「全然だめだったね」
「そうだな」
広場のベンチに座っている男女が二人。
はたから見れば、何の変哲もないカップルである。
だが二人は恋人ではない。
この二人は、姉弟同然に育った幼馴染である。
故郷の村は、子供の数が少ない事もあり、二人はいつも一緒に遊んでいた。
平和という言葉を体現したかのような、のどかな村。
ずっとそんな日が続くと思われた。
だがある時、事件が起きた
二人が幼いころ、謎の男に二人の両親が殺されたのだ。
当時、幼い事もあり何もできなかった二人は何もできなかった。
だが体が大きくなり、力もつけ、二人は親の仇を探すため村を出た。
そして男の場所を突き止めるため、様々な場所で情報を集めた。
その際に男を目撃したという情報を聞きつけ、この町にやってきたのである。
しかし聞き込みをするも、まったく成果を得られない。
道行く人に聞けども聞けども、全員揃って『知らない』。
調査はここにきて、行き詰まりを見せた。
『このまま続けても疲れるだけだ』と、広場のベンチで少し休憩することになったのだった。
◆ ◆
青年は、ベンチで休みながら、これからどうするべきかを考えていた。
目撃情報があったのはこの町で間違いがない。
にもかかわらず、尻尾すら掴めないのはどういう事だろうか?
何か前提が間違っているのかもしれない。
青年はそこまで考えるが、それ以上は何も思いつかない。
ちらと横で座っている少女の横顔を見る。
しかしその少女も、難しそうな顔で考え事をしていた。
少女も同じような状態であるらしい。
このまま、ただ聞き込みをしても進展はないだろう。
まだ早いが、宿に戻って作戦会議をすべきだろうか。
青年は大きなため息を吐きながら、なんとなく空を見上げる。
見上げれば、雲一つない青い空が広が広がっていた。
そういえば、と青年は思う。
こんなにゆっくりと空を眺めたのは、いつぶりだろうか?
少なくとも、仇を探し始めてからは無いだろう。
「どうしたの?」
少女は、青年が空を見上げて動かないことに心配して尋ねる。
「空に何かあるの?」
「いや、故郷の村もこんな空だったなと思って」
青年の言葉に、少女は空を見上げる。
「本当だ。故郷で見る空みたいね。子供の頃、よくこうして見上げてたね」
遠くまで来たね、と少女は独り言のように呟く。
「ねえ、復讐が終わったらさ、故郷に戻っていつもの場所に行かない?それで一緒に空を見よう」
「……それもいいな」
子供の頃、お気に入りの場所で日が暮れるまで遊んでいたことを思い出す。
そこには座るにはちょうどいい岩があり、遊び疲れた時は空を見上げていた。
懐かしき平和な日々。
だが両親が殺されてからは、以前の様に遊ぶことは無くなった。
けれど……
全てが終わったら、昔の様に空を見上げてもいいだろう。
二人はそんな事を思いながら、故郷にある遠くの空へ思いを馳せるのであった。
最近、彼氏の和也には仲よく話している女子がいるらしい。
『らしい』というのは、私は和也とは違うクラスのなので、その女子を見たことがないから。
もちろん和也にその女子の事を聞いた。
だけど、隠す様子もなく色々教えてくれる割に『仲のいい友達』という以上の情報が得られなかった。
かろうじて分かったのは、和也と隣の席にいて、休憩時間の度に楽しくお喋りしていると言う事。
……ギルティでは?
まあ、こうあっさりと言うあたり、本当に友達と思っているんだろう。
だけど不安なので、一度様子を見ることにした。
もちろん和也に気づかれないようこっそりとね。
休憩時間に和也のいる教室にこっそりと向かう。
教室を覗いたときに受けた衝撃は、とても言葉に出来ない。
なぜなら、和也は私に見せたことない笑顔で笑っていたからだ。
そして笑わせているのは、隣の席の女子。
私の心に怒りが満ちる。
許せない。
私の彼氏だぞ。
泥棒猫め。
嫉妬を感じながら、隣で話している女子を睨んで――
そして彼女を見て萎えてしまった。
彼女は和也に恋してる。
それは間違いない。
だけど、必死に好きじゃないフリをしているのが分かった。
なんで分かったのかって?
女の勘である。
彼女が和也に向ける、表情、しぐさ、目線。
それらは全部、友達に向けるソレ。
でも、全部作り物。
和也が好きな事が隠しきれていない。
好きだけど、好きじゃないフリってところか。
それにしても、和也はあんだけ近くで見ているのに気付かないなんて、とんでもないニブチンである。
むしろ、隣の彼女の方に同情してしまう。
気づかれても困るけども……
きっと、和也に彼女がいると聞いて、身を引く覚悟なんだろう
そんな彼女に対して、どうして泥棒猫なんて言えようか?
私は教室を後にする。
和也に気づかれないように、そっと……
不安を解消するためにやってきたけど、今度は別の感情が渦巻いていた。
自分だけを見て笑ってほしい私。
見たことがない顔で笑う和也。
好きじゃないフリをしている彼女。
私はその時に抱いた感情を、とても言葉に出来そうにない。
時は四月。
世界に春が訪れ、世界に緑に溢れ花が咲き乱れる。
それらを目当てに虫や蝶たちがやってくる。
鳥も恋の季節で、歌声で異性にアピール。
まさに春爛漫といった風景だ。
あらゆる生命が活動するこの季節。
春の陽気に誘われてクマが巣穴から出てくるように、桜の木の下から死体も這い出てくる季節でもある。
そう死体である。
皆さんは一度は聞いたことがあるだろう。
『桜の木の下には死体が埋まっている』と……
あまり知られていないが、本当に埋まっているのだ。
信じられていないのも当然で、その死体と言うのは普通の人間と見た目がそっくりで、まず見分けがつかない。
這い出てくる現場を見なければ、死体だと気づかないであろう。
ではなぜ『春になると出てくるのか?』。
それは簡単だ。
花見の宴会に参加するためである。
みなさんも花見会場に行ったとき、妙に人が多いなと思ったことは無いだろうか?
どこにこんなに人間がいたのだろうかと。
それは這い出てきた死体が混じっているからだ。
死体たちは、普通の人間に混ざって花見の料理に舌鼓《したつづみ》を打っているのである。
いくらなんでも知らない人間が参加していれば、すぐにでも気づくと思われるかもしれない。
だがそこは花見会場……
全員とは言わないが、酔っぱらって判断力が低下している人間も多い。
死体は入念に人間たちを観察し、大いに盛り上がっている宴会を選んで混じるので、まず気づかれる事はない。
宴会に参加した後は料理を食べて、頃合いを見てその場から離れる。
このことからも分かる通り、死体は人間を襲わない。
人間を襲うよりも、盗み食いする方がリスクが低いからだ。
もしかしたら花見会場で、うずくまって動かない人を見たことがあるかもしれない。
それも死体だ。
実は死体にも様々な個体がいて、宴会に混じるのが下手な個体がいる。
そうして何も食べれなかった個体がお腹が減って動けなくなった、と言うのが真相なのだ。
こうして桜の木の下に埋まっていた死体はエネルギーを補給するのだが、桜の花が見ごろなのは短い……
桜も散って花見が行われなくなったら、死体はどうするのか?
また桜の下に埋まっていくのである。
そう、死体は花見のシーズンだけ活動する存在なのだ。
埋まった後は、夏・秋・冬を土の中で過ごす。
そして季節が廻り、花見のシーズンが来れば、また土の中から出てきて花見客の料理を失敬する。
こうしてみると、死体は何の役にも立って無いように思えるだろう。
だが死体は埋まっている間に、桜の成長を促し花を綺麗に発色させる特殊な物質を生成する。
死体は桜の成長に貢献しているのだ。
そうして綺麗に咲いた桜を、人間が見て楽しむ。
これだけをとっても自然の複雑さが感じられるだろう。
人間は桜を見て花見を行い、桜は死体によって大きく成長し、死体は人間の料理を食べて命を長らえさせる。
桜と死体と人間は、お互いに欠かすことが出来ない、いわゆる共生関係なのだ!
くしくも今は花見シーズン。
これを読んでいるあなたも花見に行くことがあるかもしれない。
その時は自然の雄大さを感じながら、死体と一緒に桜を楽しんでいただければ幸いである。
吾輩は猫である。
名前はラリー。
自他ともに認めるこの屋敷一番のネズミハンターである。
子猫のころからネズミを狩りまくり、仲間の猫からは尊敬され、主人からも頼りにされている。
しかし最近は歳を取ったせいか、うまい具合に狩れなくなってきた。
始めは若いもんには負けんと踏ん張っていたものの、寄る年波には勝てず引退を考え始めていた。
その日も引退した後はどう振舞うべきか、日向ぼっこしながら考えていた時の事である。
暖かい日差しにウトウトしていると、誰かが近づく気配を感じ警戒を強める。
「ラリーさん、ですよね」
近づいてきた気配は、この屋敷では見たことが無い猫だった。
「新入りか?」
「はい。オレ、ミケっていいます」
ミケと名乗った猫は、ビクビクしながら答える。
「取って食うつもりは無いから、そんなに怖がらなくてもいい。この屋敷は食う物には困らないからな」
「はい」と言いつつも、ミケは相変わらずオドオドしていた。
そんなに吾輩の事が怖いのだろうか?
そのうち慣れるだろうと高を括り、
「それで、何の吾輩に何の用だ?」
「はい、ここでのことはラリーさんに聞けと言われまして……
「吾輩に? 誰がそんなことを?」
「俺を拾ってくれた方です」
ああ、と吾輩は合点がいく。
ご主人はよく吾輩を頼る。
今回も、コイツの面倒を見てくれという訳だろう。
ご主人の頼みとあらば、断ることは出来ない。
「事情は分かった。この屋敷の事を教えてやろう」
そういうと、ミケはほっとしたような顔をした。
「ここでは、仕事さえしていれば怒られることは無い。
仕事について聞いたか?」
「はい、ネズミを捕る事ですよね」
「そうだ」
「でも俺、ネズミを捕るのが下手糞で……」
ミケは不安げな表情になる。
「安心しろ。 ネズミを捕れなくても追い出されないし、飯も出る。
一度も捕まえたことがない猫だっているくらいだ」
「そうなんですか?」
ミケは意外そうに驚いた。
「ああ、もう一つ仕事があってな。これとどちらかが出来ていれば問題ない」
「もう一つの仕事ですか……」
ミケはゲンナリしたようだった。
奴も猫らしく、仕事が嫌いなようだ。
「二つ目の仕事は――
屋敷の人間には甘えろ。これも仕事だ」
「えっ、それ仕事なんですか?」
「ああ、やってみると分かるが、人間は甘えてやると喜ぶ。
主人も例外ではない」
「なるほど、ネズミが取れなくても甘えればいいんですね」
「そうだ。だが『甘える』と行為も奥が深い。
例えば、たまに冷たい態度をりそのあと甘えに行く『ツンデレ』というテクニックがある。おいおい教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「他には……
トイレの場所だな。 これを間違えると、人間がかなり怒る。
とんでもなく怒る……気を付けろよ」
「はい、追い出されたくないので気を付けます」
少しビビっているミケに、笑いがこみあげてきそうになる。
そんなことぐらいで、追い出すご主人ではない。
ただ知らない方が緊張感が出るだろうから、黙っておくことにする。
「次に、毛玉を吐くときの事なんだが――
ん、少し待て」
「何かあったんですか?」
「ああ、ご主人が来る」
「!」
俺の言葉に、ミケが驚いた顔をする。
「分かるんですか?」
「長いこと居れば、お前も分かるさ。さっき言ったこと覚えているか」
「甘えろ、ですね」
「そうだ!」
吾輩たちはご主人が入ってくるであろう扉に顔を向ける。
「いいか、ご主人が入ってきたら甘えに行くんだ。いいな」
「はい!」
そして吾輩たちは、ご主人がドアをあけるタイミングを見計らって――
🚪 🐈🐈
「あっ、ラリー、こんにちは。遊びに来たよ〜。
今日もおもちゃで遊ぼうね。
……あれ、知らない子がいる」
「昨日からいるの。名前はミケよ」
「そうなんだ。私、百合子っていうの。
君のご主人様の友だちです。
これからよろしくね、ミケ」
「にゃー」
「ラリーの側にいるって事は、ラリーの弟子ってことかな。
てことは、将来この子も甘えん坊になるね」
「ええ、間違いないわ。
だってラリーはこの屋敷の誰よりも、ずっと甘えん坊だもの」
初めまして。
私、伝説の木をやっている木下と申します。
伝説と言いながらも、実はタダの木ですけどね。
木下と言う名前も勝手に呼ばれているだけで、名乗っているわけではありません、念のため。
それで何が伝説かと言いますと、『伝説の木の下で告白すると必ず成功する』と言うベタなモノ。
いい機会なのではっきり言いますね。
ガセです。
私がこの地に生を受けて以来、数えきれないほど多くの告白の現場を見てきました。
ですが、結構な割合で断られています。
泣いて帰っていく人を見るのも一度や二度ではありません。
だから、事実無根の根拠のない噂なんです――とも言い切れなかったりします。
コレ、植物仲間に聞いたのですが、普通に告白するより私の下で告白する方が成功する確率が高いんだそうです。
どういう事なんでしょうか。
私にそんな特別な力なんて無いのに……
私はただ見ているだけです。
私としても手伝ってあげたいのですが、私には光合成しかできません。
残念なことです。
それにしても、なぜ何もできない私が伝説扱いされているのでしょう?
昔、有力な説を聞いたことがあります。
もう枯れてしまったんですけど、当時一番長生きだった老木が言うには、『お前はなんかそれっぽいから』。
つまり私の見た目だけで、伝説扱いされていると言うのです。
失礼な話です。
たしかに私は、同世代の木よりも大きく立派だと言う自負がありますが、それだけで決めると言うのは、失礼以外の何物でもありません。
もっと中身を見て欲しいものです。
とまあ、先ほどまで『伝説の木』扱いに憤《いきどお》っていた私ですが、最近では悪くないと思っているんです。
実は私、告白の現場を見るのが好きなのです。
あまり大きな声では言えないのですが、光合成飽きてきたんですよね……
告白の現場をみるのはいい暇つぶしになるんですよ。
ただ最近は告白の仕方が似たり寄ったりなので、少し食傷気味……
もっと奇抜に告白してくれませんかね。
おや、どうやらまた誰かがやって来たようです。
あっ、何か言う前に振られた。
からの、断った側が告白!?
さらに三人目がやって来て告白!?
最後は三人で付き合う!?
カップルとは二人で成立するものでは?
コレは初めて見るパターンです
どういうことなんでしょうか?
ですがこの考察で、三年は暇が潰せますね。
とまあこんな感じで、これからも告白をしに誰かがやってくることでしょう。
私が『伝説の木』と呼ばれる限り。
これからも、ずっと。
私はそれが楽しみでなりません