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「もう少し、あなたと一緒にいたかったわ」
 ベットの上の妻は、独り言のように呟く。
 医者の余命宣告はとうに過ぎ、いつ死んでもおかしくない状態の妻。
 それでもここまで持ちこたえたのは、言葉の通り儂と一緒にいたかったからなのだろう。

 妻は、今年で100歳の大台に乗った。
 誕生日に『めざぜ200歳』とうそぶいていた彼女だが、歳には勝てなかったらしい。
 今年の例年にない猛暑で体調を崩してしまい、そのままベットから起き上がれなくなってしまった。

 妻は長くない。
 その事実が、儂にとってどうしようもなく辛かった。

「ねえ、あなた」
「疲れているだろう?
 無理せず休みなさい」
「ごめんなさい。
 でもこれが最後だと思うから、きちんとお話しさせて」
「……なんだい?」

 妻の最後のお願い。
 叫びたくなるのを堪えて、自分は頷く。
 それを見た妻は、安心したように微笑んだ。

「私、あなたと巡り合えて、本当に幸せだったわ」
「儂もさ」
「嬉しい……
 来世でも、また一緒になってくれる?」
「いいよ」

 生まれ変わりと言うのは信じていない。
 そんな都合のいい話なんて無いと思っているからだ。
 けれど、それを指摘するほど儂は野暮じゃないし、妻が信じるなら儂も信じる。
 夫婦はそういうものだと思っている。

「ふふふ、アナタって本当に私の事が好きね」
「お前ほどじゃないさ」
「でも一つ心配なことがあるの」
「心配?」

 妻の口から出た言葉に、意表を突かれる。
 妻は、筋金入りの楽観主義者。
 結婚して以来、なにかに心配しているところを見たことがない。
 一体何が気になるというのだろうか?

「もしかして儂の愛を疑っているのかい?」
「疑っていないわよ。
 ただ来世でもし巡り会えても、お互い気づかないかもしれないと思ったの……
 姿かたちが違うでしょうからね」
「それもそうだな」
「だから合言葉を決めましょう」

 合言葉、二人だけの秘密の暗号。
 ロマンチックで妻らしい考えだ。
 
「いいよ。
 何にする?」
「私が『巡り合えたら』って言うから、あなたは『好き好き大好き愛してる』って言ってね」
「……なんて?」
「あなた、プロポーズで言ってくれたじゃない。
 忘れたの?」
「忘れたかったな……
 一つ目の言葉と関係ないし、他の言葉にしない?」
「ふふふ、駄目よ。
 関係ないから、『合言葉』として機能するんじゃない。
 それに、他の事は忘れてもこの言葉だけは忘れそうにないですからね」
「忘れて欲しい……」

 まさか、この歳になって黒歴史を掘り返されるとは……
 さすが妻、最後までやってくれるな!

「ではあなた、私は先に行きますね」
「ああ、儂もすぐ行くからな。
 ゆっくりするといいさ」
「楽しみにしてますね」
 そして妻は二度と目を覚まさなかった。

 それから一年後、儂は孫に見守られながらあの世へと旅立ったのだった。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そして儂は生まれ変わった
 都合のいい事に、記憶を持ったままでだ。

 けれど生まれ変わった先は、元いた世界ではなく、ゲームの世界。
 これはきっと『異世界転生』とやらだろう。
 孫と一緒に、こういったアニメをよく見たので知っている。

 そして生まれ変わったことで、心身共に若返った。
 一人称も『儂』から『僕』へと変わり、自分が新しい生を受けたことを実感する。

 それでも僕の心の片隅にあるのは、妻の事。
 妻は来ているのだろうか?
 『来世でまた会おう』と誓い合ったものの、どこで待ち合わせするか決めたわけではない。
 時代すら違っている可能性がある

 でも関係ない
 また会うと約束したのだから。
 もう少し大きくなったら旅に出よう。
 きっとどこかで待っているだろうから。

「なあ、聞いたか?」
 隣の家に住む、噂好きの幼馴染が話しかけてきた。
 どこから仕入れるのか、遠くの地方の噂も仕入れてくる。
 妻の情報が手に入るかもしれないので、仲良くしているのだ

「ウチの国のお姫様なんだが、結婚相手を募集しているらしい」
「それ、この国で知らない人間はいないよ」
「話はここから、お姫様が結婚相手に条件を付けたんだ。
 それをクリアできるなら一般庶民でも婚約出来るってさ」
「それは初耳だなあ。
 で、その条件って?」
「姫様の誕生日祭の日、一般に向かってお目通りがあるだろ。
 その時一人ずつ前に出て、『巡り合えたら』に続く言葉を言えたら婚約だってさ」

 この謎かけ、妻だ。
 転生先で、お姫様なんてアタリを引くのも、妻らしいっちゃ妻らしい。
 誕生祭という、誰もが注目するイベントで行動を起こすのも理に適っている。

 だが一つだけ問題がある。

 『好き好き大好き愛してる』
 これを公衆の面前の前で叫べと!?

 あの歯の浮いたセリフは、妻と二人きりだったから言えたのだ。
 ギャラリーがいたら、絶対に言わなかったセリフ。
 やぱり撤回させるべきだった!

 けれど後悔してももう遅い。
 それっぽいセリフでお茶を濁そうかとも思ったが、きっと妻はそれを許さないだろう。
 次があるとも限らないから、出ないという選択肢は絶対にない。
 
 逃げ場がないとはまさにこの事。
 もはやコレを言う以外に道はない。

 こうして僕は、憂鬱な気分で妻との運命の出会いに望むのであった

10/4/2024, 6:05:18 PM