椎乃みやこ

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「何もいらないよ」
 いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティー。
 変わらないお決まりの場所で、私は彼女に言い放った。
「何もって、せっかくの誕プレじゃん」
 アイスティーにガムシロップとミルクをたっぷり入れる。ぐるぐるストローで混ぜて甘ったるいベージュ色になれば、お気に入りの味の完成。
「だって、欲しい物ないし」
 濃厚な甘さは脳にくる。だからこそのしょっぱいフライドポテトだ。もそもそとしたポテトはとてもジャンキーで体に悪い味。学生でも気軽に頼める金額とお得な量。深夜のファミレスで溜まるのなら、ドリンクバーとフライドポテトを注文するのが定番だった。
 それがいつもの私達の光景。
「あんたって、欲がないよねぇ」
 コーラを飲む彼女は、唯一無二の親友。癖のないロングヘアが羨ましかった。
「なんか思いつかない?」
「そんなこといわれても」
 欲がないわけじゃない。欲しいものなんて、たくさんある。物欲が消えたことなんてなかった。
「あんた死んでんじゃん」
 私の親友は、ここにいない。
 私の親友は窓に映るテーブル席で、コーラを飲んでいる。窓には私と親友が向かい合って座っている姿があるのに、現実の席に彼女はいない。
「そうなんだけどさ」
 ばつの悪そうな顔をして言い淀む。
 彼女はあの頃と同じ高校の制服姿で、私はスーツ姿だった。
「就職祝いもかねてと思って。この町からでていくんでしょ」
 いつものファミレス、いつもの窓際のテーブル席、いつもの山盛りフライドポテトに、いつものアイスティーとコーラ。
 彼女の命日から、お決まりの場所でお決まりのメニューを頼んだら、窓に映るようになった。
「何もいらないよ」
 いつの間にか、お気に入りの味を子ども臭いと感じるようになった。お気に入りのジャンキーな味より、おいしいものを知ってしまった。
 彼女は何も変わらなくて、でも、生きている私は変わっていく。
「何もいらないから、私の親友のままでいてよ」
 彼女は困ったように笑った。
 わかってる。「いつもの」はずっと続かない。
 私は彼女より先へ行くだろう。
 これからも、この先も。
 生きている限り。
「そういうところ、気に入ってたよ」
 からんと氷が溶けて、窓の彼女は姿を消した。
 とろけたアイスティーを吸う。甘ったるい味あのときと変わらない、子どものときに夢見た味。



お題「何もいらない」

4/20/2023, 3:40:32 PM