「星に願いをかけることはあっても、月に願いをかけることはないよねぇ」
べろべろに酔っぱらったまーやちゃんは、がははと大口を開けて笑った。
深夜の公園には私達以外、誰もいない。
缶チューハイ一本で出来上がった安上がりな酔っ払いは、ブランコをきいきい揺らしながら饒舌に喋る。
「月のほうが願い事を叶えてくれそうな気がしない? わたしはする。だって、月って大きいし、ぴかぴかだし、目立つしさぁ」
缶チューハイを煽って飲み干してから、まーやちゃんはわざとらしい大きなため息をついた。
「そーだよ、そーだよ。月は目立つのにわたしは全然だめ。地味の地味子は今日もだーれにも話しかけられませんでしたぁ!」
まーやちゃんが大学に入学してから一ヶ月。大学デビューすると意気込んで頑張っていたのが空回り。人見知りの性格は直せず、未だに友達が誰もいない。
彼女の頑張りを私はよく知っている。それこそ、小さな頃から一緒にいるんだもの。
励ましの言葉を投げかけると、まーやちゃんは屈託笑った。その笑顔を他の人に見せられたらいいのにね。
私達はお互いの匂いを嗅けば、それでだいたいのことは終わるのだけれど。
人間の友達づくりとやらは、とても面倒臭そうだ。
「話を聞いてくれてありがとうね。行こ」
まーやちゃんは私を抱えて帰路につく。一匹で歩かせられないからって、首輪とリードをつけて抱えて散歩するのはちょっと不満。犬じゃないんだから。
「わたしの友達はあなただけなんだよねぇ」
まーやちゃんの腕の中から見た月に、私は「にゃあ」ととびきり可愛らしく鳴いて、彼女に人間の友達ができるよう願いをかけてみたのだった。
お題「月に願いを」
「何もいらないよ」
いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティー。
変わらないお決まりの場所で、私は彼女に言い放った。
「何もって、せっかくの誕プレじゃん」
アイスティーにガムシロップとミルクをたっぷり入れる。ぐるぐるストローで混ぜて甘ったるいベージュ色になれば、お気に入りの味の完成。
「だって、欲しい物ないし」
濃厚な甘さは脳にくる。だからこそのしょっぱいフライドポテトだ。もそもそとしたポテトはとてもジャンキーで体に悪い味。学生でも気軽に頼める金額とお得な量。深夜のファミレスで溜まるのなら、ドリンクバーとフライドポテトを注文するのが定番だった。
それがいつもの私達の光景。
「あんたって、欲がないよねぇ」
コーラを飲む彼女は、唯一無二の親友。癖のないロングヘアが羨ましかった。
「なんか思いつかない?」
「そんなこといわれても」
欲がないわけじゃない。欲しいものなんて、たくさんある。物欲が消えたことなんてなかった。
「あんた死んでんじゃん」
私の親友は、ここにいない。
私の親友は窓に映るテーブル席で、コーラを飲んでいる。窓には私と親友が向かい合って座っている姿があるのに、現実の席に彼女はいない。
「そうなんだけどさ」
ばつの悪そうな顔をして言い淀む。
彼女はあの頃と同じ高校の制服姿で、私はスーツ姿だった。
「就職祝いもかねてと思って。この町からでていくんでしょ」
いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティーとコーラ。
彼女の命日から、お決まりの場所でお決まりのメニューを頼んだら、窓に映るようになった。
「何もいらないよ」
いつの間にか、お気に入りの味を子ども臭いと感じるようになった。お気に入りのジャンキーな味より、おいしいものを知ってしまった。
彼女は何も変わらなくて、でも、生きている私は変わっていく。
「何もいらないから、私の親友のままでいてよ」
彼女は困ったように笑った。
わかってる。「いつもの」はずっと続かない。
私は彼女より先へ行くだろう。
これからも、この先も。
生きている限り。
「そういうところ、気に入ってたよ」
からんと氷が溶けて、窓の彼女は姿を消した。
とろけたアイスティーを吸う。甘ったるい味あのときと変わらない、子どものときに夢見た味。
お題「何もいらない」
「明日なんて来ないよ」
ふてくされた顔で君は言う。
泣き腫らした目が瞬きするたび、濡れた睫毛がきらきら光っているように見えた。赤みがかった頬も、すんと鼻を啜る音も、君は悲しくて辛いはずなのに、それを愛らしいと僕は見惚れてしまう。
「あの子がいない世界に、明日なんてこないの」
君の手には、空っぽの鳥籠がある。
あんなに大事にされていた小鳥は、君のほんの不注意で空へと旅立ってしまった。
「野良猫に食べられそうになったって、知らないんだから」
「お腹が空いたら戻ってくるのかもしれないよ、明日とか」
「明日なんてないの!」
止まったと思った君の瞳から、また涙が溢れ出す。鬱陶しそうに手の甲で拭って、僕を睨んだ。
「明日なんてもうないの!」
「明日も僕はいるよ」
不意をつかれたように、君は瞠目させた。唇をわずかに震わせて、僕になんて言い返そうか考えている。
「明日も明後日も、僕は君と小鳥を探すよ」
追撃をしたら君は、ふくれっ面になってしまった。
「勝手にすれば!」
「うん、勝手にする」
歩き始めた君の隣に僕は並ぶ。君のほうが僕より背が高くて、君のほうが僕より少し年上だ。今は子どもだけど、大人になるとこの年の差はあまり気にならなくなるらしい。
もしも未来が見れるなら、この先も君の隣を歩いていたい。
君のふてくされた顔を、君より背が高くなった僕で眺めたいから。
お題「もしも未来が見れるなら」