『病室』
病院の屋上。私には無縁だと思っていた。緑がいっぱいの屋上で私は酸素を身体中に行き巡らせた。それを繰り返す度にふわふわと視界が揺れていた。視界が揺れる中考えるのは、私の姉の事だった。
子供の頃は姉も私と同じくらい元気だった。でも、そんな姉はもういない。姉は、病室という棺桶で死んでいくらしい。無機質な部屋で終わっていく姉を私は見ることが出来るのだろうか。
今日は空がきれいだな。なんか無駄なことを考えてしまう。そんな視界の端にセーラー服が写った。自然と目がいった彼女は裸足だった。ふわふわと飛んでいる鳥のような彼女は、舞を舞っているようにも見えた。彼女の瞳は曇りながらも澄んでいるようにみえた。
「おねーさん。なんかありました?」
[えっ、あっ。すいません。]
「全然いいんですけど、、涙は拭った方がいいかと。」
そう言って目の前の女神はハンカチを手渡した。へレニウムの花が刺繍してあった。
[すいません。洗濯して返しますね。]
「あ、ありがとうございます。」
貴方に見惚れていました。なんて言える訳もなく、私は屋上から出ていこうとした。
【また見に来てくださいね。】という声が風のように耳を掠めた気がした。
『明日、もし晴れたら』
初めて鍵盤に触ったあの日から、数日が魔法のように過ぎていった。またあのピアノを触りたい。でも、何故か
それよりも朝日さんに会いたいう思いが強かった。
次にもしあのお店に行けるとしたら、明日が本命と言ったところだ。いつも通りすぎていく日々を変えたくて。私は運試しをすることにした。
明日、もし晴れたら―[朝日さんのお店に行く。]
自分と約束するように私は呟いた。
晴れますようにと願いながら、私は眠りについた。久しぶりに早く明日にならないかなとドキドキした。
《朝からの使者》EP.1.5 期待
『だから、1人でいたい。』
人間関係。漢字四文字で定義されているこの関係は、漢字四文字では定義できないほど甘美なものである。
だがそれと対照的に、闇のようなものである。性別という壁、一人一人の性格。様々なものが私たちを隔て、遠ざけさせる。
だから私は、教室でも独りなのだ。独りになったばかりの頃は、怖くて怖くてたまらなかった。でも今ではすっかり慣れてしまった。むしろ、居心地の良さすら覚えている。誰も触れなくていい。触れないで。
そう思いながら私は〈一軍女子〉と呼ばれる醜い生き物たちにナイフを刺され続けるのだ。
『鳥かご』
「すごいね」
この言葉を浴びるために私は生まれてきた。母からそう言われ続け、この言葉を貫くために努力を惜しまなかった。努力した分、周りからの賞賛は絶えなかった。でも、それが呪いだと気づいた時には遅かった。私は、家という鳥かごに閉じ込められた鳥になっていた。
帰り道。いつものように私は歩いて帰った。私は長くなった髪を撫でた。長い髪は母のお気に入りだった。髪を切ったら呪いは解けるかな。そんな叶わない妄想をしながら、私はふと聞こえたピアノの音に耳をすませた。そして吸い込まれるように音の出処を探していた。
音の出処は小さな楽器屋さんのような建物からだった。古びた扉を開けるとピアノを弾いている同い年くらいの男性が顔を上げた。お互いに会釈をすると先に男性が口を開けた。
「いらっしゃいませ。」
[あっ、どうも。]
「なんで来たの?こんなとこ。」
[えっと…あの、ピアノが綺麗で。もっと聞きたくなって。]
「へー…。ピアノ、弾けるんですか?」
[いや、全然。鍵盤に触るのも、初めてです。]
「えっ本当に?」[ほんとです。]
そういうと彼は笑った。
「じゃあさ、俺が教えてあげるよ、ピアノ。ちょーど暇つぶしになりそうだし。座って?」
そう言われ私は彼に言われるがまま椅子に座った。
教えてもらう時は隣に彼が座った。肩が当たってしまうくらいの距離で、鍵盤を押す度に彼の表情は明るくなる。その度に、私は自然と表情が明るくなった。彼と過ごしたのは、ほんの1時間位だったが、私にはたった一瞬にもとてつもなく長い時間にも感じた。
「君、上手いよ。才能ある!そーだ、名前。俺、朝日って言います。よろしく。君は…」
[すいません、もう時間が…]
「…じゃあ、また来てほしい。そんとき教えて。」
そう言った彼は朝日のように笑った。とてもあたかかくて、心地よかった。私は自然と頷いた。
鳥かごからは出られないかもしれないけど、呪いは解けないけれど、彼といるなら、、そんな期待を心に秘めて、私は店を出た。その期待が欲望へと変わるのに時間はかからなかった。
《朝からの使者》Ep.1 出会いと呪い
『私の名前』
私は私の名前が嫌いだ。それ以外にも嫌いなものは沢山あるけれど。私の存在が明確に定義されてるみたいで。
私を誰も知らない場所に行きたい。
そしたら、私は自由になれる気がする。非現実的なことを考えている自分が嫌になったので、私は今日も大学の旧図書室に向かった。本を読むのでは無い。誰もいないこの場所で私は歌うのだ。まるで自分がスターになったみたいに。
歌い終わった時、物音がした。
「誰?」
[あっ、すいません。]
見ると、1人の男の子がこちらを覗いていた。
「うるさかった…かな?」
[いや、そういう訳じゃなくて。とても上手で。なんて曲歌ってたんですか?]
「うーん。頭に浮かぶまんま歌ってたから題名なんてないよ。」
[そうなんだ…あの、お名前は…]
そう聞かれた私は、偽物の名前を口にすることにした。
自分の名前が嫌いだから。ただそれだけの理由だ。
「遥。大学2年。あなたは?」
[真。君と同い年。]
「いいね〜。かっこいい。」
[また来て、歌聞いてもいいかな。]
「是非。多分、ずっとここにいるからさ、」
遥。我ながらいい名前をつけたと思った。今日来てくれたあの子がすごく綺麗だったことは秘密にしておこうと思う。また会えたらいいな。今日は、なんだか空が綺麗に見えた。