『好きじゃないのに』
どうやら誤解が生まれているらしい。
俺に彼女がいるらしい。
そういう噂が社内で流れているようだ。
しかも、夏目の耳にも入っているらしい。
「で、実際どうなんですか?」
半分くらい埋まっている社員食堂の窓際の隅の席。
向かい合って昼食を食べている。
誤解なんだけどな、、、
『ところにより雨』
「ただいま戻りました、、、」
悠人さんの声。
なんだか声に元気がない。
振り向こうとして別の驚く声に驚いた。
「雪村!?」
「あーーうん、急な雨で濡れちゃって、、、」
は?
勢いをつけて振り向く。
いつもセットしている髪の毛と、ジャケットは着ていないので、その下のベストとYシャツがずぶ濡れだ。
おそらく、もうすぐ会社に着くからって、面倒くさがって、コンビニで傘を買わなかったパターンだ。
天気が怪しい時は折りたたみ傘を持ち歩けって言ってるのに。
そう思う僕の顔は険しくなっていたらしい。
「なんとか会社までは持つって思ったんだけど。
会社前の横断歩道で待ってたら、ホントにすごいスコールでしょうがなかったんだよ、、、」
驚いた声をあげた同期の桜井さんに向けてではなく、これは明らかに僕に向けてのセリフだ。
現に横目でチラチラこっちを見ている。
「にしても、ずぶ濡れすぎるだろ、、、。
あーえーっと、、、」
桜井さんはそう言いつつ、周りを見渡した。
そして、僕に気づいて、苦笑いをした。
正式には、『険しい顔』の僕にだ。
「夏目。休憩室一緒に行ってやってよ。
ついでにさっきの資料も資料室で探してきてもらえたら助かる」
「、、、了解」
返事の声が思っていたより低い声だったせいか、雪村さんの肩が少しビクッと動いた。
「行きましょうか、雪村さん」
「は、はい、、、」
『夢が醒める前に』
目を覚ました。
ガチャッと寝室の扉が開いて、夏目が入ってきた。
アレ?なんで夏目が俺の家にいるんだ?
平日だよな、、、?
なんか頭がボーっとする。
夢かな?
夏目の方に腕をのばす。
パジャマの袖が目にはいる。
あ、俺、パジャマ着てる。
やっぱり、寝てたんだ。
なんだ、、、
でも、夢ならいっか、、、
「起きたの?
悠人さん?」
近づいてきて跪いた夏目の顔に手を伸ばす。
「え、、、ちょっ、ちょっと、悠人さんっ、、、」
「司、、、」
夏目の頬に触れる。
あったかいな。
夢なのに肌の温度まで感じるってスゴイな、、、。
まるでリアル。
両手で頬を挟んで引き寄せた。
「ま、待って、、、悠人さんっっ、、、」
『胸が高鳴る』
「うちに泊まるか?」
え、、?
雪村さんの提案に驚きを隠せない、、、
反応が少し遅れて、間が空いたことを誤解したのか
「ごめん。急に言われても困るよな。
無理にとは言わないけど、、、」
うつむいてしまった。
「ち、違う!
この上ない提案です!!」
言いながら雪村さんの手を取り、僕の手でギュッと包み込むと、照れてる証拠で耳が赤くそまったのがわかった。
「『この上ない提案です』って、仕事かよ」
雪村さんがふんわりと笑った。
ダメだ、心臓が持たない、、、
『ずっと隣で』
『...rrr...rrr...』
「、、、は、、い」
スマホの呼び出し音。
かかってきた電話に出たらしく、背後で寝ぼけた返事が聞こえる。
「ん、、、はい、、、じゃ、、、」
ピッ、、、と通話が切れた音がした。
通話が切れた途端に、浮上しかけていた意識がまた夢の中に戻りそう、、、と思ったのだけど。
「、、ゆう、と、、、さん、、、」
背後から腕が伸びてきて、ぎゅっと強く抱き込まれて、その力強さに目が覚めてしまった。
今日は、週中の祝日。
夕べは夏目と飲みに行って、そのまま夏目の部屋に泊まった。
壁の時計を見ると、朝8時。
うーーん、、、起きてもいいんだけど。
この心地よさも捨てがたい。
あと少し。