私が見ている景色は、変わらない。きっと、変えられない。
[実さん。おはよう。]
「おはようございます。相原さん。」
田中実。日本で一番多いフルネームらしい。実際に会ったことはないけれど、きっとその辺にいるんだと思う。
私は実家がない。いろいろな人と暮らしている。相原先生は、この家の家主だ。
[ご飯どうする?]
「いらないです。自分で適当に買って食べます。」
[…うん、わかった。]
誰とも、馴れ合わない。私は他人の世界から見た空気で充分だ。世界の端にも、存在しない。それでよかった。
『田中さん、おはよー。あのさ、今日の委員会の当番変わってくんない?』
「あー。いいよ。今日、暇だし。」
『ほんとに?!ありがとねーいつも。埋め合わせ絶対するから!』
学校に着いてすぐ、同じ委員会の山下さんに声をかけられた。埋め合わせなんてする気もないだろう。
委員会の仕事は、保健室に来た生徒の対応だ。
「失礼します。保健委員でーす。」
先生は校内を巡回しているようだ。保健室にも誰もいなかった。ゆっくりできるから、誰もいない保健室は好きだ。そう思っていた矢先、誰かが入ってきた。
{しつれいしまーす。あ、こんちは。ベッド使います。}
「え、ちょ、あの、、、名前と組だけ、」
{チャイムなったら起こしてー。}
そう言ってベッドに入ってしまった。苦手な人種だ。
無駄に関わらないようにしよう。そう思って、カーテンを閉じた。そこからは適当に自習したり、本を読んで過ごした。
チャイムが鳴って、あの人を起こそうとした。その人はなぜか起きていた。
「あ、おはよう御座います。」
{注意しないんだね。}
「え、ん?」
{だいたい注意されるのに。今日は注意されなかった。}
「そうですか。なんかすいません。」
{ううん。そっちの方が都合いいからいい。}
{また来るね。田中さん。}
「え、名前、」
{ノートに書いてあったから、、じゃあね。}
よくわかんない人だったな。ベッドの片付け中、写真を見つけた。多分あの人のもの。
寒い夏には勿体無いくらいの花の、畑の、空の、写真。
こんな景色を映せるなら、きっと、まだ見ぬ景色があるんだろうな。そう思って、テーブルの中心に置いてあるペンたてに写真を立てかける。
テーブルのものをまとめているとき、あの写真だけは綺麗に見えた。
世界が歪んでいくのが怖くて、急いで保健室の扉を閉めた。
そこには、いつもどおり変わらない景色があった。
【まだ見ぬ景色】
1/14/2025, 12:52:21 PM