ここは『同情道場』。
他人の気持ちを推し量るための訓練を行うところ。
そして俺はこの『同情道場』の師範として働いている。
もちろん仕事は、門下生の『他人の気持ちを推し量る能力』を引き上げることである。
政府が『他人の気持ちが分からない人が増えている』と言って、こういった道場を建てることを推進した。
ネーミングセンスこそ酷いが、そこそこニーズはあったりする。
というのもここに来るのは大半が子供で、『この子は他人の気持ちも考えずにひどい事ばかり言う』と言って親に連れてこられる
だが俺に言わせれば、それも仕方のない事。
いわゆる思春期と言うやつで、他人の気持ちが分かりすぎて処理しきれないのが原因だ。
だから、こんなところに来ずにしっかりと話し合うことが必要だと思っている。
だが俺には口が裂けても言えない。
俺だって生活が懸かっている。
子供は気づいているが、親は気づく気配がない。
逆に親のほうが、ここで訓練に励むべきではないのか。
絶対認めないだろうけど。
そう言った経緯があるので、門下生もそこまで真面目に訓練しているわけではない。
俺の方も特に何も言っていない。
する必要のない訓練を無理矢理させられている子供たちに同情しているからである。
門下生も親がいない所でノビノビして、俺も金がもらえる。
Win-Winの関係である。
だがそんな中でも数人だが真面目に訓練に取り組む子供がいる。
気になるあの子の気持ちが知りたいというヤツだ。
そんなに便利なものではないけれど、やる気がある事自体はいい事なので黙っている。
他がスマホを触っている中で、真面目に訓練しているのは二人。
一人は男の子で、もう一人は女の子、幼馴染と言うやつだ。
この子たちに関しては、男のほうにだけは訓練が必要だと思っている。
この男の子はほかに漏れず親に連れてこられたクチだ。
もう一人の女の子の方は、男の子がこの道場にきたと聞いてやってきた珍しい子供である。
言わなくても分かると思うが、女の子の片思いと言うやつだ。
けっこうハッキリとしたアピールをしているのだが、男の子のほうは気づかない。
お前はいつの時代の鈍感系主人公なのか。
好意を寄せられていることに気づかないなんて、もはや悪ですらある。
俺は女の子の気持ちに気づかせるため、男の子の訓練を熱心に行っているが、全く成果がない。
ここまで他人の気持ちに気付けないなんて、師範をやって数年経つが、ここまで鈍いのは初めてだ。
すでに半ば諦めているが、女の子のほうは諦めるつもりは毛頭ないらしい。
この子の気持ちが伝わるのはいつになるのか……
本当に同情するよ。
なんとなく近所を散歩していると、俺の足元でパキッと音がした。
足元を見てみると枯葉を踏みつけたのか、粉々になった落ち葉がある。
道のすぐ隣は山なので、ここから飛んできたのだろう。
落ち葉と言えば秋を連想するけれど、意外とそうでもない。
冬にだって落ちている。
秋の短い期間にきれいさっぱり分解されるわけじゃないので、当たり前と言えば当たり前。
冬になる前に誰かが掃除してなくなるから、そう錯覚してしまうのだろう。
思い込みで気づかなかったことに気づかせてくれるから、散歩は止められない。
その場を離れようとして、ふとあることを思いつく。
そして、周囲を見渡して近くにあった枯葉を踏みつける。
そうして足を退けると、なんと粉々になった枯葉が!
それを見て俺はニヤリと笑う。
自分は落ち葉を、それもカラカラになった枯葉を踏みつけて粉々にするのが好きなのだ。
なんでかと言われても困る。
しいて言えば楽しいから。
誰にも話したことは無いので、他の人間で好きな奴がいるかは知らない。
おや、離れたところにもう一枚。
その葉っぱに近づいて踏みつけようると、目の間で葉っぱ踏みつけられる。
驚いて見上げると、クラスメイトの鈴木が立っていた。
「……よう」
「……よう」
一瞬の沈黙の後、挨拶を交わす。
気まずい。
もともとあんまり話さないのだが、今回は特に気まずく何も言葉が思い浮かばない。
「……えっと、散歩かい」
「ああ、お前もか」
「……うん、それじゃあ」
「ああ」
特に話すこともなく、そのまま別れる。
助かった、気持ちが溢れる。
さすがに落ち葉を踏みつける気にはならなかったので、そのまま帰ることにした。
とはいえあの真面目な鈴木が、枯葉を踏むのが好きだとはな。
結構意外だな。
人は分からないとは、よく言ったものだ。
こんど学校で会ったら話しかけてみよう。
案外話が合うかもしれない。
散歩には新しい気づきがある。
散歩はこれからも止められそうにない。
20XX年、人類はタイムマシンを発明し、ついに時間すら支配下に置いた。
だがタイムマシンが一般人にも使われるようになると、それを使って過去を改変する犯罪――時間犯罪が起きるようになった。
当初は世界警察が対応していたものの、やがて警察では手に負えなくるほどに急増した。
そのはびこる犯罪を解決するため、タイムパトロールが設立された。
そしてこれは世界各所にある支部の一つ、日本支部の一幕である。
🕙
「はあ、やっと終わったよ」
「おつかれー。コーヒー飲む?」
「飲む」
俺の名前は健司、タイムパトロール隊員である。
俺にコーヒーを渡してくるのは同僚の沙耶。
優秀な隊員であり仲間からの信頼も厚い。
だが、少々お喋りなのが玉に瑕。
「仕事終わりのコーヒーは特にうまいんだよな」
「私が淹れたからかな?」
「飲みなれた奴が一番って意味だ」
「お世辞でも『そうだよ』って言えよ」
「やだ」
会話もそこそこにコーヒーを飲む。
やはりいつものコーヒーはウマい。
のどが渇いていたのか、すぐに飲み干しまう。
「お代わり」
「自分で入れな」
「へーい」
立ち上がり、コーヒーメーカーを起動させる。
沙耶は興味深々の顔でこっちを見ていた。
仕事の内容を聞きたいのだろう。
俺がコーヒーを淹れ終わると、沙耶が話しかけてきた。
「今回はどこいてったの?」
「あー戦国時代。織田信長倒して日本の頂点に立つとかなんとか。
俺が到着したときにはボコボコにされてたけど」
「ああ、未来の人間だからって変な自信があるんだよね」
「一度も、時間犯罪は完遂されたことないのにな。
何が楽しいのやら……」
「なんか、自分にとっての理想と少しでも違うと不満らしいよ。
私の時なんて、読んでた漫画の展開が気に入らないからって、時間犯罪起こした奴捕まえたことがある」
「それ、俺が知っている中で一番くだらないわ」
「君のやつも結構くだらないけどね。
でも、もっとひどいのもあるよ」
「まじ?どんなの?」
「それはね――」
『ビービー、時間犯罪発生、時間犯罪発生。
待機している隊員は、速やかに対処せよ』
警報がけたたましく鳴る。
その大音量に俺は、思わずため息を漏らす。
「はあ、またかよ。オレ帰って来たばかりだぜ」
「文句言わないの。
健司の相棒、もう帰っちゃったから私がついて行ってあげる。
喜びなさい」
「へーい」
俺たちはタイムマシンに乗り込む。
沙耶は率先して運転席に乗り込み、慣れた手つきで機器を操作する。
帰って来たばかりの俺を休ませてくれるつもりらしい。
そう言った気遣いができるから、俺もコイツのことを信頼している。
「よし、準備出来たよ」
「こっちも準備OKだ」
「了解!タイムマシン起動!」
沙耶は掛け声と同時に起動ボタンを押す。
タイムマシンが起動しすると、体に浮遊感を感じる。
これ何回やっても慣れないんだよな。
「『今日』とは、しばしのお別れね」
「もう少し一緒にいたかったんだけどな」
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせて帰りましょう
タイムマシン、発進!」
そうしてまだ見ぬ『過去』に飛ぶ。
『今日』よ、さよなら。
だけどすぐ戻ってくるよ。
『今日』コーヒーを飲むために。
今日お気に入りのアニメが完結した。
控えめに言って、よい最終回だったと言ってもよい。
体中が満足感で満たされる。
と同時に一抹の寂しさも覚える。
私はお気に入りのぬいぐるみを抱いて心を落ち着かせる。
好きなアニメだった。
一話目から最終回まで欠かさず見た。
ずっと終わらないでいて欲しいと思っていた。
でも終わりは来てしまった。
『みんなよかったね』とは思うけれど、来週から彼女たちに会うことは出来ない。
そのことが私を不安にさせる。
これを楽しみにして一週間を生きていたのに、これからどうしたらいいんだろう……
嫌なことがあっても、このアニメがあるからと思ったら我慢することが出来た。
でも、もうこのアニメはもう見れない。
お別れなんだ。
アニメが終わってからもボーっとしていると、CMが終わり次回予告が始まった。
おかしい、次なんてないはず。
だって、このアニメは終わって――
え、次は新しいシリーズが始まる?
ひどい!
そんなのやるくらいだったら、もっと続きをやって欲しい!
このアニメ以上のものなんて――
……あれ、なんか面白そう。
ダメダメ、誤魔化されてはいけない。
このアニメより面白いわけがない。
だけど次回予告を見ると少しだけ面白そうとは思う。
仕方がない。
とりあえず来週も見てみよう。
話はそれからだから!
絶対に面白いわけないんだから!
俺はこの学校で、誰よりも背が高い。
まだ小学生高学年だけど、大人の先生たちも高い。
多分制服を着ていなければ、知らない人からは大人と間違う
ちなみに制服は合うサイズは無いのでオーダーメイドである。
さすがに伸びすぎだろうということで、低学年の時に親に医者の所へ連れていかれたことがある。
その時の医者の顔を今でも覚えている。
医者は苦虫噛みつぶした顔で『手遅れです』と言った。
『なぜもっと早く連れてこなかった』と言って親を説教していた。
言い方こそ悪いが、医者の言い分ももっともだ。
だってすでに親の身長の越すぐらい高かった。
『判断が遅い』と叫びたかったくらいだ。
親の言い分は『そのうち縮むと思って』である。
そんな訳あるか。
最終的にこれ以上身長が伸びない薬を処方された。
すでに手遅れだが、これ以上悪くならないようにとのこと。
だがその後も緩やかであるが伸び続け、今に至る。
そんな経緯があってかなり身長が高いので、高いところの物を取ってくれと言われることは多い。
なんで俺だけと思っていた時期もある。
でも最近はそうでも無かったりする。
「ねえ、物を取ってくれない?」
俺にそう言うのは、クラスでマスコット扱いされている美穂ちゃんだ。
彼女は背が低くて、よく頼んでくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺は彼女が好きだ。
彼女と話せるならば、背が高くてよかったと思えるようになった。
そして彼女は俺の悩みを共有できる唯一の知り合いでもある。
彼女はこの学校で誰よりも低い。
もう小学生高学年だけど、新入生の一年生より低い。
多分制服を着ていなければ、知らない人からは幼稚園児と間違う
ちなみに制服は合うサイズは無いのでオーダーメイド――ではなく低学年用のものである。
彼女もさすがに伸びなさすぎだろうということで、一年前に親に医者の所へ連れていかれたと言っていた。
やはりと言うべきか、両親は医者から怒られたらしい。
彼女の両親曰く、『そのうち伸びると思った』だそうだ。
『そんな訳あるか』と彼女は叫んだそうで……
とにかく彼女もまた身長を伸ばす薬をもらい、緩やかではあるが伸びてきているとのこと。
いまでは小学二年生ぐらいか。
そんな彼女は、いつか俺の身長を越してみせると言っている。
きっと無理だと思うけど……
まあ、そんな感じで、境遇は違えど似た者同士と言うことで、意気投合。
よく一緒にいるのでクラスメイトから凸凹夫婦とからかわれている。
俺は悪い気はしないが、美穂ちゃんはどう思っているのだろうか?
だがそれをずっと聞けないまま、時は流れてもうすぐ卒業の季節がやってきた。
俺たちは別の中学に行く。
一生会えないというわけではないけれど、家が遠いので会うのは難しくなる。
ある日、『寂しくなるね』と言い合いながらいつものように話をしていた。
そして多分卒業するまでゆっくり話せる最後の機会。
聞くなら今しかないだろう。
だがどうしても勇気が出ずにためらっていると、彼女は急に神妙な顔をし始めた。
「私、夢があるの」
いきなりそんなことを言い出した。
「夢?」
「うん、小学校を卒業する前に一番背の高い女になりたい」
「無理でしょ」
思った事がそのまま口に出てしまう。
「うるさいわ」
彼女に軽く叩かれる。
「だって身長伸びなかったじゃん」
「それは私も無理だと思っとるわ。
私が言いたいのは、あんたが私を肩車すれば、学校で一番線が高くなるっていること」
「そういうことね」
「分かったならいいわ。じゃ、しゃがんで」
了承してないんだけどな、と思いながらしゃがむ。
まあこれも彼女の魅力の一つか。
「じゃあ、目をつぶって」
「なんで?」
「なんか恥ずかしいから。目をつぶれ」
何が恥ずかしいのだろうか?
よく分からないけど、目をつぶる。
「これでいい?」
「オッケー」
そうして彼女が俺の正面に立つ気配がする。
まさか前から乗る気か?
「なあ、肩車って後ろから――」
乗るもんじゃないのか。
そう言葉を続けようとして、言葉を遮られた。
彼女が俺にキスをしてきたのだ。
俺は気が動転して目を開けようとするが、彼女の小さな手で目線を隠される。
「恥ずかしいから見ちゃダメ」
「でも」
「見ちゃダメ」
そして俺の目線を隠したまま、俺の背中に登るのが分かる。
えっ、やるの?
「肩車するの?」
「恋人の頼みが聞けないと?」
了承してないんだけどな、と思いながらも、別に異議は無いので黙っておく。
「じゃあ、立って」
「分かった」
俺がゆっくり立つと、彼女は『ひょおおお』と小さな叫びを漏らす。
「ふうむ。これが学校一高い女の景色か」
「気に入った?」
「気に入った」
それを最後にお互いの会話が途切れる。
キスした後にその子を肩車した後、どんな会話をすればいいか分からない。
混乱をしていると、またもや彼女が口を開いた。
「恋人は二人で支え合っていくものと聞くから、これからもよろしく」
「支えてるのは俺なんだけどな」
「うるさい」
おでこを叩かれる。
「これからも私の言うことに逆らったら叩くから」
「支え合いは!?」
「口答えしない!
私が肩車しろって言ったらすぐに駆けつけるのよ。
いいわね」
これして俺に彼女が出来た。
誰よりも偉そうで、誰よりも背が低くくて、誰よりも可愛い彼女が出来たのだった。