ももりん

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4/22/2026, 1:06:44 PM

たとえ間違いだったとしても


「国語のテストは嫌いだ」

夏目は、苦虫でも噛んだような顔で、返却されたテストを睨んだ。
「なんでだよ、国語好きだろ」

「違う。国語は好きだけど"国語のテスト"が嫌いなんだ」
そう言って、力なく机に倒れた。

こいつは無類の国語好きで、たまに変なこと言ってるからな。
「点数でも悪かったのか?」
こいつに限ってそんなことは無いと思うが。いつもありえないくらいの高得点だし。
俺が聞いても、うう、と小さなうめき声を漏らしながら、机に頭を突っ伏しているだけだ。どうしたんだ?
夏目の机から、返却されたばかりの答案用紙を拾い上げる。

見て、後悔した。

「百八十点!?これ二百点満点の全国模試だよな。きもっ……いや、相変わらずすげえな」
俺は、そっと机に紙を戻す。
「…鏡介は?」
机に反響した、くぐもった声が尋ねてきた。
「百三十五だよ、まあまあ良いかな」
自分の解答用紙を見せた。いや、夏目は見えてないか。
まあ、二年生でこれなら、志望校は安泰。なはず。

唐突に、夏目がバッと顔を上げた。
「大問一の括弧六、見せて」
「うおっ」
手に持っていた解答用紙を、勢いよくふんだくられた。テスト用紙の独特な硬い感触が、まだ指に残っている。
夏目は、一瞬で俺の解答に目を通した。大門一は、たしか現代文だったか。俺は正解していたはず。
「なんでだ…」
情けない声を出して、両手を投げ出し、再び机に頭から突っ伏した。
「てか、お前逆にどこ間違えたんだよ」
さっきは点数におののいて、解答まで見ていなかった。
「大問一の括弧六」
弱々しく解答用紙と模範解答を差し出してきた。

「大問一、問六。物語の最後に『優しい午後の光が、二人を照らしていた』とある。この時の主人公の心境を、五十字以内で答えなさい」
形式としては、よくある問題だ。
丸だらけの解答用紙の、この一門だけに、赤くはっきりとバツがつけられていた。あの夏目が部分点も貰えないなんて。

「主人公の悲しみを答えるやつだろ。そんなに難しくなかったけど」
第一問から、テストの結果が振るわなかった。という縁起の悪すぎる文章だったため、とても後味が悪かったのを覚えている。ただ、問題の解答には、さほど苦労しなかった。
「俺の解答、読んで」
促されるままに、夏目の解答にざっと目を通す。
「主人公は、友人とのやり取りを通して、友人への愛とも言えるような、希望を抱いている」
最後の一文に、模範解答と真逆のことが書かれていた。

問題冊子の、該当部分を、長い指がなぞる。
「この解答を作った人は、俺と解釈が合わない。最後に描写されていた、部屋の光の描写は、悲しみを際立たせるためのものではなく、希望ヘの光だ」
俺は解説に目をやる。部屋の光は、主人公の悲しみや孤独感を際立たせている。と書かれていた。
しかし、夏目はこれを希望の光と言った。

「たしかにそういう捉え方もできる、のか?」
言われてみれば、どちらともとれそうだが。
「納得いかない」
「でも、出題者は、こっちの答えを求めてるんだろ」
模範解答をもう一度読む。散々、国語の先生に言われてきたことだ。

「テストでは、作者ではなく、問題の作成者の意図を汲みなさい」

夏目は、どこか悲しい顔をした。眉間にシワが寄る。
「それでも、俺は認めない。そもそも、作者以外には、解釈に正解なんて無いはずだ」
なんと言っていいか、すぐにはわからなかった。

何か意味があるでも無く、そのシワに、手を伸ばす。
「いたっ」
指で、おでこを軽く弾いた。
夏目が俺に不満の表情を向けた。俺が弾いた場所を、手で抑えてる。
「いいんじゃないか?夏目がそう思うなら、見る目がないやつの作ったテストで、満点なんていらないだろ」
「そうだな。でも、俺がそう思ったなら、これはやっぱり正解だ」
そう言って目を細め、柔らかい表情を見せた。

俺は、おもむろに夏目のペンケースからボールペンを取り出した。そして、バツがつけられたその場所に、大きく赤い丸を書いた。
「たとえ間違いだったとしても」
ポツリと夏目がつぶやいた。その声には、寂しさのようなものが感じられた。
埃っぽい教室の片隅で、優しい午後の光が、二人を照らしていた。

4/21/2026, 11:34:46 AM



雫が溢れた。
ひとりで、電車に乗り込む。どれだけ俺の頬が濡れようと、俺の目が赤く腫れようと、喧騒はそんなことは気に留めもしない。人混みの中で、俺は一人切りだった。
「ユキト?その、大丈夫か?」
顔を上げて、後悔した。気が付かないでほしかった。いや、気がついても、気がつかないふりをしてほしかった。
「レン、大丈夫だよ。目にゴミが入っただけだから」
自分でも言い訳がましい、とは思う。俺は思い切り目をこすった。
「そっか」
レンはそれしか言わなかった。

しばらくの、気まずい沈黙があった。電車の走る音だけが耳に響く。周りの喧騒なんて、もはや気にならなかった。
ただ、涙というのは、そのうち収まるもので。
「レン、今日はこのまま帰るの?」
「うん。部活、オフでしょ。てか、同じ部活だし」
「そりゃそうか」
ふっと笑いが溢れた。レンも隣で笑う。
電車に揺られて一時間ほど。車両には、俺たちしか居なくなっていた。窓の外には、緑色しか見えない。車掌さんが、最寄り駅の名を呼んだ。俺たちは、電車を降りる。

ド田舎の、誰もいない野ざらしの駅のホーム。いつもの景色。
屋根も何もない、剥き出しの鉄骨のような階段を、二人で登った。いつもそこにある青空が、今はやけに眩しかった。

階段の一番上に着いた。
ふと、ポツリと何かが顔にあたった。
「雨?」
「え?でも晴れて…」
レンが言いかけたその時、ザーと雨が降ってきた。
「うわっ」
無数の雫が、青い空から落ちてくる。
その光景が、どこかスローモーションに見えた。
「あはは、ユキト。お前、びしょ濡れ」
レンが俺を指して笑う。
「お前もだろ」
俺は、足元の水たまりの水をレンに足でかけた。
「高校生にもなって、子どもだな」
そう言いつつ、レンも手すりの水をこちらにかけて、負けじと応戦する。
「うるさい。高校生は子どもだろ」
二人で全身びしょ濡れになりながら帰った。

4/21/2026, 11:23:57 AM

何もいらない


軽快な足音が、豪邸に響き渡る。
見張りはいない。全ては彼の計画通り。

そう、彼こそが世間を賑わす大怪盗。

少し癖のある黒髪が揺れ、青い瞳が月明かりに照らされた。黒いスーツに身を包み、堂々と胸を張って廊下を進んでいく。ランウェイを歩くかのように、ステップでも踏むかのように。
予定通りに、宝物庫の前へ。鍵も、彼の前では単なる装飾品。
重厚な扉が、彼を迎え入れるかのように、鈍い音とともに開いた。

ショウケースの中に、お行儀よく並べられた無数の宝石たち。壁にかけられた絵画の貴婦人が、彼を静かに見つめる。
彼の視線は、部屋の中央で止まった。

そこには、豪奢な椅子に腰掛けた少年が一人。
「ビスクドール?」
怪盗は、少年に吸い寄せられるように近づいていく。
腰に届くほどのたおやかな銀髪に、光の無い大きな琥珀色の瞳。白く、陶器のような肌。
「だれ?」
少年の口から、鈴のような声がこぼれた。
「俺は怪盗」
「かいとう?」
少年は、表情ひとつ動かさない。ただ、時折する瞬きだけが、彼が生きていることを示していた。怪盗は、少し考える素振りを見せた。
「なあ、俺を見逃す代わりに、何でも好きなものを盗ってきてやる。何が欲しい?」
「ほしい…?」
少年はつぶやいた。
「何もいらない」
怪盗の眉間にシワが寄る。
「本当に、何もいらないのか?」
少年は、不思議そうに首を傾げるだけだ。
「俺は何だって盗ってこられる。金銀財宝も、どんな機密情報だって…」

そこまで言って、怪盗は気がついた。この少年は"欲しい"という概念が欠落している。
あたかも人形のように飾られた少年。歳は十歳ほどに見えるが、その割に言葉がたどたどしすぎる。この部屋から出たことがないのではないか。

「なあ、俺は世界を飛び回って宝を盗んできた。外の世界の話、聞くか?」
少年の瞳に、初めて光が宿った。
怪盗は、顎に手を当てた。そして、手探りに語りだした。
「そうだな、昨日は警備が厳重な美術館から、不正に入手された絵画を盗み出した。その前は、貴族の屋敷から、黒い金を全部根こそぎ盗って。街でばら撒いたな」
琥珀色の瞳が、期待に揺れる。少年は、椅子から身を乗り出した。怪盗の青い瞳を、じっと見つめる。

怪盗は話を続けようと再び口を開いたが、どこからか人の足音が聞こえてきた。どうやら時間のようだ。
少し屈んで、少年に目線を合わせる。優しい声で語りかけた。
「外の世界には、お前の知らない宝が山ほどある」
少年は、ただ頷いた。
「今日は何も盗まないでおく。じゃあな」
怪盗は、月明かりの射す、窓の方に歩き出した。

少年が怪盗の袖を引っ張る。怪盗は、少し驚いた顔をした。そして足を止め、振り返った。
「また来るよ」
少年の頭に軽く手を乗せ、微笑んでみせた。
怪盗は、窓から夜の闇へと消えた。
残された少年を、窓から入る冷たい夜風が包んだ。