それは決して幻なんかじゃなくて、確かに在った現実だった。掛け違えたボタンを直せないまま我々は離れ離れになってしまったけれど、全力で走り抜けた時代が間違いだったなんてことは絶対に思わない。今は君の手を離すけど、いつか、いつか先の未来で再びその手を取ることが出来るように僕らはこの街の片隅で頑張るから。君と見た景色を、正直思い出せずにいる。思い出したら苦しくなってしまう。それは君も同じであってほしい。苦しくて、悲しくて、酷く後悔していればいいとさえ思う。この選択に後悔がなかったかといえば、嘘になるね。もっといい方法が、誰も苦しまない解決策がきっとあったんだろう。結論の先延ばしになってもそうすべきだったのかもしれない。けれど、あの時はきっとこれが最善だった。
だからさよならだ。
いつか、君と見た景色をちゃんと思い出せるように今を走り続けなきゃ。
先ず、深く深く深呼吸をしますでしょう
それからあなた様のお顔を思い浮かべます
選ぶ便箋は取っておきのもの
万年筆だってあなたが贈ってくれたものです
インクも封を開けたばかりですよ
あなたはお忙しい御人
長ったらしい文章でお時間を取らす訳にはいきません
だから察してくださいね
短い文で、少ない言葉で思いの丈を綴ります
あなたならきっと相変わらずだって笑ってくださる
1文字1文字丁寧に
心を込めて
最後にお気に入りの香水をひと吹き
あなたに届きますように
便箋をそっと折り畳みます
折り畳みます
折り畳んだら
紙飛行機の出来上がり
よく晴れたソラへそっと差し出せば
風がきっと運んでくださるでしょう
手紙の行方?
それは誰にもわかりません
幸せとは
他人の不幸の上に成り立ってるものだろう
そういうもんだって割り切った方が
いきやすいぜ
長く続いたこの日々もようやく終わりを迎えようとしている。あんなに長く感じたのにいざその日が来ると、こんなにも呆気ないものだったか。住み慣れた部屋をもう一度振り返って眺め渡す。掃除は行き届いているはず。心残りは何も無い。窓の外を見れば、旅立つにはうってつけのかいせいだ。祝福されているようだ、なんてちょっとくさいことを思ってみたりなんかする。名残惜しいが時間が無い。引き戸に手を掛けてカラカラと音を立たせる。さよならは言わないでおこう。その方がかっこいいだろう。浮遊感と頬を切る風が心地良いなって、笑ってしまった。
真夜中の公道が好きだ。
家々の灯りは落ち、煌々と五月蝿い店の明かりもない。
ただ電柱の無機質な白と信号機の赤黄青。
その他はだだっ広い暗闇だけ。
人も獣も車も無い。できれば濃霧だと尚良い。
私の車だけがヘッドライト光らせて、やや法に触れる速度でアスファルトを轢き殺していく。
夜を独り占めしたみたいなスリルが堪らない。
夜明けまで幾許もない夜を謳歌しなければ。