』
私がそこに書くと、彼は言葉を綴り始めた。
でも、書くスピードはゆっくりだった。
「別れて欲しい」
彼のぐちゃぐちゃな字でそう書かれていた。なんで嫌な予感が的中しちゃうんだろ。そう思いながら、覚悟ができていたかのように、私の手は動き始めていた。
『わかった』『別れよう』
そこからのことは色んな意味であっという間だった。
苦しさも、虚しさも、あんまりなかった。
二人でいる最後の日。一緒に最寄りまで歩いた。
何も言わなかった。でも、心地よかった。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
駅の入口前、2人で向かい合う。
「じゃ。、、さ」
『まって、』
久しぶりに声を出した。相手が驚いているということはちゃんと声を出せているのだろう。
『わたしが、、ゆうから、さよからは、いわないで。』
『…さよ、なら、い、まま、であり、がとう。』
そう言って駅の構内に向かった。
歩いていると、急に糸が切れる音がした。
それと同時に、世界がどんどん歪んで行った。
【さよならは言わないで】