不条理。
ドラゴンを見た者は、口をそろえてそう言う。
俺も駆け出しの頃に初めてドラゴンを見た時、頭にその言葉が浮かんだ。
山のような巨体から繰り出される爪、圧倒的な物量の尾、全てをかみ砕く鋭い牙、そして口から吐き出される灼熱のブレス。
ちっぽけな人間たちは、それらがかすっただけでも致命傷になる。
攻撃ばかりに目が行くことも多いドラゴンだが、防御に関しても隙が無い。
固い鱗、巨大ゆえに膨大な体力、ときには魔法すら無効化する個体もいるとか……
その影を見ただけで逃げても誰も責めることはできず、町や村の近くに出た場合、集落の放棄すら少なくない。
軍隊を動員して、やっと撃退できるかどうか。
もし失敗すれば国は焼き尽くされる。
まさに生物の頂点に君臨している存在。
だが命知らずの冒険者たちは、これらに無謀に向かっていく。
確かに強敵ではあるが、殺せない相手ではないのだ。
危険は伴うが見返りは多い。
ドラゴンから取れる素材から作った武具や防具は、最高級品として扱われる。
また一匹でもドラゴンを討伐したものは『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる栄誉にあずかれる。
金では買えない、誰もがうらやむ名誉である。
そんな夢を抱き、今日も冒険者たちは死地に向かう。
だが、そんな冒険者たちも逃げざるを得ない状況がある。
それはドラゴンが二匹以上、同じ場所にいる場合だ。
通常ドラゴンは群れないが、稀に群れを成すことがあるのだ。
理由は分からない。
間違いないのは、確実に勝てないと言う事。
伝説の勇者すら、逃げる事しか出来なかったという逸話がある。
ドラゴンの群れと言うのは、それほど脅威でありもはや災害でもある。
そして俺の前には十匹以上のドラゴンがいた。
ダンジョンを進んだその先、最深部にドラゴンの巣があったのだ。
本来であれば、恥も外聞もなく逃げるのだろう。
だが俺はその光景を眺めているだけだった。
諦めたわけではない。
必要ないのだ。
というのも俺と相方の二人でこのダンジョンに潜ってきたのだが、その相方が戦っているのだ。
ドラゴンの群れを。
一人で。
一匹ずつ、しかし確実に斃していく。
俺もドラゴンを討伐したことのある一人だ。
だからドラゴンの強さは良く知っている。
それを相方は一人で相手にしている。
もはや、乾いた笑いしか出てこない。
見ればドラゴンの目には恐怖が浮かんでいる。
生物界の頂点が、たった一人の人間に翻弄されているのだ。
無理もない。
俺も相方の強さが怖い。
そしてその相方と言うのが、見た目はか弱い聖女だというから、話がおかしい
聖女って強くないと務まらないのだろうか?
俺も名のある冒険者との自負があるが、彼女と旅をしてからとういうもの、その自負が揺らいでいる。
俺が弱いのか、彼女が強すぎるのか。
それが問題だ。
そんな何の役にも立たないことを考えている間に、一匹、また一匹とドラゴンを斃す。
ふと、この感情をどこかで感じたことがあるなと、自分の記憶を掘り返す。
しばらく考えている間に、相方はドラゴン全てを斃してしまった。
彼女がこちらに手を振るのが見えた。
そこで、ああ、と思い出す。
かつて初めてドラゴンを見た時、奴は俺を見ても何の警戒心も抱かなかった。
敵と見做されてなかったのだ。
吹けば飛ぶ埃のようなものだと……
そして自分もドラゴンとの圧倒的な差を感じ、打ちのめされたあの感覚。
そうだ、この感情の名は――
『不条理』。
ダンジョンに置き去りにされた
今冒険者の間で、気に入らない奴をダンジョンに置き去りにするのが流行っていた。
他人事だと思っていたから、自分がそうなるだなんて微塵も思わなかった。
顔見知りの冒険者が、置き去りにされて泣きながらダンジョンから出てきたのを見たことがある。
その様子を見て大笑いしたものだが、でもこうして置き去りにされて分かった事がある。
ものすごく泣きたい。
ダンジョンの中で一人ってこんなに心細いんだなんて知らなかった。
ランタンすら持っていかれ、光源になるようなものは一つもない。
ダンジョンの壁がほのかに光っているから、進むことが出来る。
これが完全な闇だと思うとぞっとする。
それにしても理解できないのは、元パーティの奴らだ。
置き去りに関して有名な話がある。
というのも、『置き去りにされた奴は意外と帰ってくる』、『置き去りにしたした奴は全滅か著しく弱体化する』というもの。
学者肌のやつが徹底的に調べて、見つけ出した法則らしい。
調べた奴が推測では、置き去りにされた場合は生き残るため、慎重に安全に行動するようになり、結果生存するのだそうだ。
逆に追放側は気が大きくなって油断し、不相応な相手に挑んだり、格下になめてかかると言うのだ。
そりゃマイナス(だと思っている)が抜けるんだから、プラスになったと勘違いするのだろう。
結果、追放側は9割全滅、された側は9割生存。
あいつらが知らないはずが無いのだが、きっと自分たちは例外だと思ったのだろう。
そう思った事に関しては俺も非難しない。
俺だって置いて行かれるとは思わなかったから……
ただし、置いて行ったことと話は別だ。
生きて帰れたら、ぶん殴ってやる。
現実逃避にそんな事を考えながら、記憶を頼りに出口に向かう。
時折、遠くでなにかが潰される音を聞こえる。
正体不明の音に怯えながら、警戒して道を進んでいく。
この道で合っているのかという不安に押し潰されそうになる。
しばらく進むと、冒険者の死体があった。
元パーティの死体が。
オーク数匹と相打ちになったようだ。
このメンバーなら、間違っても負けるわけないのだが、気が大きくなって油断したのだろう
ダンジョン最大の敵が油断だって知っているだろうに。
恨みがあるので供養はしないが、憐れんでやる。
ともかく、こいつらの荷物を漁れば、地図と明かりが手に入る。
これで地上に帰れる。
ダンジョンはもうコリゴリだ。
「そこに誰かいますか?」
突然後ろから女性から声をかけられた。
驚いて後ろを振り向くと、妖精の様に可憐な少女が立っていた。
この場に不釣り合いなほど、かわいらしい少女。
そのあまりの可憐さに目を奪われる
俺はこの少女の事を知っている。
聖女クレアだ。
愛と平和を輪を広げるために活動していると聞いたことがある。
だが、彼女がこんな場所にいるはずがない。
なぜならここは高難易度ダンジョンであり、彼女のような非力な女性が来れるような場所ではないのだ。
見れば手には血まみれのメイスが握られている。
やはり敵か……
俺は聖女?から目を離さないよう、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。
すると案の定、彼女の後ろから悪魔が歩いてきた。
グレーターデーモンだ。
高ランクの冒険者でも数人がかりでかからないと勝てない、とんでもない強て――
「ラブ&ピース」
聖女?は謎の掛け声とともに近づいたグレーターデーモンを殴り飛ばす。
いや、その表現は正しくない。
なぜなら、グシャっという音と共に悪魔の体が潰されたからだ。
一撃で。
「は?」
目の前の光景に呆然となる。
なにが起こったか分からなかった。
おそらくあの悪魔も、自分の身に何が起こったか気づいていまい。
仮にあの聖女が本物だとしても、一撃で倒すなんてありえない。
そうか!
あのメイスが特別製で――いや、持っているのは市販の安いメイスだ。
俺も駈け出しの時、使った事がある。
「大丈夫ですか?」
彼女は俺を気遣いながら、近づいてくる。
俺は目の前に訳の分からない存在に恐怖し、後ずさりする。
と、後ろの壁にぶつかり、後ずさりできなくなる。
逃げられない。
腰が抜けてしりもちをついてしまう。
「安心してください。悪魔は去りました。危険なことはありません」
彼女は、きわめて穏やかな表情で、俺に手を差し伸べてくる。
それを見た瞬間、俺は叫び声を上げて――
👿 👿 👿
「ああ、そんなこともありましたね」
俺は聖女クレアと一緒にダンジョンに潜っていた。
隣を歩く聖女クレアは感慨深げに話す。
結局、あの後彼女に連れられ、ダンジョンを脱出した。
泣きながら。
友よ、あの時笑ってスマンかった。
泣くほど怖かった。
コイツが。
「あの時のお前、マジで怖かった」
「おかしいですね。安心させれるように穏やかな表情をしたのですが。
ほかの方もものすごく怯えるのですよ。
なぜでしょう?」
「それは……もういいや。多分、分かってもらえない」
俺はため息をこぼす。
「ふふ。それにしてもあの時の貴方、とても可愛かったですよ」
「あのエピソードで俺がかわいい要素あるか?」
「はい、ありますよ」
クレアはイタズラっぽい笑みを浮かべて、俺を見る。
「ダンジョンから連れ帰るとき、恐怖のせいなのでしょうか、幼児退行してまして」
「え?ちょっと待って」
それ記憶にないんだけど。
「あまりにも泣くので慰めたのですが、その時あなたは『分かった。僕、泣か――」
「あーーーーー」
大声を出してクレアの言葉を中断する。
これ以上はマズイ。
俺のなけなしの尊厳が吹き飛んでしまう。
「『僕、泣かない――」
「いうなーー」
俺の反応を気に入ったクレアは何度も続きを言おうとして、俺が大声を出して止める。
俺の慌てっぷりを見て、クレアはう楽しそうに笑っていた。
こうして二人で大声を出して騒いだにもかかわらず、モンスターは一切近づく気配がなかった。
クレアが怖かったのか、俺に同情したのか。
どちらにせよ、早く来てくれ。
一緒にこの怪物を倒そう。
俺の心とこのダンジョンに平穏をもたらすために。
<読まなくていい前回のあらすじ>
百合子と沙都子は百合子は、大金持ちの沙都子の家に行くほど仲がいい。
今日も今日とて百合子は沙都子の家に遊びに行く。
先日、百合子は沙都子の家の物を壊してしまい、百合子の金で肉を奢ることになる。
初めて食べる『人の金で食べる肉』にご満悦の沙都子。
それ以来、百合子は物を壊す度に焼き肉を奢らせられることになった。
だが、食べすぎからか沙都子は少しずつふくよかになってき……
<本文>
今日も私は沙都子の家に遊びに来ていた。
だが遊びに来るたびに感じる違和感。
私はついにその疑問を晴らすことにした。
「ねえ、沙都子少しいいかな」
「何?」
沙都子は気だるそうに私のほうに振り向く。
「沙都子、太った?」
「太ってないわ」
沙都子は即座に反論する。
「ほんとに?」
私が聞き返すと、沙都子は目をそらす。
「ほらやっぱり」
「太ってないってば」
「事実を認めるんだ。現実を認めることを怖がっても、何も改善しない」
「うるさいわね。そういうあなたは、なぜ太らないの?
私と同じくらい――いいえ、それ以上に食べてるくせに」
「そりゃ、入ってくるのが多くても使う分も多いからね」
「そういえば、運動部を掛け持ちしてるって言ってたわね……」
「沙都子も運動部入ればいいのに」
「嫌よ、運動嫌い」
沙都子は子供の様に駄々をこねる。
「でもさ、痩せるんなら、焼き肉を控えるか運動するか、もしくは両方だよ」
「嫌よ」
「ていうか、焼き肉の度にあんな馬鹿食いしなくても」
「だって、食べ放題よ。少なく食べても多く食べても同じ料金。食べなきゃ損よ」
「沙都子、いつからそんな貧乏性に」
「仕方ないじゃない。おいしいもの!」
「うーん」
どうしたものか。
ここで諦めると言う選択肢はない。
『大切な友人のため』というのもあるのだが、すでに太りすぎなのだ。
少し太いくらいならいじって楽しむんだけど、沙都子はすでにそのラインを越えていた。
なので、これ以上太って気まずい雰囲気になる前に何とかしなくては!
だけどうまい方法が思い付かない
うーむ。
沙都子はゲーム好きなので、なんとかゲームに絡めて……
はっ。
「沙都子、こうしよう。ゲームでやせる。どう?」
「どうって、そんなゲームあるわけ……」
「あるんだなあ、これが!」
私は沙都子の部屋のゲーム棚を漁る。
沙都子はゲームにはまった時、色々なゲームを買い占めた。
そしてゲーマーのサガで、たとえプレイしなくても面白そうなゲームなら買ってしまうという習性がある。
その買ってからプレイしていないゲームの中に『アレ』があるはずなのだ。
私は棚の隅々まで探して――あった。
「これ、このゲームしよう」
「これは……」
あの任〇堂が送り出したエクササイズのゲームだ。
「エクササイズっていう珍しいジャンルだけど、ストーリーは王道ファンタジー。
沙都子、絶対気に入るよ」
沙都子をゲーム沼に落とした私が言うんだから間違いない。
「でも、私、体を動かすのは……」
「沙都子」
「!」
私は沙都子の目をまっすぐ見る。
「沙都子は新しく始める事に、怖がりなの私知ってる。でもさ、ここで変わらないと、ずっとこのままだよ」
「百合子……でも、私は……」
「『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』」
「?」
沙都子が顔にハテナマークを浮かべていた。
もしかして、知らない感じ?
仕方ない、こんど漫画沼にも落とすか……
「ともかく、これで運動すれば痩せるから」
「まあ百合子のほうがゲーム詳しいものね。やってみるわ」
そういった沙都子は、執事のセバスチャンを呼んで、なにやら話し合っていた。
多分、何かの専門家を雇うのだろう。
なんにせよ、沙都子がやる気になったのだ。
これ以上沙都子は太ることは無いだろう。
それから百合子は専門のトレーナーを付け、専門家のアドバイスの下エクササイズゲームに勤しんだ。
そして一か月後。
もともと限度というものを知らない沙都子は、限界までエクササイズを行った。
その結果、百合子はどこに出しても恥ずかしくない立派なマッチョに――はならず、前の体形と同じだが前より健康的な沙都子がいた。
「マッチョにならんか。残念」
「ならないわよ。トレーナーにもそこはちゃんと言ったんだからね」
「くっ。マッチョになったらいじり倒せたのになあ」
「それは残念だったわね。まあ、それはともかく――」
沙都子は横にある花瓶――だったものに目をやる。
「今日も焼き肉食べに行くわよ。もちろん、あなたの奢りね」
<読まなくていい前回のあらすじ>
百合子は、大金持ちの沙都子の家に行くほど仲がいい。
この日も百合子は家に遊びに行くのだが、ショーケースに入った宝石をうっかり壊してしまう。
慌てて証拠隠滅を図るも、沙都子にあっけなく見つかり、百合子は絶望する。
だが沙都子は、「これは百合子を釣る罠。宝石はイミテーション」とネタ晴らし。
安心する百合子だったが、沙都子から壊したイミテーションの弁償を要求されるのであった。
<本文>
高そうな車から降りて、辺りを見渡す。
降り立った場所は料理店が立ち並ぶ何の変哲もないグルメ通り。
だが他と違うことを、私は知っている。
この前、この通りの特集をテレビでやっているのを見たのだ。
この通りは星付きの料理店が立ち並んでおり、グルメ好きには有名な通りなのだ。
あの店も星付き、その向こう側も星付き、目に入る店、みーんな星付きで、星が溢れかえっている。
どの店も予約が半年先まで埋まっているほど大人気。
そしてお値段も味相応のお高いもの。
弁償するよりましと、ご飯を奢ることを提案したものの、これは予想外――いや本当は予想できたはずなのだ。
だって沙都子はお嬢様。
普通の庶民が来るような店には来るわけが無い。
弁償額を聞いたとき、冷静さを失ったのが悪かったのだろう。
なんやねん10万って。
いたずらに使う金額じゃねーぞ。
「あのさ、もう今日は帰らない?」
私は目の前の光景にしり込みしていた。
今回の件は自分が前面的に悪いので、下手に出つつ沙都子の様子をうかがう。
「あら、珍しくしおらしいわね。いつもそうだったらモテるわよ」
「モテないみたいに言うな!じゃなくて、これ無理。私の今月のお小遣いどころか一年分あっても足りません」
一品だけならなんとかなるかもしれないけど、それ以上は無理。
沙都子は少食だけど、こういう料理って『量より質』ってやつなので、一品だけではすむまい。
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんとあなたの持ってるお金の事を考えているわ」
え、マジで。
沙都子、もしかして天使?
「あそこよ」
沙都子が指を差したのは、通りを少し外れたところにある焼き肉チェーン店。
星付きではないが、安くてうまい店である。
私も行ったことがある庶民の味方である。
「あー、助かるっちゃ助かるけど。なんであの店?」
「一度やってみたかったのよ、『人の金で焼き肉を食べる』というのをね。こればっかりはお金積んでも食べられるものじゃないわ」
なんだが急に庶民じみてきたお嬢様である。
「……別にいいけど、気持ちは分かるけど」
妙に張り切る沙都子。
そんなに他人の不幸が嬉しいか?
「一つ聞くけどさ。なんでこの通りのここの店なの?沙都子の家からなら、もっと近い店あったよね。チェーン店だし」
なんなら車の中から見た記憶もある。
「それは、星付きの店を見て、あなたが絶望する顔を見たかったからよ」
こ、こいつ悪魔か。
さすがに一言文句を言おうとしたが、沙都子は我先にと焼き肉屋に入っていく。
あらかじめ予約をしていたのか、店員に促されるまま席に案内される。
席に座って渡されたのは、食べ放題用のメニュー。
私の懐事情に配慮したというのは嘘ではないらしい。
「さーて、食べまくりますわよ」
沙都子は今まで見たことがないくらいテンションを高くして肉を注文する。
そして運ばれてくる肉の皿。
これ食べきれるのか?
さすがにストップをかけようと、沙都子の方を見て――そして言うのをやめた。
沙都子の顔が期待でとんでもなく輝いていた。
特に目が輝いていて、目の中に星が溢れていた。
その様子を見て私は覚悟を決める。
いいだろう。
ここまで来たら付き合ってやるのも悪くない。
馬鹿みたいに食べるのも、焼き肉の醍醐味の一つだ。
どんどん焼いて、焼いた側から食べていく。
そして案の定食べすぎ吐きそうになりながらも、車に乗って家に帰るのだった。
後日談。
そして、沙都子は『人の金で食べる焼き肉』がたいそう気に入ったのか、私が何か物を壊す度に肉を奢らされることになった。
減っていくお小遣いもそうだが、少しずつ横に大きくなる沙都子をどう扱ったらいいいのか。
私の悩みは尽きないのだった。
<読まなくてもいい何話も前の前回のあらすじ>
百合子は大金持ちの沙都子と友人同士である。
高い頻度で百合子の内に遊びに行くほど仲がいい。
だが沙都子からは家に来てほしくないと思われている。
というのも百合子は家の物をよく壊し、一年前も一億円以上の雛人形を壊しているからだ。
そんな沙都子の想いを知りながらも、それを無視して家に遊びに来る百合子。
嫌がりつつも百合子を受け入れ、なんだかんだ仲良く遊ぶ二人だったが……
<本文>
いつものように沙都子の部屋で、だべりながらゲームをしていたいつも通りの日常。
対戦ゲームで沙都子に連敗を喫し、巻き返すために気合を入れようとした時の事である。
無限に差し出されるジュースを飲み過ぎたのか、無性にトイレに行きたくなった。
「沙都子、ちょっとタイム」
「どうしたの、百合子。降参かしら?」
「違う。ちょっとトイレ行ってくるわ」
「トイレの場所分かる?」
「大丈夫、何回も行ったから覚えてる」
「いってらっしゃい」
そういうと、沙都子は携帯ゲーム機を脇に置き、本を読み始めた。
その姿はまさに真相の令嬢。
いつも私に対してきつく当たる沙都子だが、こういうのをみるとやっぱりお嬢様なんだなと思う。
「どうしたの?」
見つめ過ぎたのか、沙都子が不思議そうにこちらを見る。
「あー、なんでもない」
私は深く追及されないよう、さっさと部屋を出る。
さすがに『沙都子が綺麗だった』なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
部屋を出て右に進み、トイレの方にまっすぐ向かう。
沙都子の家は、お金持ちだけあってかなり大きいので、住人でなければ簡単に迷子になるだろう。
だが私は沙都子の家に何度も来ているので迷うことは無い。
勝手知ったる他人の家である。
トイレへの道を迷うことなくまっすぐ進んでいくと、見慣れないものが目に入った。
近づいてみてみると、それは宝石が飾ってあるショーケースだった。
昨日はなかったと思うので、新しく置かれたものなのだろう。
それにしても家の中とはいえ、とくに警備の人間もいない。
不用心ではないだろうか?
とは言え、ここにこうして飾っているのだから見ていい物だろう。
宝石の名前は『安らかな瞳』。
ネームプレートにそう書かれている。
ショーケースの中でキラキラ光るその宝石は非常に美しい。
ずっと見ていられる。
普段ふざけてばかりいる私だが、宝石は大好きなのだ。
そしてふと思った。
正直、魔がさしたとしか言えなかった。
誰も見ていないし、一度くらい触ってもいいんじゃないかと。
そしてもとに戻せばバレないだろう、と。
周囲を確認してから、透明なショーケースを持ち上げる。
アニメの様に警報音が鳴ることもないことに安心する。
そして宝石を手に取り、触り心地を堪能する。
ふーむ、これが宝石と言うのもか。
なんか特別触り心地がいいかもとも思ったが、別にそんなこともなく、普通のイミテーションとの違いもよく分からん。
ちょっと期待外れだなと思いつつ、宝石を戻そうとして手が滑った。
「あ」
という間に、宝石は地面に落下、粉々に砕けちった。
「……」
今までの人生を走馬灯のように思い出しながら、ある一つの結論を導き出す。
「よし、見なかったことにしよう」
ショーケースを元あった場所に戻し、証拠隠滅を図る。
宝石以外は元通りに戻し、何も起こっていない風に見せかける。
最初から宝石なんて無かったし、私も宝石を触ったりなんかしてない。
あとは何事もなかったかのようにトイレに行き、沙都子のいる部屋に戻ってミッションコンプリートだ。
「あら、百合子。そんなの所で何しているの?」
驚いて振り向くと、離れたところで沙都子と執事のセバスチャンが立っていた。
馬鹿な、部屋にいるはずでは!?
「ななななんとなく。そそそそそっちこそ、なんで」
「私もお花を摘みに来たのよ」
なんてタイミングの悪い。
なんとか誤魔化さないと怒られ――
「あ」
気づけば沙都子は私の隣に立って、ショーケースを覗いていた。
終わった。
なんとか許してもらえるよう言い訳を、いやすぐばれるから謝罪して――
「やっぱり引っ掛かったわね、あなた」
「へ?」
沙都子の予想外の一言に頭が真っ白になる。
「セバスチャン、私の勝ちね」
「自信があったのですが……」
なにやら場違いな会話が聞こえる。
「これ、偽物。イミテーションよ」
「いみてーしょん?」
沙都子の言った言葉を反芻するように繰り返す。
「私セバスチャンと賭けをしたのよ。ここに宝石を置いていれば間違いなく壊すって」
「まさか、本当に手を出されるとは……百合子様の事は、沙都子様のほうがご存じのようですね」
「当然よ。伊達に長い付き合いではないわ。百合子は物を壊す天才なのよ」
目の前で沙都子が誇らしげに胸を張っていた。
めちゃくちゃ言われているが、自分が悪いので言い返すことができない。
それにしても、沙都子も意外とイタズラ好きなんだなと、場違いな事を考える。
こんなイタズラを仕掛けるとは……
お嬢様ではなく、年頃の女の子のような沙都子の一面を見て、なんとなく嬉しく思う私なのであった。
「そうそう、そのイミテーションは弁償してね。安心して、安物だから」
「ウス」
さらば、今月のお小遣い