G14(3日に一度更新)

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3/21/2024, 9:53:07 AM

 私の部屋で飲み会が行われていた。
 参加者は私と恋人の聡くんの二人。
 私から飲み会をしようと提案した。
 この飲み会の目的は二つ。

 一つ目は、聡くんに元気を出してもらうため。
 仕事がうまくいかず、怒られてしまったらしい。
 二つ目は、私たちの関係をもっと先に進める事。
 私たちが恋人となってから、もう一か月。
 私が臆病なせいで、なかなか進まなかったこの関係。
 お酒の力を借りて、これまで言えなかったことを言うのだ!

 そしてお酒はほどよく飲んだ。
 あとは言うだけ。
 聡くんに届け。
 私の熱い想い。


「私は王様だぞ。この紋所が目に入らぬか~」
「はい、はい」

 私の渾身のがギャグに受けなかったのか、聡くんは適当な相槌を打った。
 予想では笑い転げているはずなのだが、どうやら高度過ぎて伝わらなかったらしい。
 しかたない、次のギャグを考えるための燃料、もといお酒を飲む。

「純ちゃん、飲みすぎだよ。もうそれ以上はやめな」
「まだ飲むの~。聡くんが笑うまでやめない~」
 そう私には使命がある。
 聡くんを笑顔にしないといけないのに、未だ彼はずっとしかめっ面なのだ。
 

「純ちゃん、酒に強いって言ってたのに……
 ベロベロに酔ってるじゃん」
「なんてこと言うの~。私はシラフでーす」
「……酔っ払いはみんなそう言う」
 聡くんは酔っぱらっているのか、認識に異常がある。
 いや、逆に酒が足りないのかも!

「聡く~ん、お・さ・け、飲んでないでしょ。
 もっと飲もうZE」
「絡み癖もあるんだ……初めて知ったよ、ハハハ」
「!」
 聡くんが笑った!
 
「じゃあ、私、お酒飲むのやめるね~」
「ええ!?突然どうしたの?」
「聡くんが笑ってくれたから」
「全く意味が分からない」

 聡くんが笑顔になった。
 私はそのことで胸がいっぱいになる。
 笑ってくれたことで、この飲み会は半分成功した。
 目的はあと一つ。
 彼に愛を伝える。
 
「好き」
 お酒を飲んだからか、私の口から自然と愛の言葉がこぼれる。
「お酒が?」
 でも聡くんはニブチンなので、うまく伝わらなかったらしい。

「ううん、聡くんが好き。愛してる。世界中の誰よりも」
「う、うん」
 突然の愛の告白に、聡くんはドギマギしている。
 そして彼は姿勢を正し、私を見つめる。

「僕も純ちゃんの事が好き。世界中の誰よりも」
「嬉しい」
 聡くんが私の想いに応えてくれる。
 まるで夢のよう。
 彼は私にキスをしようと、顔を近づけてくる。

 だが彼の顔を見た時、胸に不快感を感じた。
 きっと夢から醒める前というのはこういう事を言うのだろう。
 幸せだった気分から、急速に私の中の冷静な部分が呼びこされる。
 ムリ。
 もう限界だ。
 私はすぐそこまで近づいていた彼を突き飛ばす。

 そして胸の不快感は、口の中にまで押し寄せて――


 🍺 🍺 🍺

「すいませんでした」
 私は彼に土下座して謝る。
「反省してるなら、お酒は控えてね」
「はい。すいませんでした」
「怒ってないから、顔を上げて」

 そう言いながら、彼は汚れ(オブラート)をタオルで拭きとっていた。
 あれだけ夢の中の様な幸福感に包まれていたのに、あっけない終わり……
 私の胸の不快感はきれいさっぱり無くなったが、代わりに後悔で胸がいっぱいだった。

 彼は怒っていないと言ったが、実際はどうなのだろう。
 まさか幻滅されたんじゃ……

「コレで綺麗になった、と。あとで洗濯機も回すことにして――」
 聡くんが急に私の方を向く。
「さっきの続けようか?」
 私達の夢は、まだ醒めないらしい。

3/20/2024, 8:40:13 AM

「もう最終日かあ」
「あっという間だったな」

 卒業旅行最終日、俺たちはホテルのレストランでのんびり朝食を取っていた。
 サークルの卒業旅行で、もっと多い人数で来る予定だったのだが、紅一点の女の子が旅行に来ないと分かった瞬間、キャンセルに次ぐキャンセル、最終的に俺と健吾の二人に。
 せっかくの旅行、男二人で回って何が楽しいかと思ったが、思いのほか楽しめた。
 知らない土地を回る事が、こんなにも楽しいものだったとは……
 キャンセルした奴らは勿体ない事をしたもんだ。

「飛行機の時間までどうする?」
 健吾にこれからの予定を聞く。
 この旅行は行き当たりばったりで、その日の予定を組んでいた。
 本当はスケジュールを組んでいたのだが、みんな来なかったので、ご破算にした。
 大人数前提の予定など虚しいだけである。
 例えば夢の国とか……

 健吾は食事の手を止め、考え込んでいた。
「んー。何かあって乗り遅れても嫌だし、そこらへんの土産屋を覗こうぜ」
「そうすっか」
 本日の予定、土産屋巡りに決定。

 食事を終えた後、チェックアウトして辺りをぶらつく。
 こうやって土産屋巡りもなかなか楽しいものだ。
 この土地名産を活かしたお菓子や、工芸品などバラエティ豊かだ。

 さて何を買って帰るか……
 あ、このクッキーなんておいしそうだ。
 家族の分と、サークルの後輩の分と、バイト先の分と……
 と土産を吟味していると、健吾が近くにいないことに気づいた。

 周囲を見渡すと、アクセサリー売り場で、売り物を熱心に見ている健吾を認めた。
 気になる子にプレゼントか?
 色気付きやがって。

 友人の恋路を邪魔するため、近くに歩み寄る。
 気づかれないよう背後を取り、ガシッと肩を掴む。
「おい、抜け駆けは許さ――」
 健吾が見ているものを見て、俺の胸が高鳴るのを感じた。
 なるほど。
 これを見ていたのか。
 なら仕方がないな。

 俺に気づいた健吾が振り向いて、健吾と目が合う。
『買うか?』
 言葉に出ていたわけじゃない。
 奴の目がそう語りかけてきたのだ。
 俺は黙ってうなずく。
 俺たちの心は一つだ。

 売り場に置いてある『龍が剣に巻きついたキーホルダー』を手に取る。
 俺は人生の中でこれまでにない胸の高鳴りを感じていた。

3/19/2024, 9:49:53 AM

 不条理。
 ドラゴンを見た者は、口をそろえてそう言う。
 俺も駆け出しの頃に初めてドラゴンを見た時、頭にその言葉が浮かんだ。

 山のような巨体から繰り出される爪、圧倒的な物量の尾、全てをかみ砕く鋭い牙、そして口から吐き出される灼熱のブレス。
 ちっぽけな人間たちは、それらがかすっただけでも致命傷になる。

 攻撃ばかりに目が行くことも多いドラゴンだが、防御に関しても隙が無い。
 固い鱗、巨大ゆえに膨大な体力、ときには魔法すら無効化する個体もいるとか……

 その影を見ただけで逃げても誰も責めることはできず、町や村の近くに出た場合、集落の放棄すら少なくない。
 軍隊を動員して、やっと撃退できるかどうか。
 もし失敗すれば国は焼き尽くされる。
 まさに生物の頂点に君臨している存在。

 だが命知らずの冒険者たちは、これらに無謀に向かっていく。
 確かに強敵ではあるが、殺せない相手ではないのだ。
 危険は伴うが見返りは多い。
 ドラゴンから取れる素材から作った武具や防具は、最高級品として扱われる。
 また一匹でもドラゴンを討伐したものは『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる栄誉にあずかれる。
 金では買えない、誰もがうらやむ名誉である。
 そんな夢を抱き、今日も冒険者たちは死地に向かう。

 だが、そんな冒険者たちも逃げざるを得ない状況がある。
 それはドラゴンが二匹以上、同じ場所にいる場合だ。
 通常ドラゴンは群れないが、稀に群れを成すことがあるのだ。
 理由は分からない。
 間違いないのは、確実に勝てないと言う事。

 伝説の勇者すら、逃げる事しか出来なかったという逸話がある。
 ドラゴンの群れと言うのは、それほど脅威でありもはや災害でもある。

 そして俺の前には十匹以上のドラゴンがいた。
 ダンジョンを進んだその先、最深部にドラゴンの巣があったのだ。
 本来であれば、恥も外聞もなく逃げるのだろう。
 だが俺はその光景を眺めているだけだった。
 諦めたわけではない。
 必要ないのだ。

 というのも俺と相方の二人でこのダンジョンに潜ってきたのだが、その相方が戦っているのだ。
 ドラゴンの群れを。
 一人で。

 一匹ずつ、しかし確実に斃していく。
 俺もドラゴンを討伐したことのある一人だ。
 だからドラゴンの強さは良く知っている。
 それを相方は一人で相手にしている。
 もはや、乾いた笑いしか出てこない。

 見ればドラゴンの目には恐怖が浮かんでいる。
 生物界の頂点が、たった一人の人間に翻弄されているのだ。
 無理もない。
 俺も相方の強さが怖い。

 そしてその相方と言うのが、見た目はか弱い聖女だというから、話がおかしい
 聖女って強くないと務まらないのだろうか?
 俺も名のある冒険者との自負があるが、彼女と旅をしてからとういうもの、その自負が揺らいでいる。
 俺が弱いのか、彼女が強すぎるのか。
 それが問題だ。
 そんな何の役にも立たないことを考えている間に、一匹、また一匹とドラゴンを斃す。

 ふと、この感情をどこかで感じたことがあるなと、自分の記憶を掘り返す。
 しばらく考えている間に、相方はドラゴン全てを斃してしまった。
 彼女がこちらに手を振るのが見えた。
 そこで、ああ、と思い出す。

 かつて初めてドラゴンを見た時、奴は俺を見ても何の警戒心も抱かなかった。
 敵と見做されてなかったのだ。
 吹けば飛ぶ埃のようなものだと……
 そして自分もドラゴンとの圧倒的な差を感じ、打ちのめされたあの感覚。

 そうだ、この感情の名は――

 『不条理』。

3/18/2024, 9:57:43 AM

 ダンジョンに置き去りにされた
 今冒険者の間で、気に入らない奴をダンジョンに置き去りにするのが流行っていた。
 他人事だと思っていたから、自分がそうなるだなんて微塵も思わなかった。

 顔見知りの冒険者が、置き去りにされて泣きながらダンジョンから出てきたのを見たことがある。
 その様子を見て大笑いしたものだが、でもこうして置き去りにされて分かった事がある。
 ものすごく泣きたい。

 ダンジョンの中で一人ってこんなに心細いんだなんて知らなかった。
 ランタンすら持っていかれ、光源になるようなものは一つもない。
 ダンジョンの壁がほのかに光っているから、進むことが出来る。
 これが完全な闇だと思うとぞっとする。

 それにしても理解できないのは、元パーティの奴らだ。
 置き去りに関して有名な話がある。
 というのも、『置き去りにされた奴は意外と帰ってくる』、『置き去りにしたした奴は全滅か著しく弱体化する』というもの。

 学者肌のやつが徹底的に調べて、見つけ出した法則らしい。
 調べた奴が推測では、置き去りにされた場合は生き残るため、慎重に安全に行動するようになり、結果生存するのだそうだ。
 逆に追放側は気が大きくなって油断し、不相応な相手に挑んだり、格下になめてかかると言うのだ。
 そりゃマイナス(だと思っている)が抜けるんだから、プラスになったと勘違いするのだろう。
 結果、追放側は9割全滅、された側は9割生存。

 あいつらが知らないはずが無いのだが、きっと自分たちは例外だと思ったのだろう。
 そう思った事に関しては俺も非難しない。
 俺だって置いて行かれるとは思わなかったから……
 ただし、置いて行ったことと話は別だ。
 生きて帰れたら、ぶん殴ってやる。

 現実逃避にそんな事を考えながら、記憶を頼りに出口に向かう。
 時折、遠くでなにかが潰される音を聞こえる。
 正体不明の音に怯えながら、警戒して道を進んでいく。
 この道で合っているのかという不安に押し潰されそうになる。

 しばらく進むと、冒険者の死体があった。
 元パーティの死体が。
 オーク数匹と相打ちになったようだ。
 このメンバーなら、間違っても負けるわけないのだが、気が大きくなって油断したのだろう
 ダンジョン最大の敵が油断だって知っているだろうに。

 恨みがあるので供養はしないが、憐れんでやる。
 ともかく、こいつらの荷物を漁れば、地図と明かりが手に入る。
 これで地上に帰れる。
 ダンジョンはもうコリゴリだ。

「そこに誰かいますか?」
 突然後ろから女性から声をかけられた。
 驚いて後ろを振り向くと、妖精の様に可憐な少女が立っていた。
 この場に不釣り合いなほど、かわいらしい少女。
 そのあまりの可憐さに目を奪われる
 俺はこの少女の事を知っている。
 聖女クレアだ。
 愛と平和を輪を広げるために活動していると聞いたことがある。

 だが、彼女がこんな場所にいるはずがない。
 なぜならここは高難易度ダンジョンであり、彼女のような非力な女性が来れるような場所ではないのだ。
 見れば手には血まみれのメイスが握られている。
 やはり敵か……
 俺は聖女?から目を離さないよう、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。

 すると案の定、彼女の後ろから悪魔が歩いてきた。
 グレーターデーモンだ。
 高ランクの冒険者でも数人がかりでかからないと勝てない、とんでもない強て――
「ラブ&ピース」
 聖女?は謎の掛け声とともに近づいたグレーターデーモンを殴り飛ばす。
 いや、その表現は正しくない。
 なぜなら、グシャっという音と共に悪魔の体が潰されたからだ。
 一撃で。

「は?」
 目の前の光景に呆然となる。
 なにが起こったか分からなかった。
 おそらくあの悪魔も、自分の身に何が起こったか気づいていまい。
 仮にあの聖女が本物だとしても、一撃で倒すなんてありえない。
 そうか!
 あのメイスが特別製で――いや、持っているのは市販の安いメイスだ。
 俺も駈け出しの時、使った事がある。

「大丈夫ですか?」
 彼女は俺を気遣いながら、近づいてくる。
 俺は目の前に訳の分からない存在に恐怖し、後ずさりする。
 と、後ろの壁にぶつかり、後ずさりできなくなる。
 逃げられない。
 腰が抜けてしりもちをついてしまう。

「安心してください。悪魔は去りました。危険なことはありません」
 彼女は、きわめて穏やかな表情で、俺に手を差し伸べてくる。

 それを見た瞬間、俺は叫び声を上げて――


👿 👿 👿

「ああ、そんなこともありましたね」
 俺は聖女クレアと一緒にダンジョンに潜っていた。
 隣を歩く聖女クレアは感慨深げに話す。

 結局、あの後彼女に連れられ、ダンジョンを脱出した。
 泣きながら。
 友よ、あの時笑ってスマンかった。
 泣くほど怖かった。
 コイツが。

「あの時のお前、マジで怖かった」
「おかしいですね。安心させれるように穏やかな表情をしたのですが。
 ほかの方もものすごく怯えるのですよ。
 なぜでしょう?」
「それは……もういいや。多分、分かってもらえない」
 俺はため息をこぼす。

「ふふ。それにしてもあの時の貴方、とても可愛かったですよ」
「あのエピソードで俺がかわいい要素あるか?」
「はい、ありますよ」
 クレアはイタズラっぽい笑みを浮かべて、俺を見る。

「ダンジョンから連れ帰るとき、恐怖のせいなのでしょうか、幼児退行してまして」
「え?ちょっと待って」
 それ記憶にないんだけど。
「あまりにも泣くので慰めたのですが、その時あなたは『分かった。僕、泣か――」
「あーーーーー」
 大声を出してクレアの言葉を中断する。
 これ以上はマズイ。
 俺のなけなしの尊厳が吹き飛んでしまう。

「『僕、泣かない――」
「いうなーー」
 俺の反応を気に入ったクレアは何度も続きを言おうとして、俺が大声を出して止める。
 俺の慌てっぷりを見て、クレアはう楽しそうに笑っていた。

 こうして二人で大声を出して騒いだにもかかわらず、モンスターは一切近づく気配がなかった。
 クレアが怖かったのか、俺に同情したのか。
 どちらにせよ、早く来てくれ。
 一緒にこの怪物を倒そう。
 俺の心とこのダンジョンに平穏をもたらすために。

3/17/2024, 9:51:06 AM

<読まなくていい前回のあらすじ>
 百合子と沙都子は百合子は、大金持ちの沙都子の家に行くほど仲がいい。
 今日も今日とて百合子は沙都子の家に遊びに行く。

 先日、百合子は沙都子の家の物を壊してしまい、百合子の金で肉を奢ることになる。
 初めて食べる『人の金で食べる肉』にご満悦の沙都子。
 それ以来、百合子は物を壊す度に焼き肉を奢らせられることになった。
 だが、食べすぎからか沙都子は少しずつふくよかになってき……


<本文>

 今日も私は沙都子の家に遊びに来ていた。
 だが遊びに来るたびに感じる違和感。
 私はついにその疑問を晴らすことにした。

「ねえ、沙都子少しいいかな」
「何?」
 沙都子は気だるそうに私のほうに振り向く。
「沙都子、太った?」
「太ってないわ」
 沙都子は即座に反論する。
「ほんとに?」
 私が聞き返すと、沙都子は目をそらす。

「ほらやっぱり」
「太ってないってば」
「事実を認めるんだ。現実を認めることを怖がっても、何も改善しない」
「うるさいわね。そういうあなたは、なぜ太らないの?
 私と同じくらい――いいえ、それ以上に食べてるくせに」
「そりゃ、入ってくるのが多くても使う分も多いからね」
「そういえば、運動部を掛け持ちしてるって言ってたわね……」
「沙都子も運動部入ればいいのに」
「嫌よ、運動嫌い」
 沙都子は子供の様に駄々をこねる。

「でもさ、痩せるんなら、焼き肉を控えるか運動するか、もしくは両方だよ」
「嫌よ」
「ていうか、焼き肉の度にあんな馬鹿食いしなくても」
「だって、食べ放題よ。少なく食べても多く食べても同じ料金。食べなきゃ損よ」
「沙都子、いつからそんな貧乏性に」
「仕方ないじゃない。おいしいもの!」
「うーん」
 どうしたものか。
 ここで諦めると言う選択肢はない。
 『大切な友人のため』というのもあるのだが、すでに太りすぎなのだ。
 少し太いくらいならいじって楽しむんだけど、沙都子はすでにそのラインを越えていた。
 なので、これ以上太って気まずい雰囲気になる前に何とかしなくては!

 だけどうまい方法が思い付かない
 うーむ。
 沙都子はゲーム好きなので、なんとかゲームに絡めて……
 はっ。

「沙都子、こうしよう。ゲームでやせる。どう?」
「どうって、そんなゲームあるわけ……」
「あるんだなあ、これが!」
 私は沙都子の部屋のゲーム棚を漁る。
 沙都子はゲームにはまった時、色々なゲームを買い占めた。
 そしてゲーマーのサガで、たとえプレイしなくても面白そうなゲームなら買ってしまうという習性がある。
 その買ってからプレイしていないゲームの中に『アレ』があるはずなのだ。
 私は棚の隅々まで探して――あった。

「これ、このゲームしよう」
「これは……」
 あの任〇堂が送り出したエクササイズのゲームだ。
「エクササイズっていう珍しいジャンルだけど、ストーリーは王道ファンタジー。
 沙都子、絶対気に入るよ」
 沙都子をゲーム沼に落とした私が言うんだから間違いない。

「でも、私、体を動かすのは……」
「沙都子」
「!」
 私は沙都子の目をまっすぐ見る。

「沙都子は新しく始める事に、怖がりなの私知ってる。でもさ、ここで変わらないと、ずっとこのままだよ」
「百合子……でも、私は……」
「『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』」
「?」
 沙都子が顔にハテナマークを浮かべていた。
 もしかして、知らない感じ?
 仕方ない、こんど漫画沼にも落とすか……

「ともかく、これで運動すれば痩せるから」
「まあ百合子のほうがゲーム詳しいものね。やってみるわ」
 そういった沙都子は、執事のセバスチャンを呼んで、なにやら話し合っていた。
 多分、何かの専門家を雇うのだろう。
 なんにせよ、沙都子がやる気になったのだ。
 これ以上沙都子は太ることは無いだろう。
 それから百合子は専門のトレーナーを付け、専門家のアドバイスの下エクササイズゲームに勤しんだ。

 そして一か月後。
 もともと限度というものを知らない沙都子は、限界までエクササイズを行った。
 その結果、百合子はどこに出しても恥ずかしくない立派なマッチョに――はならず、前の体形と同じだが前より健康的な沙都子がいた。

「マッチョにならんか。残念」
「ならないわよ。トレーナーにもそこはちゃんと言ったんだからね」
「くっ。マッチョになったらいじり倒せたのになあ」
「それは残念だったわね。まあ、それはともかく――」
 沙都子は横にある花瓶――だったものに目をやる。

「今日も焼き肉食べに行くわよ。もちろん、あなたの奢りね」

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