ヒロ

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11/24/2024, 9:57:41 AM

一か八かとか、行き当たりばったりだとか。
そういう賭けに出るような真似は嫌いなのに。捨て置けない正義感と、お人好しな性分が邪魔をする。

だからこれも、不本意ながらの条件反射だ。
子供を人質に逃げた強盗犯を追いつめて、やっと一件落着かと思ったのに。
このくそ野郎、殴られてそのままダウンすれば良いものを。
最後の足掻きで、子供を掴んで投げ飛ばしやがった!
追い込んだここは屋上で、暗い夜空を背景に、投げられた子供が放物線を描いて飛んで行く。
「ああ! 危ない!」
後ろからも、成り行きで共に犯人を追ってきたバーテンの男が悲鳴を上げる。

そこからはもう無我夢中だ。
勝ち誇ったように笑う下衆を怒りに任せて蹴り飛ばし、宙を舞う子供を必死に追いかけた。
フェンスをでたらめによじ登り、身を乗り出してその向こうに消えようとした子供に手を伸ばす。
辛うじて掴めたところまでは良かった。けれども、バランスを崩した俺ごと落下する勢いが止まらない。
反転する世界の端に、青い顔をして走ってくるバーテンの姿が映り込む。
「――頼む!」
子供だけでも、と願うまま。追ってくる彼へと向かい、手繰り寄せた子供を投げ返した。
スローモーションの中、無事に子供が受け止められるのを見届けて。
そうして安堵するのも束の間に、俺の体は真っ逆さま。夜の街中へと落ちていった。
――はずだった。

「わーっ! 間に合ったー! 良かったよー!」

あわや死をも覚悟したところだったのに、落下の勢いは突如と失くなって。
代わりにやわらかく抱き止められる感覚と、至近距離で喚く涙声が俺の耳をつんざいた。
「ねえ! お兄さん、大丈夫?」
そう言って俺を覗き込むのは、さっきまで一緒に居たバーテンの男。何で、こいつがこんな近くに居るんだ?
そして、見間違いだろうか。
俺の錯覚でなければ、男の背中には大きな黒い翼が生えている。
その翼を羽ばたかせ、男は器用に旋回してふわりと舞い上がると、元居た屋上へと静かに降り立った。
そこには、今度こそ大の字に伸びた犯人の男と、恐怖で眠ってしまった子供が一人居て。これが夢ではなく、現実の続きなのだと実感した、が。
「ええ? えっと……?」
子供は無事で、俺も死なずに済んで喜ばしいことではあるけれども。
起こった奇跡と、好転した状況に理解が追い付かない。
訳が分からず、俺を抱いたまま見下ろす男に視線で説明を求めれば、男も困ってへらりと笑い返した。
「う~ん。やっぱ驚くよね~。隠したままに出来たら良かったけれど、緊急事態だったし? まあ、仕方がないよね~」
のらりくらりと受け答え、「よいしょ」と男は屈んで、俺を屋上の床へと座らせた。
そうして、薄く微笑んでこう言ったのだ。

「ごめん。僕、人間じゃないんだ」

奴の銀髪が風に煽られて。
月の明かりが、「人ではない」と言った男の姿を妖しく照らし出す。
これが、探偵の俺と、吸血鬼なるこの男が出会い。
のちに唯一無二の相棒となる、始まりの日だったんだ。


(2024/11/23 title:066 落ちていく)

11/13/2024, 11:54:55 PM

確かなことは言えなかった。
曖昧な約束も出来なかった。
人の為す世が好きだと言いながら、人から隠れて生きなければならない。
魔物の僕は、もうこの地を離れなければならなかったから。

けれども察しの良い君は、そんな僕の心も見透かしていたんだろうね。
旅立ちの日。
何も告げていなかったはずなのに。
颯爽と現れた君は、僕を見付けて大きく手を振った。

「またね! また、会いましょう!」

優しく愛しい。君の姿が、離れがたい。
でも、行かなきゃ。
涙を堪えて、手を振り返した。

「うん! またね!」

もう二度と、会えないだろうけれど。
さようなら。僕の大切な友人よ。
叶うのならば、いつの日か。
再び巡り会える日があらんことを。
小さな願いを胸に、これからを生きよう。


(2024/11/13 title:065 また会いましょう)

11/4/2024, 9:35:13 AM

顔を洗って、髭剃って。
髪型もビシッと整えて。
鏡から一歩引いて、襟元から背伸びして腰周りまで、着こなしの方にも気を配る。
うーん。お気に入りの紺のシャツを出してきたけれど、もっとラフな服の方が良かったか?
普段家で着てる服なんて気の抜けたものばかりだから、いざ来客があるとなると何を着れば良いか分からなくなる。
自宅で自分のテリトリーな訳だし、よそ行きのような気張った服を着ても張り切り過ぎだろうしな。あ~もう分かんねえよ!

「親父、いつまでそこで唸ってるんだよ」
洗面所の鏡の前で思案を重ねていれば、廊下から見ていた息子が呆れてため息を吐いた。
「もうその格好で良いじゃんか。お客って言ったって俺の友達なんだし。普通で良いよ、普通で!」
「だ、だってよ~」
背中を押して、俺を鏡の前から引き剥がそうとする息子に食い下がる。
息子は簡単に言ってくれるが、滅多に同級生を家に呼んだことがなかった息子がだぞ。
そんな子が日曜日の朝、まだぼうっとしているところへ急に、「あ。今日、友達家に来るから」なんて言い出したら、びっくりするに決まっている。
しかもだ。説明を面倒臭がる息子から、どんな子が来るのか少しずつ聞き出してみれば、学年トップの優等生。皆に王子だなんて呼ばれているイケメン君と言うじゃないか!
ずっと帰宅部だった息子が女の子ばかりの料理部に入ったときも驚いたが、いつの間にそんな交友関係が広がっていたのだろう。
親子のコミュニケーションは結構取れている方だと思っていたのに、まだまだ知らないことってあるんだな。心臓に悪いよ。

そういう訳で。こうしちゃいられない、と。
落ち着けと止めにかかる息子の制止を振り切って、一から身支度し直しているところなのだが。
ああ。こんなことになるなら、この前見付けたセール品。迷わずに買って、ルームウェアを新調しておけば良かったよ。惜しいことをした。

ああでもない、こうでもない、と。
洗面所で独り、ファッションショーよろしくずっと悩み続けていたのだが、後ろで見守っていた息子が遂にしびれを切らしたようだ。
「ああもう! そんな気張んなくて良いんだってば!」
しつこく髪型を整え続ける俺を見かねてか、息子が力技で俺を洗面所から追い出した。
「家に来るって言ったって、勉強と料理の特訓に来るだけだから。 親父は普段通りにしてて良いの! 余計なこと、絶対すんなよ!」
釘を刺すように指差して、息子は鼻息荒くキッチンへと消えていく。
廊下に残された俺は納得がいかない。
「え~。普段通りって、言ってもねえ」
おまえが友達を呼ぶってだけで、それがもうイレギュラーなんだけど。
お祭りのように浮かれてしまうことくらい、許してほしい。
諦め悪く、再び鏡でコーディネートを確認する。
「これで本当に大丈夫かねえ」
鏡の中の自分も、俺に相槌を打つかのように困り顔だ。
まあ、良いか。
これ以上の服も今日は揃えられないし。
このままお友達に会うとしよう。
通称、王子くん、かあ。
どんな子なのか、今から会うのがとっても楽しみだ。

そうして大人しく待った一時間後。
礼儀正しく訪れた、件の王子くんのイケメンぶりに、度肝を抜かれることになったのだ。
ああ、まったく。何が普段通りで大丈夫、だ。
着替えておいて本当に良かったよ!
息子よ。今度からは、大事なことは早めに教えておいてくれよ。頼むから!


(2024/11/03 title:064 鏡の中の自分)

11/3/2024, 9:59:27 AM

今まで通り、同じ時間だけ眠っても、翌日に疲れが残るようになってきた。
俺も年を取った証拠かなあ、なんて呑気に構えていたけれど、折角の休日が昼寝で終わってしまうことも多くなってきて。
これでは不味い、と遅れて実感も伴ってきた。

体は休まるけれど、余暇も満喫しきれない。もやもやとした思いを抱えたまま休日を終えることを繰り返してきた数ヶ月。
元々運動不足を気にかけて、ストレッチやエクササイズの動画やゲームで健康面の対策もしてきたけれど、もうそれだけでは駄目なのだろうか。
――というか、そもそもの話。今の俺の睡眠時間って、疲労回復しきれないくらいに短かったりするのか、もしかして。

あれこれ考えた末、大前提の可能性に気が付いた。
試しに睡眠計測アプリを入れてみる。
そして驚いた。
げっ。俺、四時間も寝てない日があったの? 嘘だろう?
自分の実感とも、就寝と起床した時刻の差から計算した時間とも違う時間にアプリの性能を疑ったが、解析結果を読み解く内に納得する。
そうか。布団に横になった時刻から起きた時刻で計算してたけれど、アプリが感知した実際に寝入った時刻からだと短くなってしまうのか。
しかも割りと浅い眠りの日も多い感じ。こりゃあ、疲れも取れなくて当たり前だわな。
いやあ、アプリで分かるものか疑ってたけど、案外良い気づきになったな。

それからは多忙を理由にさぼりがちだった運動習慣を意識し直して、就寝時間も早められるように生活リズムの改善中。
お試しで始めたアプリも、計測する度に増えていくキャラクターたちが可愛くて。何だかんだでそのまま続けている。
一つだけ悔しいところがあるならば、きちんとアプリを起動して、計測開始状態にする前に寝落ちしてしまうのが多いことだろうか。
スタートをし忘れた場合にも、後から就寝時間などの手動記録で計測と解析は対応できる。
けれども、それだと報酬として登場するキャラクターたちが増えなくて、ゲームとしての攻略が進んでいかないのだ。
なかなかに手厳しいが、アプリの目的を考えたら当然だろう。仕方がない。
何となく始めたものだけど、折角ならばゲームとしても楽しみたい。
今日こそは、アプリを起動してから寝るとしよう。
新たな目標を決意して、横になる。
さて。今晩はどんなキャラクターがやって来るのか。
明日の朝が楽しみだ。


(2024/11/02 title:063 眠りにつく前に)

10/26/2024, 9:59:26 AM

僕の師匠は鈍感で困る。
折角意中の彼女が遊びに誘ってくれたのに、その流れで何で僕にまで声をかけるのか。

君、彼女のことが好きなんでしょ。
僕まで誘ってどうするの。
二人きりで出かける自信がないのか、はたまた未だに彼女が僕のことを好きだと勘違いしているのか。
うーん。彼の様子を見るに後者の方かな。
ああ、でもね。
バレンタインの日に、僕は彼女の告白を既に断っているんだよ。
そのことは君もとっくに知っているはずなのに。
橋渡しのような真似は、彼女を応援しているつもりなのだろうか。
まあ、さりげない気遣いや、そういった優しいアシストが出来るのは、彼の長所でもあるけれど。
自分の恋路を後回しにしているのがもどかしい。

師匠は気付いていないみたいだけど、彼女の想い人はもう僕じゃない。
他でもない、君自身だよ!
どうしてそんなに鈍いのか。
紆余曲折あって、今でこそ仲良し三人組のように行動している僕らだけれど、二人の様子を見ていれば、想い合っているのは嫌でも分かる。
ああ、もう。勢いに任せて、何度ぶちまけてやろうと思ったことか!

でも、でもね。
大事な友人二人だからこそ、彼らのためにもそんなことは絶対しない。
上部だけの交遊に、辟易していた僕を救うきっかけをくれた君たちだから、誓うとも。
まあ。もうちょっと、ペースアップしてくれると助かるけどさ。
僕が気長でいられる内にお願いしたいな。
じっと待っててあげるから。
君たちのペースで結ばれたら、その時こそは思い切り、おめでとうと祝福させて。


(2024/10/25 title:062 友達)

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