ダンジョンに置き去りにされた
今冒険者の間で、気に入らない奴をダンジョンに置き去りにするのが流行っていた。
他人事だと思っていたから、自分がそうなるだなんて微塵も思わなかった。
顔見知りの冒険者が、置き去りにされて泣きながらダンジョンから出てきたのを見たことがある。
その様子を見て大笑いしたものだが、でもこうして置き去りにされて分かった事がある。
ものすごく泣きたい。
ダンジョンの中で一人ってこんなに心細いんだなんて知らなかった。
ランタンすら持っていかれ、光源になるようなものは一つもない。
ダンジョンの壁がほのかに光っているから、進むことが出来る。
これが完全な闇だと思うとぞっとする。
それにしても理解できないのは、元パーティの奴らだ。
置き去りに関して有名な話がある。
というのも、『置き去りにされた奴は意外と帰ってくる』、『置き去りにしたした奴は全滅か著しく弱体化する』というもの。
学者肌のやつが徹底的に調べて、見つけ出した法則らしい。
調べた奴が推測では、置き去りにされた場合は生き残るため、慎重に安全に行動するようになり、結果生存するのだそうだ。
逆に追放側は気が大きくなって油断し、不相応な相手に挑んだり、格下になめてかかると言うのだ。
そりゃマイナス(だと思っている)が抜けるんだから、プラスになったと勘違いするのだろう。
結果、追放側は9割全滅、された側は9割生存。
あいつらが知らないはずが無いのだが、きっと自分たちは例外だと思ったのだろう。
そう思った事に関しては俺も非難しない。
俺だって置いて行かれるとは思わなかったから……
ただし、置いて行ったことと話は別だ。
生きて帰れたら、ぶん殴ってやる。
現実逃避にそんな事を考えながら、記憶を頼りに出口に向かう。
時折、遠くでなにかが潰される音を聞こえる。
正体不明の音に怯えながら、警戒して道を進んでいく。
この道で合っているのかという不安に押し潰されそうになる。
しばらく進むと、冒険者の死体があった。
元パーティの死体が。
オーク数匹と相打ちになったようだ。
このメンバーなら、間違っても負けるわけないのだが、気が大きくなって油断したのだろう
ダンジョン最大の敵が油断だって知っているだろうに。
恨みがあるので供養はしないが、憐れんでやる。
ともかく、こいつらの荷物を漁れば、地図と明かりが手に入る。
これで地上に帰れる。
ダンジョンはもうコリゴリだ。
「そこに誰かいますか?」
突然後ろから女性から声をかけられた。
驚いて後ろを振り向くと、妖精の様に可憐な少女が立っていた。
この場に不釣り合いなほど、かわいらしい少女。
そのあまりの可憐さに目を奪われる
俺はこの少女の事を知っている。
聖女クレアだ。
愛と平和を輪を広げるために活動していると聞いたことがある。
だが、彼女がこんな場所にいるはずがない。
なぜならここは高難易度ダンジョンであり、彼女のような非力な女性が来れるような場所ではないのだ。
見れば手には血まみれのメイスが握られている。
やはり敵か……
俺は聖女?から目を離さないよう、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。
すると案の定、彼女の後ろから悪魔が歩いてきた。
グレーターデーモンだ。
高ランクの冒険者でも数人がかりでかからないと勝てない、とんでもない強て――
「ラブ&ピース」
聖女?は謎の掛け声とともに近づいたグレーターデーモンを殴り飛ばす。
いや、その表現は正しくない。
なぜなら、グシャっという音と共に悪魔の体が潰されたからだ。
一撃で。
「は?」
目の前の光景に呆然となる。
なにが起こったか分からなかった。
おそらくあの悪魔も、自分の身に何が起こったか気づいていまい。
仮にあの聖女が本物だとしても、一撃で倒すなんてありえない。
そうか!
あのメイスが特別製で――いや、持っているのは市販の安いメイスだ。
俺も駈け出しの時、使った事がある。
「大丈夫ですか?」
彼女は俺を気遣いながら、近づいてくる。
俺は目の前に訳の分からない存在に恐怖し、後ずさりする。
と、後ろの壁にぶつかり、後ずさりできなくなる。
逃げられない。
腰が抜けてしりもちをついてしまう。
「安心してください。悪魔は去りました。危険なことはありません」
彼女は、きわめて穏やかな表情で、俺に手を差し伸べてくる。
それを見た瞬間、俺は叫び声を上げて――
👿 👿 👿
「ああ、そんなこともありましたね」
俺は聖女クレアと一緒にダンジョンに潜っていた。
隣を歩く聖女クレアは感慨深げに話す。
結局、あの後彼女に連れられ、ダンジョンを脱出した。
泣きながら。
友よ、あの時笑ってスマンかった。
泣くほど怖かった。
コイツが。
「あの時のお前、マジで怖かった」
「おかしいですね。安心させれるように穏やかな表情をしたのですが。
ほかの方もものすごく怯えるのですよ。
なぜでしょう?」
「それは……もういいや。多分、分かってもらえない」
俺はため息をこぼす。
「ふふ。それにしてもあの時の貴方、とても可愛かったですよ」
「あのエピソードで俺がかわいい要素あるか?」
「はい、ありますよ」
クレアはイタズラっぽい笑みを浮かべて、俺を見る。
「ダンジョンから連れ帰るとき、恐怖のせいなのでしょうか、幼児退行してまして」
「え?ちょっと待って」
それ記憶にないんだけど。
「あまりにも泣くので慰めたのですが、その時あなたは『分かった。僕、泣か――」
「あーーーーー」
大声を出してクレアの言葉を中断する。
これ以上はマズイ。
俺のなけなしの尊厳が吹き飛んでしまう。
「『僕、泣かない――」
「いうなーー」
俺の反応を気に入ったクレアは何度も続きを言おうとして、俺が大声を出して止める。
俺の慌てっぷりを見て、クレアはう楽しそうに笑っていた。
こうして二人で大声を出して騒いだにもかかわらず、モンスターは一切近づく気配がなかった。
クレアが怖かったのか、俺に同情したのか。
どちらにせよ、早く来てくれ。
一緒にこの怪物を倒そう。
俺の心とこのダンジョンに平穏をもたらすために。
3/18/2024, 9:57:43 AM