みんな元気かー?
みんなのアイドル、世直し系ユーチューバーTADASHIです。
さっそくファンからのコメントが――っておい、迷惑系じゃなくて世直し系だと言ってるだろ。
何回言ったらわかるんだ!
では気を取り直して。
今日、俺はとある人から世直しを依頼され、列車に乗ってとある駅にいます。
みんな分かりますかね?
分かんないかな?
正解者がいないので答えを言いますね。
ここはあの伝説の『きさらぎ』駅です。
はい、証拠の駅名の看板ね。
見える?
ちゃんと『きさらぎ』って書いてるでしょ。
この駅はみんなも知っての通り、たくさんの人を招き入れて、閉じ込めているという、悪ーい駅なんです。
そこで俺に懲らしめて欲しいって依頼が来たわけ。
おっとコメントがたくさん来てますね。
『危ない』、『帰れなくなるぞ』、『無理しないように』みんな心配してくれてありがとう。
でも大丈夫、依頼者から注意事項とか、対策とかばっちり聞いているんで、何が来ても問題ないぜ。
『どうやって行ったの?』それは秘密。
誰かが真似したら大変だからな。
何よりもファンの安全が第一だからさ。
『いつから迷惑系から怪談系に転向したの?』っておい!
よ・な・お・し。
二度と迷惑系と間違えるんじゃねえ。
まったくアンチはコレだから……
アンチに構って目的が果たせなくなるのも本末転倒なので、次行きます。
ます最初にするのは、駅員に天誅を下すこと。
ここで働いている時点で悪人確定なので、罰を与えないとな。
改札口は――あそこだな。
よっしゃ、悪の駅員め、俺の必殺剣をくらえ!
いざ、天ちゅ――
あれ?誰もいないじゃん。
というか使われている形跡がない。
ここ無人駅じゃん!
『きさらぎ駅はもともと無人駅』だって?
いや、依頼人から駅員がいるって聞いてたんだよ。
駅の外も聞いてた話と違うし、全然話が違うじゃんかよ……
それに依頼人もここで待ってるって言ってたのにさ。
どこにもいねぇじゃんか。
騙しやがったか。
はあ、なんか白けたな。
いったん帰るわ。
『ビビった?』、いやビビってねえよ。
嘘つきやろうの思い通りが気に食わないだけ!
まあ世直しやってれば、こういう事もあるわな。
じゃあグダグダだけど、配信終わりまーす。
……ちょっとも待ってくれ。
まだ見てる奴いる?
よかった、何人かいるな。
ここからどうやって帰るのか、だれか知らない?
依頼人のやつが、帰る方法は会ったときに教えるって言ってて、俺知らないんだよね。
『煙を出す』、オッケー。
ライター持ってるから、それで――
あー、燃やすもんないな。
とりあえず、ポケットに入ってたレシート燃やすか。
『お前はそこにいた方が、世のため人のため』、なんだと!?
アンチのやろう、まだいたのか。
『俺が依頼してそこに行くよう仕向けた』だと!
ここ出たらお前の所に行ってやるからな。
覚悟しろ!
ところで煙を出したら、どうすればいいんだ?
『知らない』、いや煙を出したら助かるんだろ。
『調べてもそれ以上の情報が無い』、冗談はよせ。
もっと何かあるだろ。
そろそろスマホのバッテリー切れそうなんだよ。
早く脱出方法を教えてくれ。
『諦めろ』黙れ、アンチ。
俺いやだよ。
こんなところで、ずっとここで暮らすなんて。
だれかたすけt
日曜日の朝、誰もいないリビングで一人パンを食べながらニュースを見る。
いつもは妻と二人で昼食をとるのだが、妻は出張でいない。
そして今日は出張に行ってから、初めての休みの日。
一人きりで過ごす休日なんて何年ぶりだろうか?
数年ぶりの一人の時間なので、何をすればいいのか分からず、とりあえず朝からテレビを見ている。
けれどどうにも落ち着かない。
結婚してからいつも妻と一緒にいるのが当たり前だったので、一人でいるとなんだか悪いことをしているような気分になる。
これが寂しいって事なのだろうか?
テレビを見ていても、何一つ頭に入ってこない。
結局テレビを見ることをやめて、気分転換に散歩に出ることにした。
少しは気が晴れるといいけれど。
玄関を開けて、外に出ると霧が出ていた。
ここは地形的に霧の出やすいところなので、珍しいものではない。
珍しいものではないが、ここのところ毎日霧が出て気味が悪い。
異常気象であろうか?
自分の小さな身で気にしても仕方が無いので、考えないことにする。
霧の中、あてもなく近所を歩いていく。
歩きながら考えるのは妻の事。
本当は一緒に付いて行きたかった。
だけど自分の仕事のこともあるので、それは叶わなかった。
それにしても短い間かから大丈夫だと思っていたが、まさかこんなに心をかき乱されるとは……
妻と話をしたい。
そう思って何かメッセージを送ろうと思ったが、何を送ればいいのか分からない。
しばし熟考した末、この霧を送ればいい事に気が付いた。
スマホを取り出して写真を撮り、妻にメッセージと一緒に送ってみるとすぐに着信が来たので、通話ボタンを押す。
『君が行く 海辺の宿に 霧立たば 我が立ち嘆く 息と知りませ』
妻は開口一番、短歌を詠む。
妻は短歌が好きで、事あるごとに詠んでくるのだが、あいにくこちらは無教養である。
それを知ってか、短歌を送ってきた後は必ず訳文を言う。
『あなたが行く海辺の宿に霧が立てば、それは私の立ちつくして嘆く私の息と知って下さい』
なるほど、吐く息と霧を同じものをみなしたのか。
昔の人はなかなかロマンチックだと感心する。
「じゃあ、この霧は君のため息って事?」
『そう。君がいなくて寂しいの』
妻は普通恥ずかしくて言えないことを平然と言う。
聞いているこっちの顔が赤くなりそうだ。
『でも、こっちに霧が出ない。私の事、もしかして寂しくないの?』
「えっと、俺も寂しいです」
『ふふふ』
電話越しに嬉しそうな声が聞こえる。
『知ってた。君、寂しがり屋だからね』
「お互い様だろ」
そうして妻と取り留めのないことを話す。
彼女の声に安心している自分がいる。
やはり俺は寂しかったのだ。
朝から感じていた憂鬱な気分は消えていた。
妻もそうなのか、彼女のため息だという霧がどんどん晴れていく。
『そろそろ、切るね』
十分くらい話したところで、妻が終わりを切り出す。
電話の終わりを告げるのはいつも妻だ。
「じゃあ、また」
『うん、またね』
電話を切ると、さっきまで満ち足りていた気持ちが消え、急に寂しくなる。
なんとなく昔の人の気持ちが分かる気がする。
遠く離れていても、ずっと繋がっていたい。
いつでも話せる電話があるのにコレだから、昔の人はもっと切ない思いだったのだろう。
俺は昔の人の思いをはせながら、大きな息を吐く。
どうかこの息が、妻のいる遠くの街へ届きますように。
最近の頭皮は軟弱で困る。
俺は風呂の排水溝にたまった髪の毛を見てそう思う。
せっかく育毛剤入りのシャンプーを買ってやったと言うのに何たるざまだ。
それだけじゃ頑張れないというから、マッサージも毎日やっているというのに……
ネットでも調べ、ありとあらゆる育毛法を試したが、全く効果が出ない。
二次元のキャラクター頭を見ろ。
例外を除いて誰もがフサフサだ。
中にはドンドン髪が伸びるやつもいる。
それに比べて、現実の頭皮はすぐ音を上げる。
お前にもああなれとは言わないから、百分の一でも真似できないのか……
くそっ、分かってる。
これが現実逃避だということに。
二次元は二次元。
『こうなったらいいなという想像』であって、『こうなれる現実』じゃない。
鏡には自分の薄い頭が映っている。
現実と理想の差に絶望し、大きなため息をついた、まさにその時だった。
「困っているようじゃな」
「誰だ!」
一人しかいないはずの浴室から、別人の声がする。
声のしたほうを見れば、頭には潤いに満ちあふれた髪を持った老人が立っていた。
あきらかに高齢にも関わらず、髪には天使の輪が光っている。
「我は髪の神。髪に困っている者たちを助けるのが使命じゃ」
なんだって。髪は、じゃなかった神は自分を見捨てていなかったらしい。
「お願いします。髪をフサフサにしてください」
「叶えてしんぜよう」
髪の神の持っている杖が光り輝くと、自分の頭が急に重くなる。
一瞬恐怖に駆られるが、すぐに安堵に変わる。
目の前の鏡を見れば、自分の頭がフサフサになっていたからだ。
これならハゲと馬鹿にされることは無い。
「これでどうじゃ?」
髪の神が笑いながら、
「ありがとうございます」
心の底からの礼を述べる。
「ほっほっほ。わしは切っ掛けを与えただけじゃ。未来もそうなのかはお前さん次第じゃ」
「分かっています」
「では髪を大切にな」
そう言って髪の神は去っていった。
そしてウキウキしながらもう一度鏡を見れば、そこには豊かな髪の毛が無かった。
そう無かった。
そうさ、現実逃避だよ。
神様なんて存在なんかしない。
こんなの風呂に入る度にする妄想さ。
俺は憂鬱な気分のまま、浴室をでる。
脱衣所で体を拭いていると、目に入るのは洗面台の横の棚に並べられたコレクション。
「今日は冒険して、赤のやつにしよう」
そして赤色のウイッグを手に取りって頭にかぶり、洗面台の鏡でポーズをとる。
「悪くねえな」
初めて気づいたが、俺は赤い髪の色が似合うらしい。
俺は満足してから脱衣所を出る。
現実逃避で始めたウイッグのコレクション。
始めは現実逃避で始めたものだが、今ではその日の気分でかぶって楽しんでいる。
もはや趣味の領域を超えて生きがいですらある。
友人には最初こそ驚かれたが、今では「髪切った?」くらいの気軽さでいじられる。
まさかハゲの事を前向きにとらえられることができる日が来ようとは!
まさに人生塞翁が馬。
ハゲも案外悪くない。
今日は友人の香織と二人で、執事喫茶に来ていた。
香織が演劇部の劇で、『お嬢様の役をやることになったが、うまく演じれない』と相談を受けたのだ。
そこで私はお嬢様の練習にちょうどいいと思い、行きつけの執事喫茶に連れてきた。
ここでお嬢様として振舞うことで、役への理解を深めてもらおうという算段だ。
扉を開けると涼し気な鈴の声が鳴り響き、店員もといイケメンの執事がやってきた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。こちらです」
執事の案内でテーブル席に座る。
「ありがとう。いつものやつ、二人分よろしく」
「かしこまりました」
そう言うと、執事は恭《うやうや》しく礼をして去っていく。
ちなみに『いつもの』と言っても、私がいつも注文する料理が運ばれてくるわけではない。
『いつもの』と言うのは符牒であり、オシャレな日替わり定食が出てくるだけだ。
ようはただの雰囲気作りである。
私たちのやり取りをみて、香織がうっとりしながらため息をつく。
「紗良ちゃん、堂々としているね。本当にお嬢様みたい」
「あら香織さん、何を言ってますの?
ここではあなたもお嬢様よ。お嬢様らしく振舞いなさい」
「無理だよ。恥ずかしいもん」
香りが弱気になっている。
無理もない、誰だって初めては緊張する。
ここはひとつ、先輩お嬢様として後進の育成をするとしよう。
「しかたありませんね。私が力を貸しましょう」
「紗良ちゃん、ありがとう」
「感謝はいりませんわ。これもノブレス・オブリージュですから」
「のぶれ……何?」
「ノブレス・オブリージュ。簡単に言えば貴族の義務というものですわ」
「へー」
香織は分かったのか分かってないのか、よく分からない顔でうなずく。
「では香織さん、これを見なさい」
「……紗良ちゃん。これはいくら何でも……」
私が取り出したのは、紐を括り付けた五円玉、すなわち五秒で作れる簡単催眠術道具である。
ここに来ることが決まったとき、香織が絶対にぐずると思ったので用意したのだ。
プロがやるならともかく、素人のやる物である
効果があるわけがないし、あっては困る。
だが私の狙いはそこではない。
「勘違いなさらないで。私が催眠術をかけるのではないの。
あなたが催眠術にかかるの」
「それはどういう……」
「始めるわ」
私は香織の顔の前に五円玉を垂らし、ゆっくりと揺らす。
「君は今、お嬢様よ。お嬢様らしく振舞いなさい」
「私はお嬢様。お嬢様らしく振舞う」
「もう一度、君は今、お嬢様よ――」
そのようなやり取りを繰り返す。
次第に香織の顔つきが変わる。
私の催眠術をかかったわけじゃない。
香織が自分に自己暗示をかけているのだ。
香織も部活とはいえ役者の卵。
役に入るのはお手の物だろう。
そろそろいいだろうと五円玉を下ろす。
「どうかしら、香織さん。気分はいかが?」
「すみません、紗良さん。少しだけ気分が楽になりましたわ」
さすが香織、もう役になり切っている。
ここからは台本は無いアドリブになるが、問題ないだろう。
習うより慣れろだ。
「フフフ、香織さんの催眠術、お上手なのね。私も教えてもらおうかしら」
「あら、誰を催眠術にかけるのかしら。そう言えば前のお茶会で、クラスメイトの野田くんが素敵と――」
「ちょっと待って、紗良ちゃん。それは反則!」
「だめですよ、香織さん。お嬢様たるものこの程度で取り乱しては……」
そんなやり取りをしていると、執事がお盆にサンドイッチを乗せてやってくる。
『いつもの』が来たらしい。
「お嬢様、どうぞ」
執事がテーブルの上に優雅にサンドイッチを置いていく様子に見とれてしまう。
いつ見ても綺麗なものだ。
これを見るためにここにきていると言ってもいい。
この人、私の専属になってくれないかなあ。
「では何かありましたらお呼びください」
そう言って執事は去っていた。
目の前に置かれたサンドイッチを食べようとすると、香織がこちらを見ていることに気が付いた。
「何かありましたか?香織さん」
「不躾でしたね。ごめんなさい、紗良さん。
少し気になったことがありまして……」
「気になったこと?」
さっきのやり取りで何か変なところでもあっただろうか?
「ええ、紗良さん。もしかして、先程の執事の事が――」
「ストーーーーップ」
「ダメですよ。香織さん。取り乱してはほかの方に迷惑になりますから」
どうやらさっきの仕返しのつもりらしい。
この話を深堀されたらヤバい。
話を変えよう。
「フフ、フフフ。あああの、香織さん。話を変えません事?」
「そうですね。では、ここが行きつけの理由を詳しく教えてもらってもよろしくて?」
「ノーコメント」
お嬢様を始めてまだ五分程度しか経っていないというのに、私を手玉に取るほどの余裕があるとは。
香織の中にとんでもないお嬢様のポテンシャルを感じる。
その後も香織から散々いじられ、私はお嬢様として無様な姿をさらすことになった。
それはともかく、今回の執事喫茶の経験が生きたらしく、劇では香織演じるお嬢様は大変評判がよかった。
そして香織はよほど気に入ったのか、その後もよく私を誘って執事喫茶に訪れた。
そのたびに香織は私をからかい、執事喫茶で私が積み上げてきたクールなイメージが崩れ去ることになったのだった。
このドSお嬢様め。
いつか見返してやるからな。
私のお嬢様道はまだ始まったばかりだ。
俺は五条英雄
私立探偵をやってる。
といっても漫画によくあるような『殺人事件の犯人を言い当てる』なんてことはしない。
もちろん『やれ』と言われれば出来る自信はあるが、この平和な日本では出番が無いらしい。
複雑な気持ちだが、ここは素直に日本が平和であることを喜ぼうじゃないか。
では探偵はどんなことをしているかと言うと、浮気調査やペットの捜索、あとは草刈りなど。
いわゆるなんでも屋ってやつだ。
そして今日の仕事はペット探し。
近所の子供が飼っている猫が脱走したらしい。
もちろん子供とはいえ、依頼料はしっかりもらってる。
もらわないと、明日食べるものが無い。
ちなみにこの猫、俺の知る限り脱走を十回以上している。
なかなかにガッツのある猫で、出来るならスカウトしたいと思っている。
だがウチには既に手のかかる大きい猫がいる。
残念ながらそいつの世話で手一杯さ。
おっとお喋りが過ぎたな。
そろそろ仕事に行くとしよう。
事務所から外を見ると、空はあいにくの曇りだった。
こちらまで気がめいっていまいそうなほど、物憂げな空だった。
こういうのは良くない。
空模様と仕事は関係が無いが、空につられてこちらも塞ぎ込んでしまっては、成功する仕事も失敗してしまう。
こういう時はコーヒーを飲むに限る。
舌が火傷しそうなほど、熱いコーヒーがいい。
気づけば助手が横に立っているではないか。
彼女に淹れてもらうことにしよう
「君、コーヒーを入れてくれたまえ。熱い奴だ」
俺は助手に完結明瞭に指示するが、助手は動こうとはしなかった。
それどころか呆れたような顔をしている。
「あの、先生。コーヒー飲んでないで、早く仕事行きましょう。そして依頼料もらって給料下さい」
「君は俺の助手になって何年目だ?こういうのは雰囲気から入るものだ」
「アンニュイな雰囲気を出すのが?」
「アンニュイじゃない。ハードボイルド!」
「はいはい、分かりましたから。今晩、固ゆで玉子作ってあげますから。さあ行きますよ」
「何も分かってない。いいか、今日と言う今日は――」
「ほら猫を待ち伏せするときに聞きますから、先に行きますね」
そう言って助手は事務所を飛び出していく。
まったく、まるで猫みたいなやつだ。
あいつは、いつの間にかやって来て、当たり前のように居付いた。
しかも毎日事務所に来るわけではなく、猫の様に気が向いたときだけ。
役に立たないから金を食うだけなのだが、俺のハードボイルドの話をよく聞いてくれるから、追い出せずにいる。
いつ話しても面白そうに聞いてくれる助手は、いつしか俺の理想とするハードボイルドな探偵像の助手になってもらうのも悪くないと思い始めた。
金は大事だが、金より大事なことはあるのだ。
そして本日、捕まえた猫を抱えながらハードボイルドについて語ると、ようやく理解しもらえたことは喜ばしいことである。
これからのハードボイルド人生に潤いが出る事であろう。
ハードボイルドな探偵には、ハードボイルドな助手が必要だ。
これからもハードボイルドに磨きをかけていきたいものである。
と思っていたら、夕飯は本当に固ゆで玉子が出た。
やっぱり分かってなかった。
俺の理想のハードボイルドはまだ遠いようだった。