ヒロ

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4/5/2024, 7:29:07 AM

手持ちのカードは俺が一枚で、相手が二枚。
一騎討ちとなって長引いたババ抜きもここまでだ。
今度こそ、あと一枚カードを引けば、勝負は決まる。
右に左に、指を泳がせて反応を見る。
友人はポーカーフェイスを気取って無反応だ。小賢しい。
仕方がないのでじっとトランプの柄を見つめ、心を決めて右の札を取った。
――つもりが、抜けない。
もう一度引いてもびくともしない。
おい、トランプちぎれるぞ。
「本当に、それで良いのか?」
指先に力を込めたまま友人が凄む。この世の終わりのような必死の形相に悟った。
なるほど、残った方がジョーカーか。往生際の悪い奴め。
「いいよそれで。これでおしまい、だっ!」
一瞬力の緩んだ隙に、カードを抜き取る。
裏を返して見えたのは、

――ジョーカーだった。

「うっそ何で!」
「よっしゃー! 演劇部なめんなよ、恐れ入ったか!」
まんまと策に嵌まった俺を嘲笑い、友人は上機嫌で悪役さながらに煽りを入れる。
「さあ、かかって来い!」
「いや次カード引くのおまえだから。それこっちの台詞だから」
逆転した立場に焦りながら、二枚になったカードを念入りにシャッフルして差し出した。
奴のような演技力は自分に無い。
だから、余計なことはせずに顔を伏せて動きを待つ。
こうなったらもう運に任せるしかない。

さあ、勝負の行方や如何に。いざ!


(2024/04/04 title:020 それでいい)

4/4/2024, 5:33:50 AM

休日の正午ちょっと前。
お腹が空く頃合いを見計らい、買い物を切り上げてレストラン街へと向かう。
和食に中華に洋食屋さん。
選り取り見取りで迷ってしまうが、香る匂いと、表に出ていたメニューに惹かれ、パスタのお店へ足を踏み入れた。
開店して間もない時間のおかげで人は未だまばら。
席へと案内されて、改めてメニューに目を通す。
シンプルなものからがっつり系まで。
ページをめくる毎に、食欲をそそる美味しそうな写真が次々と現れる。
「どれにしようかな~」
カルボナーラにペペロンチーノ。
お値段プラスでラタトゥイユやミートボールのトッピングサービスまで有るのか。面白い。
デザートとのセットメニューも華やかだが、単品でたっぷり食べるのも捨てがたい。
どれも魅力的で、あれもこれも食べたいところだけれど、収まる胃袋は一つだけ。
程良いボリュームで食べ甲斐のあるものは、さあどれだ?
ページを前に後ろに行ったり来たり。
最後にもう一巡メニューを見渡して、通りがかった店員を呼び止めた。
「すみません、注文お願いします!」
お出かけのランチに、美味しいご飯を。
よし、頂きます!


(2024/04/03 title:019 1つだけ)

4/2/2024, 7:16:11 AM

貫き通す嘘ならともかく、後からの撤回を前提とした嘘は匙加減がなかなか難しい。
種明かしをして、冗談で許されるにはまずそれに足る信頼関係が必要であるし、吐く嘘の内容にもセンスが問われる。
そこを見誤って、エイプリルフールを機に人気の下落に繋がった著名人の話もまだ記憶に新しい。
「なーんだ」と笑えなければ、折角のお祭り事にも意味がない。お遊びとは言え、その見極めは大切だろう。

それ故に、自分からでは仕掛けづらく、上手く乗っかり切れないイベント、という印象が否めない。
おかげで苦手意識が働いて、ついつい辛口目線で話をしてしまった。

ただその一方で、オタクの身としては四月一日を心待ちにしている面もある。
手を替え品を替え、時には嘘から出たまこととして、本当に商品化や派生アプリをリリースしてしまう気合いの入った企画もあり、気が付けば三月の末の頃にはその先の日付を意識してしまっていたりする。
斯く言う今年も贔屓にしているアプリやSNSのチェックに抜かりなく、今年もしっかり楽しませて頂いた。
ごちゃごちゃと言っておきながら現金なもので申し訳ない。

次はどんな趣向で笑わせてもらえるのか。
日々の仕事に明け暮れながら、また来年のこの日を楽しみにしていよう。


(2024/04/01 title:018 エイプリルフール)

3/27/2024, 1:13:28 AM

ぐすっ、ずびっ。
部長が隣で泣いている。
事の起こりは三十分ほど前。
いや、彼女の想いの始まりを考えたら、とっくの昔に始まっていたことなのか。

「プレゼントして来るわ!」
そう言って彼女は、部活動で出来上がった菓子を手に、意気揚々と家庭科調理室を飛び出して行った。
今日はバレンタインデー。この日にチョコ菓子を持ってプレゼントと言ったら、告白しに行ったに決まっている。
ワンチャン本当にお友達へのプレゼントも考えられるが、いつになくそわそわウキウキ。頬まで染めて出て行った姿を思い返すに、その可能性はまず無いだろう。
部長、好きな奴いたのか。
料理しか興味ないと思っていた。
どこの誰だよ羨ましい。
料理部エースの手作りお菓子だぞ。
部長は可愛いし、そんなの貰ったらどんな男もイチコロだろう。
部活で一緒に居られることに胡座をかいて、ズルズルと告白する勇気を出さなかった俺が悪い。
唐突に終わった片思い。
呆然と動けずにいる俺を置いて、他の部員たちもそそくさと教室を離れて行った。
泣きたい気持ちのはずなのに、戸惑いが強くて涙も上手く出てこない。
漸く頭が働いて、帰ろう、と荷物を手に出入り口に立ったとき。部長が独り帰ってきた。
ぽろぽろと、俺が流せなかった涙をこぼしながら。

予想外の展開に驚きつつも、取り敢えずは泣き止まない部長を椅子に座らせた。
そうして、ありったけのティッシュを差し出して今に至る。
どうしたの、と問いかけるなんて野暮なこと。
ただ、問題点がひとつある。大問題だ。
どうして部長はあの菓子を持ったままなのだ。
彼女の力作を受け取らなかった馬鹿はどこのどいつだ。
「誰からも、受け取っていないんだって」
手元に向けられる視線に気が付いたのだろう。ぽつりと彼女が教えてくれた。
「気持ちに応えられないのに、物だけ受け取るのは期待させるようで不誠実だからって。そこまで言われたら、仕方ないよね」
自分に言い聞かせるように言って、不器用に笑う。
彼女は相手の名前を伏せたけれど、今の話でピンと来た。
その聖人君主のような口振り。あいつか。学年トップの王子様か。部長は案外面食いだったらしい。
相手の顔が分かった途端、無性に腹が立ってきた。
奴は充分真摯に応えている。
あいつがオーケーしていたら俺の方は失恋確定だし、俺が怒るのはお門違いなのも分かっている。
けれども、こんなに泣かせなくたって良いじゃないか。
俺が欲しくても手に入れられなかった彼女の恋心。それをこんな形で終わらせるなんて。
憎たらしい気持ちを紛らわせるようにして、部長が抱えていた袋をひょいと取り上げた。
部長が驚いて、「え」と声を上げる。
「勿体無いよねー。部長が作ったお菓子なんて絶対美味しい奴じゃん。これ食べないなんて絶対損したよ、そいつ」
相手には気付いていない振りをして、手の中の袋をしげしげと見つめた。パステルカラーの控えめな袋に、キラキラとしたリボンがよく映える。
男の俺から見てもセンスの良いラッピング。そんなことからも彼女の本気度が伺えて。
「あ~。羨ましい~」
と、うっかり本音が漏れてしまった。

やべ、と気が付いて顔を上げれば、案の定涙も引っ込んでキョトンとした部長と目が合った。
傷心の彼女に余計なことを。
あ、いや傷心なのは俺も同じなのだけれど、えっとそうじゃなくて。
今の言葉、部長はどういう意味で受け取った?

「――ねえ、これ一緒に食べちゃわない?」
有耶無耶にするように、またはそうと感じさせないように言葉を繋ぐ。
結局俺は意気地がない。
でも、今はもうそれで良い。
結果振られたけれど、勇気を出して告白した部長の方が何倍も偉い。
傷心につけ入る資格など有りはしないのだ。
砕けた俺の心より、今は彼女に少しでも笑ってほしかった。
「俺が作ったのもあるしさ。何なら交換する?」
鞄に入れたタッパーを取り出し、「ほらほら」とちらつかせておどけてみせた。
いつもの俺にしては強引だ。
あいつのために作ったものを交換だなんて、無神経だったかもしれない。
でも、こんなものがいつまでも目の前にあるから彼女の心は鎮まらない訳で。
だったらいっそ食べて無しにしてしまった方が良いじゃないか。
部長は黙って俺とタッパーを見比べている。
破れかぶれで、「俺の作ったもの、好きでしょ?」と駄目押しすると、やっと少しだけ笑ってくれた。
俺の好きな、あの笑顔だ。
「ありがとう」
部長は小さな声で続けた。
「今、あなたが側に居てくれて、良かった」

お互いに曖昧な言葉。
部長の心は分からない。
けれども今はそれで良い。
気持ちまでほしいなんて、ないものねだりはしないから。
ただの友だち、ただの部活仲間で構わない。
共に料理を作って、一緒に食べる。その楽しみを分かち合う仲で丁度良い。

けれどももし、まだ俺にチャンスがあるのなら。
決心がついたその時には、今度こそ君に好きだと伝えさせて。


(2024/03/26 title:017 ないものねだり)

3/26/2024, 3:44:29 AM

毎日のご飯なんて、食べられれば何でも良いつもりだった。
けれども残念なことに、親父に任せていたらお世辞にも美味いものなど出て来やしない。
だから仕方無く俺が台所に立つ事が多くなって、親父の腕はすぐに越した。
今日は何を作ろうか、なんて考えながら帰るのも苦ではなくて、今ではもうすっかり毎日のルーチンに組み込まれている。
必要に駆られてやっているだけで、特技と呼ぶにもきっとおこがましい。
習慣にこそなっているが、きっと俺の料理スキルなんて自慢するほどでもない。そう思っていたし、人様に披露するつもりも毛頭ないものだった。

だから、びっくりしたんだ。
家庭科の授業で、彼女が俺の料理を手放しで褒めてくれたときは。親父以外に喜んでくれる人がいるなんて思いもしなかったから。
「料理好きなの?」と食いつく君に恥ずかしくて、別に、なんて無愛想に答えたのに、「好きじゃないのにここまで出来るなんて凄いよ!」とさらにベタ褒めしてくれたのが嬉しくて。
「ねえ、料理部に入部しない?」
と、端から見ればなかなか強引な勧誘にも、思わず「うん」と頷いてしまったのだ。
だって、しょうがないだろう。
俺の料理を「美味しい」と食べてくれた君の笑顔を、もう一度見たいと思ってしまったのだから。

女ばっかりの部なんて、正気だったら絶対に入らない。
案の定、クラスの仲間は早速茶化してきた。
だけど、後悔はしていない。
部長の君は、俺のことなんて何とも思っていないのだろうけれど、そうやって、純粋に俺を褒めてくれた君だからこそ好きになったのだ。

不純な動機を許してくれ。
部員が欲しかっただけなのも分かっている。
もう料理が好きじゃないなんて言わないから、部活の時間くらいは隣に居させて欲しい。

花より団子の君だから、まずは胃袋から掴ませて。
そしていつかきっと、俺ごと好きって言わせてみせるよ。


(2024/03/25 title:016 好きじゃないのに)

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