拝啓、アナタ様。
いかがお過ごしでしょうか?
最近過ごしやすい季節になりましたね。
わたくし、アナタの部屋にあるエアコンです。
はい、夏の間ずっとあなたの部屋を冷やしていたエアコンで間違いありません。
突然の手紙に、アナタはきっと驚かれたことでしょう。
申し訳ありません。
ですが、どうしてもお伝えしたいことがあるのです。
そのことを伝えるために、こうして筆を取りました。
手紙を書くのは初めてなので、おかしなところがあっても笑ってお許しください。
つい先日までの地獄のような猛暑も鳴りを潜め、とても快適な時期になりました
夏の間は私に頼りっきりだったアナタも、最近は私をお使いになりませんね
いえ、嫌味を言っているのではありません。
アナタの部屋を快適にするのが我が使命。
ですが、私に頼らずともアナタが快適に過ごせているのならば、それに越したことはないのです。
ただ急にお暇を頂いたので、時間を持て余しているのは確かです。
その時に何か出来ないことは無いかと探したのですが、お世話になっているアナタに手紙を書くことを思いつきました。
初めて手紙を書きますが、とても楽しいものですね。
ごめんなさい。
私が言いたいことは、そうではないのです。
こういった機会がないためか、思った事をそのまま書いてしまいますね。
ですが、このままでは話が進みません。
まだ話したいことはたくさんありますが、本題に入りましょう。
エアコンのフィルターの掃除はお済みでしょうか?
今の内に準備をしていただければと思います。
私は部屋を快適にすることは出来ても、フィルターを掃除することはできません。
ご面倒をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いします
もしもフィルターの掃除を怠ってしまうと、アナタの部屋を快適に出来なくなってしまいます。
知り合いのエアコンに聞いたのですが、埃が溜まったことで喉を傷めた人もいるそうです。
アナタに快適に過ごしてもらうためにも、ぜひともフィルターの掃除をお願いいたします。
面倒だからと言って、後回しもいけません。
秋は短いもの。
すぐに冬はやってきます。
その時になってフィルターの掃除を始めると、その分アナタが寒い思いをしてしまいます。
そうならないためにも、今の内にお願いします。
と、長々書いたのですが、なんだか疲れてしまいました。
慣れないことをしたからかもしれません。
手紙を書くのはここまでにして、私は休もうと思います。
でも心配しないでください。
必要になったらすぐ呼んでいただければ、すぐに部屋を快適にしてみせます。
それでは、冬の到来までの束の間の休息ですが、ゆっくりと休みたいと思います。
アナタの方も体調を崩されないように、ご自愛ください
また会いましょう。
敬具。
P.S.
フィルターの件、本当にお願いしますね。
カシュ、カシュ。
僕の部屋に筋トレ用の握力ハンドグリップの擦れる音が響き渡る。
今使っているのは100均で買ったものだ。
音こそうるさいが意外と使いやすい。
おかげで僕の野望は達成できそうだ。
……そう僕には野望がある。
鍛える事は手段であり、真の目的は別にあるのだ。
そのため僕は筋トレを続けてきた。
あれは一か月前のこと……
休憩時間、廊下をぶらついていて、あるものを見つけた。
火災報知機である。
特に何の変哲もない火災報知器。
別に気になる点があったわけじゃないけど、僕は何となく眺めていた。
そして目を惹いたのは、赤いボタン。
そこには『強く押す』と書かれている。
僕は思った。
『押すとどうなるのだろう?』と……
もちろん必要のないときに押してはいけないことは知っている。
だから一度はやめた。
怒られるからだ。
でも僕は気づいてしまった。
周囲には誰もいないことに……
つまり、押してもばれないという事
僕は周囲の気配を探りつつ、ボタンに指を伸ばす。
だけど、押せなかった。
思い直したわけじゃない。
何度やっても押せなかった。
『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来なかったのだ。
僕は自身の非力さを痛感し、屈辱にまみれ、逃げるようにその場を後にした。
そして誓った。
体を鍛え、絶対にボタンを押してみると……
そして今日。
鍛えに鍛えたこの体。
きっとボタンも強く押せるだろう。
僕は火災報知器の前に立って、深呼吸。
ボタンに指を添え、力を込めて――押す!
ジリリリリリリリ
辺りにけたたましい音が鳴り響く。
成功だ。
あの『強く押す』ボタンを、『強く押す』ことが出来た。
これで僕の野望は達成された。
感動で泣きそうだ
とゆっくりしたいところだが、すぐに先生が来るはず。
見つかる前に、早く逃げよう。
「おい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには体育の先生がいた。
この令和の時代、暴力を厭《いと》わないとんでもない教師だ!
なんで先生が……
あっ!
そういえば、押す前に周囲の確認をしていない。
気持ちが先行しすぎて、身の安全を確保を忘れていたみたいだ。
不覚……
「お前、このボタン押したな?
必要なく押しちゃだめだって知っているよな?」
「いえ、人違いで――」
「バカモン!!!!」
先生は、あろうことか僕の頭を思いっきりぶん殴る。
なんて奴だ。
教師の風上にも置けない。
「暴力だ!
虐待だ!」
「お前がバカをするからだ!
親も呼ぶからな!」
「そんな!」
職員室まで連行された僕は、先生から説教と、力の込められた拳骨を貰う羽目になるのであった。
私の名前は須藤霧子、『刹那に生きる』がモットーの女子校生!
けれど私には、誰も知らない秘密があるの。
それは――
私が転生者だっていう事!
前世でブラックに勤め、働きすぎて死んでしまった私……
でも神の奇跡か、悪魔の悪戯か、ともかく私は第二の人生が始まったの!
よーし、前世で人生を謳歌できなかった分、今回は全力で楽しむぞー!
って言いたいんだけど、そうは問屋が卸さない。
転生先の世界は、生まれ変わる前によくプレイしていたゲームの世界。
でもこのゲームと言うのがとんでもない曲者なのよ!
プレイした人間が『ストーリー、ゲーム性、キャラクターの全てが一級品』と称えるこのゲーム。
一見『神ゲー』と思いそうだけど、とんでもないわ!
このゲームは、プレイした人間が口を揃えて『クソゲー』と答える特級呪物なの!
その理由とは何か?
とにかくバグが多いのよ
『犬も歩けば棒にあたる』よろしく、『プレイをしたらバグる』のが、このゲーム。
当然この世界に転生した私も、毎日のようにバグに遭遇しているわ。
しかも現在進行形で……
今朝、朝食でパンを食べていた時の事。
突然視界が真っ暗になって、過去の出来事が流れ始めたの。
通称『走馬灯バグ』。
これまでの出来事が走馬灯のように、回想されるバグよ。
死にかけてもないのにね。
プレーヤーたちの間では有名なバグで、いきなり起こるし、流れている間は操作不能という恐ろしいバグ。
しかもこのゲームバトル要素もあるんだけど、バトルの都合などお構いなしにバグるので、そのままタコ殴りにされる。
ラスボスの時にやられたことは、今でも許してない。
そして、この『走馬灯バグ』は、これでも大人しい方という事実。
場合によってはラズボスの魔王が転校して来るとかあるのよね……
ていうか、この前転校してきたわ
このゲームの恐ろしさが分かっていただけたかしら?
と愚痴ったところで、何も状況は好転しない。
私の視界は、走馬灯で埋め尽くされたまま。
今は母親におむつを変えられているシーンよ。
……誰得だよ!
これでは学校に行けた物じゃない。
前世では、馬鹿なバグの数々にガハハと笑ったものだけど、実際自分の身に降りかかると全く笑えないわね。
はあ、仕方ない。
母親に言って学校を休ませてもらおう
「お母さん、今日はバグったので休みます」
『了解』
お判りいただけただろうか?
このバカみたいな会話を、お母さんが何も疑問に思ってないことを……
『始めに混沌ありき』
『そしてバグが生まれた』
それがこの世界の神話。
それほど当たり前のようにバグが存在し、この世界はバグに満ちている。
バグに迷惑を掛けられているのは私に対してだけではなく、この世界に住む住民も同じ。
だから世界にはバグに対する理解があり、制度や保証、補填も充実しているわ
それが良い事なのかは分からないけど……
ともかく今日は休み。
私は自分の部屋に(お母さんの手を借りて)戻る。
このまま漫画を読むぜ!
と言いたいところだけど、あいにく視界が塞がれている。
つまり、寝る以外にすることが無い……
私は手探りでベットに行き、そのまま寝転がる。
眠れない頭で考えるのは、前世の事。
どうやら『走馬灯バグ』には、過ぎた日を思い返す効果もあるようね。
私は、前世で好きでもない労働に身を費やしていた。
労働はクソと不満に嘆いていたあの日々……
働けど働けど生活は楽にならず、かなり自暴自棄の日々。
けれど、あの世界にバグは無かった。
道理が通って、サプライズもない平和な世界。
なんて素晴らしい世界だったことか……
ホント、バグ起こらない世界が懐かしいわ。
待てよ。
前の世界では、こうして休むことはあったかしら?
少なくとも社会人になってからは一度もないわね。
というか取らせてもらえなかった。
対してこの世界では、バグによる休暇は社会全体が推奨している。
申請されたらそのまま通す、『認めない』という発想すらない
それを知ったときはいたく感激したものだわ
この世界、前の世界なんて足元にも及ばないわ!
碌でもない過去を懐かしく思うなんて、私らしくもない。
どうやらバグによって、感情にも小さなバグがあったみたいね。
通りでおかしいと思ったわ
だって私は『刹那に生きる』がモットーの女子高生!
私は過ぎた日を感傷に思う事は無い!
「ねえ、そこのアナタ――」
秋の夜道には気を付けなさい。
人気のない道なら特に。
「私と一緒に踊りませんか――」
もし声を掛けられることがあれば、すぐに逃げなさい。
決して応じてはいけません。
「死ぬまで!」
応じたが最後、死ぬまで踊らされてしまうのだから……
◇
「ねえ、ケイコ。
趣旨分かってる?」
「分かってるよ、マサト。
今年のハロウィンに相応しい怖い話でしょ」
「分かってない!
ハロウィンだよ、肝試しじゃないんだよ」
ケイコはキョトンとした顔をする。
ケイコの天然振りはよく知っていたつもりだが、まさかここまでとは思いもしなかった。
彼女なりに真剣なのだろうが、ここで怖い話は
「確認するよ、ケイコ。
『今年のハロウィンに参加するから、なんかいい感じのアドバイスが欲しい』って、僕言ったよね?」
「うん、だから話したでしょ、恐い話」
「ここからどうやって、仮装につなげるんだよ……」
「ドレス着てみる?」
「聞いた僕がバカだった」
高校進学して初めてやって来た東京の街。
友達のいない自分を変えようと、僕はハロウィンの参加を決めた。
けれど陰キャの僕が、いきなりハロウィンデビューは厳しい。
そこでケイコに助力を仰いだのだけど、相談相手を間違えたようだ。
このままでは、ハロウィンという舞台にすら立てない。
どうしたものか……
「じゃあ、一緒に踊るのはどうですか?」
「こだわるね」
「これで、皆の視線を集める事間違いなしですよ」
「そら、道の往来で踊っている奴がいたらねえ。
でも僕が聞きたいのはそういう事じゃない」
俺はケイコの提案を拒否する。
仮装の話しをしてるのに、なんで踊りの話になるかな?
「なんか冷めてますね。
ハロウィンが嫌いなんですか?」
「うーん、嫌いと言うか苦手かな。
元々宗教系のイベントなのに、騒ぎすぎと思っている
被害妄想だとは思うけど、なんだか踊らされている気がしてさあ」
「別にいいじゃないですか。
『同じバカなら踊るバカ』って言うでしょ」
「そこまで割り切るには、勇気が足りない」
「意気地なしめ」
「そこまで言う?」
まったくケイコの強引さには呆れてしまう。
そんなに踊りたいなら一人で踊ればいいのに。
とはいえ、ケイコには感謝している。
ケイコほどいい奴は、僕は知らない。
さっき会ったばかりの他人だっていうのに、どうしてこんなに親身になってくれるのか……
感謝してもしきれない
「そうだ、一度ここで踊りませんか?
練習すれば、本番で踊れるかも」
「おい、引っ張るなよ」
「ほらほら、立って。
恥ずかしがらずに踊りましょうよ。
死ぬまで」
「もう少し、あなたと一緒にいたかったわ」
ベットの上の妻は、独り言のように呟く。
医者の余命宣告はとうに過ぎ、いつ死んでもおかしくない状態の妻。
それでもここまで持ちこたえたのは、言葉の通り儂と一緒にいたかったからなのだろう。
妻は、今年で100歳の大台に乗った。
誕生日に『めざぜ200歳』とうそぶいていた彼女だが、歳には勝てなかったらしい。
今年の例年にない猛暑で体調を崩してしまい、そのままベットから起き上がれなくなってしまった。
妻は長くない。
その事実が、儂にとってどうしようもなく辛かった。
「ねえ、あなた」
「疲れているだろう?
無理せず休みなさい」
「ごめんなさい。
でもこれが最後だと思うから、きちんとお話しさせて」
「……なんだい?」
妻の最後のお願い。
叫びたくなるのを堪えて、自分は頷く。
それを見た妻は、安心したように微笑んだ。
「私、あなたと巡り合えて、本当に幸せだったわ」
「儂もさ」
「嬉しい……
来世でも、また一緒になってくれる?」
「いいよ」
生まれ変わりと言うのは信じていない。
そんな都合のいい話なんて無いと思っているからだ。
けれど、それを指摘するほど儂は野暮じゃないし、妻が信じるなら儂も信じる。
夫婦はそういうものだと思っている。
「ふふふ、アナタって本当に私の事が好きね」
「お前ほどじゃないさ」
「でも一つ心配なことがあるの」
「心配?」
妻の口から出た言葉に、意表を突かれる。
妻は、筋金入りの楽観主義者。
結婚して以来、なにかに心配しているところを見たことがない。
一体何が気になるというのだろうか?
「もしかして儂の愛を疑っているのかい?」
「疑っていないわよ。
ただ来世でもし巡り会えても、お互い気づかないかもしれないと思ったの……
姿かたちが違うでしょうからね」
「それもそうだな」
「だから合言葉を決めましょう」
合言葉、二人だけの秘密の暗号。
ロマンチックで妻らしい考えだ。
「いいよ。
何にする?」
「私が『巡り合えたら』って言うから、あなたは『好き好き大好き愛してる』って言ってね」
「……なんて?」
「あなた、プロポーズで言ってくれたじゃない。
忘れたの?」
「忘れたかったな……
一つ目の言葉と関係ないし、他の言葉にしない?」
「ふふふ、駄目よ。
関係ないから、『合言葉』として機能するんじゃない。
それに、他の事は忘れてもこの言葉だけは忘れそうにないですからね」
「忘れて欲しい……」
まさか、この歳になって黒歴史を掘り返されるとは……
さすが妻、最後までやってくれるな!
「ではあなた、私は先に行きますね」
「ああ、儂もすぐ行くからな。
ゆっくりするといいさ」
「楽しみにしてますね」
そして妻は二度と目を覚まさなかった。
それから一年後、儂は孫に見守られながらあの世へと旅立ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして儂は生まれ変わった
都合のいい事に、記憶を持ったままでだ。
けれど生まれ変わった先は、元いた世界ではなく、ゲームの世界。
これはきっと『異世界転生』とやらだろう。
孫と一緒に、こういったアニメをよく見たので知っている。
そして生まれ変わったことで、心身共に若返った。
一人称も『儂』から『僕』へと変わり、自分が新しい生を受けたことを実感する。
それでも僕の心の片隅にあるのは、妻の事。
妻は来ているのだろうか?
『来世でまた会おう』と誓い合ったものの、どこで待ち合わせするか決めたわけではない。
時代すら違っている可能性がある
でも関係ない
また会うと約束したのだから。
もう少し大きくなったら旅に出よう。
きっとどこかで待っているだろうから。
「なあ、聞いたか?」
隣の家に住む、噂好きの幼馴染が話しかけてきた。
どこから仕入れるのか、遠くの地方の噂も仕入れてくる。
妻の情報が手に入るかもしれないので、仲良くしているのだ
「ウチの国のお姫様なんだが、結婚相手を募集しているらしい」
「それ、この国で知らない人間はいないよ」
「話はここから、お姫様が結婚相手に条件を付けたんだ。
それをクリアできるなら一般庶民でも婚約出来るってさ」
「それは初耳だなあ。
で、その条件って?」
「姫様の誕生日祭の日、一般に向かってお目通りがあるだろ。
その時一人ずつ前に出て、『巡り合えたら』に続く言葉を言えたら婚約だってさ」
この謎かけ、妻だ。
転生先で、お姫様なんてアタリを引くのも、妻らしいっちゃ妻らしい。
誕生祭という、誰もが注目するイベントで行動を起こすのも理に適っている。
だが一つだけ問題がある。
『好き好き大好き愛してる』
これを公衆の面前の前で叫べと!?
あの歯の浮いたセリフは、妻と二人きりだったから言えたのだ。
ギャラリーがいたら、絶対に言わなかったセリフ。
やぱり撤回させるべきだった!
けれど後悔してももう遅い。
それっぽいセリフでお茶を濁そうかとも思ったが、きっと妻はそれを許さないだろう。
次があるとも限らないから、出ないという選択肢は絶対にない。
逃げ場がないとはまさにこの事。
もはやコレを言う以外に道はない。
こうして僕は、憂鬱な気分で妻との運命の出会いに望むのであった