椎乃みやこ

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5/26/2023, 2:44:27 PM

「星に願いをかけることはあっても、月に願いをかけることはないよねぇ」
 べろべろに酔っぱらったまーやちゃんは、がははと大口を開けて笑った。
 深夜の公園には私達以外、誰もいない。
 缶チューハイ一本で出来上がった安上がりな酔っ払いは、ブランコをきいきい揺らしながら饒舌に喋る。
「月のほうが願い事を叶えてくれそうな気がしない? わたしはする。だって、月って大きいし、ぴかぴかだし、目立つしさぁ」
 缶チューハイを煽って飲み干してから、まーやちゃんはわざとらしい大きなため息をついた。
「そーだよ、そーだよ。月は目立つのにわたしは全然だめ。地味の地味子は今日もだーれにも話しかけられませんでしたぁ!」
 まーやちゃんが大学に入学してから一ヶ月。大学デビューすると意気込んで頑張っていたのが空回り。人見知りの性格は直せず、未だに友達が誰もいない。
 彼女の頑張りを私はよく知っている。それこそ、小さな頃から一緒にいるんだもの。
 励ましの言葉を投げかけると、まーやちゃんは屈託笑った。その笑顔を他の人に見せられたらいいのにね。
 私達はお互いの匂いを嗅けば、それでだいたいのことは終わるのだけれど。
 人間の友達づくりとやらは、とても面倒臭そうだ。
「話を聞いてくれてありがとうね。行こ」
 まーやちゃんは私を抱えて帰路につく。一匹で歩かせられないからって、首輪とリードをつけて抱えて散歩するのはちょっと不満。犬じゃないんだから。
「わたしの友達はあなただけなんだよねぇ」
 まーやちゃんの腕の中から見た月に、私は「にゃあ」ととびきり可愛らしく鳴いて、彼女に人間の友達ができるよう願いをかけてみたのだった。


お題「月に願いを」

4/20/2023, 3:40:32 PM

「何もいらないよ」
 いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティー。
 変わらないお決まりの場所で、私は彼女に言い放った。
「何もって、せっかくの誕プレじゃん」
 アイスティーにガムシロップとミルクをたっぷり入れる。ぐるぐるストローで混ぜて甘ったるいベージュ色になれば、お気に入りの味の完成。
「だって、欲しい物ないし」
 濃厚な甘さは脳にくる。だからこそのしょっぱいフライドポテトだ。もそもそとしたポテトはとてもジャンキーで体に悪い味。学生でも気軽に頼める金額とお得な量。深夜のファミレスで溜まるのなら、ドリンクバーとフライドポテトを注文するのが定番だった。
 それがいつもの私達の光景。
「あんたって、欲がないよねぇ」
 コーラを飲む彼女は、唯一無二の親友。癖のないロングヘアが羨ましかった。
「なんか思いつかない?」
「そんなこといわれても」
 欲がないわけじゃない。欲しいものなんて、たくさんある。物欲が消えたことなんてなかった。
「あんた死んでんじゃん」
 私の親友は、ここにいない。
 私の親友は窓に映るテーブル席で、コーラを飲んでいる。窓には私と親友が向かい合って座っている姿があるのに、現実の席に彼女はいない。
「そうなんだけどさ」
 ばつの悪そうな顔をして言い淀む。
 彼女はあの頃と同じ高校の制服姿で、私はスーツ姿だった。
「就職祝いもかねてと思って。この町からでていくんでしょ」
 いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティーとコーラ。
 彼女の命日から、お決まりの場所でお決まりのメニューを頼んだら、窓に映るようになった。
「何もいらないよ」
 いつの間にか、お気に入りの味を子ども臭いと感じるようになった。お気に入りのジャンキーな味より、おいしいものを知ってしまった。
 彼女は何も変わらなくて、でも、生きている私は変わっていく。
「何もいらないから、私の親友のままでいてよ」
 彼女は困ったように笑った。
 わかってる。「いつもの」はずっと続かない。
 私は彼女より先へ行くだろう。
 これからも、この先も。
 生きている限り。
「そういうところ、気に入ってたよ」
 からんと氷が溶けて、窓の彼女は姿を消した。
 とろけたアイスティーを吸う。甘ったるい味あのときと変わらない、子どものときに夢見た味。



お題「何もいらない」

4/19/2023, 2:47:09 PM

「明日なんて来ないよ」
 ふてくされた顔で君は言う。
 泣き腫らした目が瞬きするたび、濡れた睫毛がきらきら光っているように見えた。赤みがかった頬も、すんと鼻を啜る音も、君は悲しくて辛いはずなのに、それを愛らしいと僕は見惚れてしまう。
「あの子がいない世界に、明日なんてこないの」
 君の手には、空っぽの鳥籠がある。
 あんなに大事にされていた小鳥は、君のほんの不注意で空へと旅立ってしまった。
「野良猫に食べられそうになったって、知らないんだから」
「お腹が空いたら戻ってくるのかもしれないよ、明日とか」
「明日なんてないの!」
 止まったと思った君の瞳から、また涙が溢れ出す。鬱陶しそうに手の甲で拭って、僕を睨んだ。
「明日なんてもうないの!」
「明日も僕はいるよ」
 不意をつかれたように、君は瞠目させた。唇をわずかに震わせて、僕になんて言い返そうか考えている。
「明日も明後日も、僕は君と小鳥を探すよ」
 追撃をしたら君は、ふくれっ面になってしまった。
「勝手にすれば!」
「うん、勝手にする」
 歩き始めた君の隣に僕は並ぶ。君のほうが僕より背が高くて、君のほうが僕より少し年上だ。今は子どもだけど、大人になるとこの年の差はあまり気にならなくなるらしい。
 もしも未来が見れるなら、この先も君の隣を歩いていたい。
 君のふてくされた顔を、君より背が高くなった僕で眺めたいから。


お題「もしも未来が見れるなら」