新年を迎えた夜、町はとても静かだった。
駅の前のだだっ広い広場に、独りの少女がギターをかき鳴らしていた。
歌を歌っているというより、音を出しているという表現が近しい。小綺麗にしているわけでもなく、容姿も優れている訳では無い。
彼女の音が轟く中、独りの女性が千鳥足で少女に近ずいてきた。OLのように見えるが、所々スーツは着崩れされている。
メイクは崩れていて目は赤く見える。頬も赤く染っている。
女性を見た少女はお構い無しに音を鳴らしていた。
「んふふん、んふふん、らんららぁーん」
女性は少女の音に合わせて踊り始めた。
シラフだったらとても見苦しいだろう。
少女は女性を見て顔を強ばらせ、移動しようとした。
女性はそれに気づいたのかフラフラ少女に近づき、財布から1万円札を2枚入れた。
「これあげるから、まだここでうたって」
『え、でも、これ』
「あい、いーから。」
女性は少女に1万円札を握らせる。少女はそれをパーカーのポケットに入れまた音を出す。女性は少女の音を楽しんでいるように見えた。
しばらく時間が過ぎ、雨が降り始めた。
「んぁ、あめだぁ。けっこーふってきたねぇ。」
『…。』
「ぅはは!、ふははっ。」
無言で雨宿りしに行こうとした少女の手を女性は引っ張って走り出した。屋根の下に行くと、女性は少女に尋ねる。
「きみさ、ひとり?」
『…は?』
「あたしはひとり、きみは?」
『…ひとり、です。』
「いっしょだねぇ。」
「ねぇ、いっしょに、かえらない?」
少女は無言で女性の手を取った。
「あは、やったー。とりあえずー、かみきろうか。」
「新年だしぃ、おもちとかたべよぉ」
少女は女性の手を頑なに握っていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
この2人は後に、“OL女児誘拐事件”として世間に知られていく。私はその事件の【被害者】らしい。
私は、知りたい。
新年に、なんで私を連れてったの、
なんで私だったの。
教えてよ、【おねーさん】。
【新年】
私の世界に音は無い。
元々、音がながった訳では無い。
「洗濯どうする?」
LINEで送られてきた白い吹き出し。
『やっとくよ。仕事でしょ。』
任せて!とかかいてあるスタンプを適当に送る。
彼はそのまま出てってしまった。
元々、私の世界はもっと綺麗だった。音があったから。
あなたの声が聞こえたから。
無駄遣いしているのを分かっていながらはらい続けているサブスクを開く。補聴器を外して、イヤホンをつける。再生ボタンを押しても、何も聞こえない。音量を上げても。何をしても。
いつの間にか頬に涙が流れていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
夕暮れ時。彼が帰ってきた。もう何も言わない。少し嫌な予感がした。
「話あるんだけど、こっち来て欲しい。」
白いフキダシが増えていく。私は彼の隣に座った。
ソファの前にある小さいテーブルには、ノートとシャーペンが2本置いてある。
『なに?』
私がそこに書くと、彼は言葉を綴り始めた。
でも、書くスピードはゆっくりだった。
「別れて欲しい」
彼のぐちゃぐちゃな字でそう書かれていた。なんで嫌な予感が的中しちゃうんだろ。そう思いながら、覚悟ができていたかのように、私の手は動き始めていた。
『わかった』『別れよう』
そこからのことは色んな意味であっという間だった。
苦しさも、虚しさも、あんまりなかった。
二人でいる最後の日。一緒に最寄りまで歩いた。
何も言わなかった。でも、心地よかった。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
駅の入口前、2人で向かい合う。
「じゃ。、、さ」
『まって、』
久しぶりに声を出した。相手が驚いているということはちゃんと声を出せているのだろう。
『わたしが、、ゆうから、さよからは、いわないで。』
『…さよ、なら、い、まま、であり、がとう。』
そう言って駅の構内に向かった。
歩いていると、急に糸が切れる音がした。
それと同時に、世界がどんどん歪んで行った。
【さよならは言わないで】
安っぽいホテルのベランダでタバコを吸ってる女の子。
ノースリーブから見える華奢な体は今にも壊れてしまいそうだ。
「一応、生きてそうだね。目死んでるけど。」
「日の出、綺麗。写真撮りたいくらい。」
「前会った時より痩せたね。ちゃんと食べてる?」
「ホストとか、行っとるん?前よりメイク濃くなってない?」
『…ふぅ〜。』
「最近、忙しい?」
「仕事、順調?」
「稼いだお金で、何するね、?」
「…質問しかないや、ははっ。」
女の子は、何も表情を変えず、タバコを吸っている。
『…』
「無視せんでよぉ〜。」
女の子を見ると、泣いていた。私と、2人で撮った写真を見て。
『どーして、、、死んじゃったの。』
『ずっと一緒におるって言っとったのに。』
あ、そうだ。あたし、もうあの子から見えないんだ。
聞こえないし。
「やめてよ、もぉ…なんで泣いちゃうん。」
「笑って生きてよ。たのしいこといっぱいしてよ。」
「そんな、やつれた顔しないでよ。」
「…泣かないでよ。」
そういった時、電話がかかってきた。
[レナさぁん。呼ばれてまぁーす。]
『はぁーぃ。』
涙を拭って、あの子は笑って出てった。
「…友達、早く作ってね。」
そう言って私は、あの子の背中を見ていた。気づいたら私もないていたみたいだ。
【泣かないで】
始まりには終わりがある、
その間に何があるかは分からないけど。
ダチが死んだ。私とした約束を残して。
まぁかぁぁあはんにゃぁぁあはらみぃぃたしんぎょぉ〜
どうやって出会ったかは分からない。でも、私はダチだと思ってた。なんにも考えられなくて、とりあえずいつものカッコで葬式場に来てみた。
お焼香して、手を合わせる。棺桶に入ったダチはいつもよりメイクが薄くて、違和感があった。
ダチの顔に触れてみる。冷たかった。これからやっと動き始めそうなくらい。気持ち悪さは感じるけど、なんか心地よくて。なんかおかしい。
何も言えなくて、言う言葉が出てこなくて。
電池切れの姿のダチをじっと見ているしかできなかった。
全身に力が入らない中、帰ろうとしているとおばさんから声をかけられた。
[あの、美和子さん、ですか?]
「はい?急になんですか。」
[美紗が、これを、あなたにって。]
ミサトってほんとはみさって言うんだ。
おばさんはどうやら、ミサト…みさの親戚らしい。
手には、カセットテープとライターとタバコがあった。
「え、いいんですか?あたし未成年ですよ。」
[えでも…美紗が渡してって言ってたから。持ってって。]
強引に渡されたそれは、ふんわりミサトの匂いがしたような気がする。ミサトが生き続けてるみたい。
―勝手に終わらさないでよ。
王冠をつけた黒い車が、あたしの隣を通り過ぎて行った。ライターを買いに、あたしはコンビニへ向かった。
【終わらせないで】
人に落ちていく瞬間というのは、割と身近にあって、本当に一瞬なんだと思う。
週末の夕方。
電車の中にいるのは、目が死んでいながらも休みに希望をもつ人々だ。私もそのうちの一人なのかもしれない。
就職が決まった時に母が買ってくれた鞄。
そこには私のたくさんのミスと、誰かの怒号が詰まった書類が山のように入っている。
私が家に帰るのは、1ヶ月ぶりだった。でも、会社ではそれがなかったことになる。残業代も、残業記録も残っていないからだ。
『次は〜』
電車のアナウンスは聞こえず、私は最寄りより少し遠いところで電車をおりてしまった。
何も考えず、真っ暗な道をフラフラ歩いていた。それがなんか面白くなってきて、
「ははっ、は、ふはは。」
笑いながら歩いていると、急に人とぶつかった。
「あっ、すいません。」
ぶつかった人は、そういう私を気にせずスタスタ歩いていった。
東京の人は言わないのか、そういうこと。
そう思いながら顔を上げる。そこに広がっているのはキラキラした照明に囲まれた街だった。就職する前から絶対行かないと決めていた街。でも、体はその街へと足を進めていた。
ボロボロになった街。でも、輝いていた。
[あの、すいません。]
突然、男性から声をかけられた。茶髪で、何もセットしていないボサボサの髪だった。
「は、はい。」
[あの、ハンカチ、落としてます。]
「あ、ありがとう、ございます。」
[あと、、あの、靴擦れしてます。]
「え?」
足元を見ると、足には赤い靴擦れが出来ていた。
[あの、よかったら、手当します。僕、お店近くなんで。]
「あ、え、いや。大丈夫です。あの家近いんで。」
[でも、お姉さん、結構歩きづらそう、]
不意に目が合ってしまった。前髪の向こうから見えたのは、何も知らないような目だった。就職したばかりみたいな、。
[とりあえず、行きましょう。あの、靴も余ってると思うんで。]
「は、はい」
[あの、利用しよう、とか、思ってないんで。ただ、心配で、]
「え、、、はい。」
ボロボロだけどキラキラした街で私はこの人に落ちてしまったのかもしれない。落ちてしまっても、いいのかもしれない。
【落ちていく】