かつてチートデイというものがあった。
チートデイというのは、過剰なカロリーをとっても太らないという夢のようなチートである。
これは自らに過酷なダイエットを課した一部の限られたダイエッターのみの特権であり義務でもあった。
彼らは言う。
必要なことなのだ、と。
ところがこれに意を唱える者たちがいた。
世界中の食いしん坊たちである。
特権を廃止し、誰もがその権利を持つべきだと訴えた。
曰く、食べても太らないなんておかしい、と。
これを受けて、ダイエッターたちは抵抗をした。
チートデイは辛いダイエットのご褒美のようなもので、なんの苦労もしていない人間がご褒美をもらうのはおかしいと反論したのだ。
もちろん食いしん坊たちは反発し、両者が激突、死傷者も出た。
ダイエッターたちは善戦したものの、数の暴力には勝てず、最終的に特権を手放すことに合意。
そして万人にチートデイは開かれた。
俗に言うチート革命である。
これによって誰もがチートデイの恩恵にあずかり、無制限ではないが誰もがチートできるようになった。
世の中は歓喜の声で満ち溢れ、誰もがその奇跡に涙した。
こうして誰もが好きな物をたくさん食べても太らなくなり、世界に平和が訪れたのだった。
○ ○ ○
という妄想をしながら、私はお菓子を机の上に並べる。
今日はチートデイ、特別な夜。
どれだけ食べても太らない日。
私は別にダイエットをしていないけれども、私の脳内世界では誰もがチートデイを持っているので問題ない。
そう、問題ないのだ!
一口、お菓子を口に入れる。
口の中に悪魔的なカロリーを感じる。
だが、今日はチートデイなので、カロリーゼロ。
ああ、なんて素晴らしい日なんだろう。
私は次のお菓子を頬張り、チートデイの偉大さを噛みしめるのであった。
P.S.
この短編で語ったチートデイについて。
チートデイとはダイエット中に設ける「好きなものを自由に食べる日」のこと。
これを設けることで、一時的に体重が増えてもやせることができる、というものです。
カロリーがゼロになる日ではない(時間が無いので違うのを承知で書いた)
ただ様々な言説があり、真偽のほども不明です。
モチベーション維持はともかく、食べて痩せるなんて『オカルトでは?』という人もいます。
詳しくは自分で調べて、自己責任でお願いします。
私は責任を取りません。あしからず。
一つだけ言えることは、主人公のように運動をせずにチートデイを設定しても、普通に太るだけです
そんな都合のいいことはありません。
「あ、リクちゃんきた」
朝登校すると、友人のウミがあたしのもとに走り寄ってくる。
何かあったのか?
「ウミはね、分かってない事がたくさんあるんだよ」
「突然何?
あんたの何が分かってないって?
不思議ちゃんキャラに転向したか?」
「違うよ。ウミじゃなくって、海、青い海の事」
ああ、そっちか。紛らわしい。
「昨日、深海のテーマにしたドキュメンタリーを見たの」
「……昨日そんなのやってた?」
「撮りためた奴だよ」
「なるほど」
すごいな、撮ったやつ見てるんだ。
あたしは録画したら、それで満足して見ていないのに……
「とくに深海魚は全然分かってないの。
人類はまだ深い海の底には気軽に行けないからね」
「ふーん」
深海魚ね。
やたらグロテスクなイメージしかない。
解明されなくてもいいのでは?
「だから週末、捕まえに行こうよ。
新種見つけて有名になろう」
ウミがとんでもないことを言い出した。
「なんでだ。
深海に行けるわけないだろ。
さっき人類が気軽に行けないって言ったじゃん。
あと魚には興味ない」
そう言うと、ウミは『ええ』と意外そうな声を上げる。
「ロマンだよ」
「だからこそ興味が無い」
ロマンで腹は膨れぬ。
「じゃあ何に興味あるのさ」
「そうだね。同じ深海なら、海の底に沈んだ船のお宝に興味がある」
「それもロマンじゃん」
「売り払えば金になる」
「夢が無い」
ウミはがっかりしたようだったが、それが現実だ。
好きな人には悪いけど。
「そんなに魚好きだったっけ、あんた。
番組が面白かったの?」
「うん、それもあるんだけどさあ」
彼女にしては珍しく言葉を濁す。
「あー、言いにくいなら別に」
「大丈夫。言い方を考えてただけだから」
「そっか」
言い方考えるほどの事か……
恐いな、今から何聞かされるんだろう。
「えっとね。出てきた深海魚、おいしそうだなって思って」
「は?」
「焼き魚とか、刺身で食べられるのかなとか、
「は?」
予想以上だった。
普通、深海魚見て食べたいと思うか?
あたしは無い。
だってグロイから。
「話してたらお腹減ったな。
寿司食べるか」
「え?」
そう言って、ウミは教室の後ろのロッカーから、保冷ボックスを持ってくる。
あたしの前でボックスが開けられると、閉じ込められた冷気が頬を撫でる。
見れば寿司のパックとともに、保冷材がぎっしり入っている。
「昨日番組見てから、寿司が食べたくなっちゃって。
お昼に食べようと思ってもって来たの。
食べる?
たくさんあるから大丈夫だよ」
そう言って寿司のパックを差し出されたあたしは、無言でそれを受け取る。
ダイエットのため朝食を抜いた成長期の体は、目の前の寿司を食べたいと訴え、勝手に体が動き始める。
自分の意志に反し動く手を見つめながら、ウミのことについて考えていた。
彼女との付き合いは結構長く、ウミの事なら何でも知っていると思っていた。
でもそれは勘違いだったらしい。
ウミの底は計り知れない。
寿司を頬張りながら、そう思うのだった。
時計を見ると終業時間の10分前だった。
急ぎの仕事も無いから、今日も定時で帰れるな。
仕事道具の後片付けをしていると、後ろに誰かが立つ気配がした。
「来ちゃった」
そう言われて後ろから抱き着かれる。
振り向くといたのは、なんと家で待っているはずの妻だった。
「なんで、ここに」
「あなたに会いたくて……
あなたがいないと寂しくてだめなの」
「ゴメン。君にそんな思いをさせていたなんて……」
「いいのよ。今こうしてあなたと会えたんだもの」
「香織さん」
「健司さん」
僕は彼女を抱きしめるべく、両手を広げる。
彼女の目を見ながら抱きしめようとするが、寸でのところで腕が止まる。
「でも駄目だよ、香織さん。まだ仕事が終わってない」
それを聞いた彼女は悲しそうな顔をする。
自分の心がチクリと痛む。
「分かったわ、健司さん。
いつもの所で待ってるわね」
「ああ」
後ろ髪をひかれる思いで、彼女から目を離す。
自分だけ、楽をすることはできない。
その決意を胸に片づけを再開しようとすると、頬に柔らかい感触があった。
「お仕事をする姿、カッコよかったわ」
そう言って彼女は離れていった。
片づけをする手が止まり、彼女に視線が向く。
立ち去っていく後ろ姿に思わず見惚れてしまう。
彼女はいつだって綺麗だ。
と、ボーっとしている場合ではなかった。
就業まで五分を切ってしまった。
一秒でも残業するつもりはない。
残業した分だけ、彼女と離れる時間が長くなる。
○ △ □
「アレ、なんでみんな何も言わないんすか?」
「うん?ああ、お前今日初日だったな。教えてやるよ」
俺が聞くと、ベテランの厳さんは蓄えた髭をさすりながら遠い目をした。
「あの二人が結婚してから毎日アレでな。
まあ最初は新婚って言うことで多めに見ていたんだが、一か月たってもやめなかった。
結構キツイ言葉で言ったこともあるんだが、毎日懲りずにやってきてな。
それでも本人は責任感があってキチンと仕事をしてくれるから、それをヨシとしてみんな諦めたんだ」
「なるほど……」
俺は厳さんの言葉を聞いて、仕事を終えて抱き合っている二人を見る。
「あの、二人はお年を召されているようですが、結婚してから何年目すか?」
「あーもう三十年経つかな」
「三十年……」
俺は思わず言葉を繰り返す。
「だが悪い事ばかりじゃない。
二人のおかげで、ここの労働環境よくなったんだよ。
女性が来るなら職場は綺麗にしないといけないし、待ってもらうスペースも作ったんだ」
「それで休憩スペースが豪華なんすね。お菓子とかも」
「男女差別と言われそうだが、お客さんにずっと立ってもらうわけにはいかないからな。
あと残業なんかした日には圧がすごいぞ。
気が散って仕方ないから、みんなで帰った。
それ以来残業しないよう調整してる」
「へえー」
もう一度二人のほうを見ると、仲良く手を繋いで帰るところだった。
「はあ、あの年でも仲が良いってのはいいっすね」
「彼女いるのか?」
「いるけど、絶賛喧嘩中で別居中」
俺の答えに厳さんはガハハと笑い、俺の背中を叩く。
「じゃあ、二人を見習って仲直りすればいい」
「『見習って』って、どうするんすか?」
「そりゃ、彼女に会いに行くんだよ」
「何しに来たって言われるだけっすよ」
厳さんはニヤッと笑う。
「そん時は『君に会いたくて』って言えば仲直りさ」
「まだ着かないのか?」
「もう少しですよ」
俺たちは、男の案内によってとある建物にきていた。
入ってから随分と歩いた気がするが、まだ着かないようだ。
「ここでないよね」
幽霊が苦手な魔法使いが俺に聞こえるように囁く。
長い間使われたいないのだろう。
魔法使いの言う通り、暗くて埃っぽいのでいかにも『出そう』な雰囲気だ。
「大丈夫です。雰囲気だけですから」
案内の男にも聞こえていたらしく、安心させるように大きな声で答える。
だが魔法使いはそれでも怖いらしく、周りをきょろきょろしていた。
「たしかここを曲がれば――あっ、あれです」
男が指を差したのは、巨大な何の変哲もない氷の塊だった。
溶ける様子がないことをのぞけば……
おそらく魔法で作られた氷なのだろう。
そしてその氷の中心には一冊の薄い本が浮かぶように佇んでいた。
「あの氷に閉ざされた日記が、あの人の隠していたものです」
「それを手に入れれば、アイツを説得できるんだな」
「おそらく……」
男は自信なさげに答える。
始めに自信満々に言ったのは何だったのか。
まあ、いい。
どちらにせよ、俺たちにはほかに出来る事なんて無いのだから。
□ □ □
俺たちは魔王城に向かうため、この町を訪れた。
この町は魔王軍からの防衛に作られた町で、通り抜けるには許可が必要だった。
だが、ここの治安を任されているという役人が頑なにこの街を通り抜けることを許さなかったのだ。
王の命令書を見せても、『規則で駄目』『前例がない』と言って、この町を通り抜ける許可を出さない。
どんな説得にも耳を貸さず、俺たちは結局おめおめと宿屋に帰ってきた。
部屋に入って仲間の魔法使いと、今後の相談をする。
明日どうやって説得するか話し合い、最終的には暴力で脅すことも視野に入れて結論が出た時のことである。
宿に俺たちに用があるという男がやってきたのだ。
その男は頑固な役人の部下だと名乗った。
俺たちは警戒したが、男は力になりたいと言うので話を聞くことにした。
男は、その俺たちが役人と言い争いになってる場面を目撃していた。
その役人はもともと柔軟な人間であり、最近の頑なな上司の様子に心を痛めていた。
どうにかしたいが、自分だけでは何もできない。
その時にやってきたのが俺たちと言うことらしい。
また男は、役人がなぜ頑なになった原因の過去を話していたが、興味ないので聞き流した。
大事なのは、この町をどうやって通り抜けるか、である。
□ □ □
俺は氷の塊を叩いてみる。
返ってくる感触は固く、力で壊すには難しそうだった。
「私もハンマーで壊そうと思ったのですが、思ったより硬く……
かといって魔法も使えませんし、困っていたんです」
「なるほどな、しかしなぜ氷漬けに?」
「過去を忘れないためと、さっきも言った気がするのですが?」
「魔法使い。壊せるか?」
「魔法使い、この氷を溶かせるか?」
男の追及が来る前にとっとと解決することにする。
魔法使いは俺の言葉を聞いて、ニヤッと笑う。
「当ー然。いい腕してるけど、僕にかかればいちころさ」
そういって、魔法使いは何かを呟くと、見る見るうちに氷は溶けていった。
短い間に氷は全て溶け、後には日記だけが残った。
俺はそれを拾い上げて、中身を読んでみる。
だが、日記は数ページしか書かれておらず白紙だった。
「うーん。何も書いていないな。特に重要なことも書かれていない。無駄足だったな」
「いいえ、これでいいんです」
「どういうことだ?」
男の言葉に信じられず、質問を投げる。
「本当に聞いていなかったのですね……。
まあいいでしょう。
あの人は、規則にうるさく中途半端なことを嫌う。
あなた方もご存じですよね」
「そうだな。そういった印象を受けた。
だがそれには何も書かれていない」
「だからこそ、この日記が役に立ちます。
この三日坊主の日記で交渉すればいいんですよ
彼の完璧主義にとって、許しがたいものですからね」
木枯らしが吹いて、葉っぱが地面を転がって行く。
道路には葉が全て落ちた街路樹以外には何もない。
まるで世界に誰もいなくなったかのような錯覚を覚える。
その感覚に恐怖を覚えるが、向こうから歩いてくる男性が錯覚だと確信させてくれる。
だが寂しいという感情を想起させるには十分な風景だった。
しかし冬になったというのに、まさか木枯らしが吹くとは……
冬にもかかわらず春のような暖かい日が続き、あんまり冬のような気がしない。
と思えば秋のように木枯らしが吹く。
メディアが異常気象と言って騒ぎ立てるのも、無理の無い事なのだろう。
待て待て待て。
おかしいぞ。
たとえ異常気象でも冬に木枯らしが吹くはずが無いのだ。
木枯らしが吹くのは秋だけ、それも10月から11月にかけて吹く風をそう呼ぶ。
そういうもの、と言うのではなく定義がきっちり決まっているものだ。
それ以外の時期に吹く風は木枯らしなどとは決して呼ばないのだ。
なんで一月に吹いた風なんかを、木枯らしなどと思ったのだろう?
理由は分からない。
だが一つ分かることがある。
これは異変だ!!
『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』
頭にあるフレーズが浮かび上がる。
気づいた瞬間に体を反転させ、全力で走り出す。
遠くのほうを見れば、見慣れた通路がある。
あそこに逃げよう。
普段運動をしないため、すぐに息が切れる。
これから毎日ジョギングをしよう。
後悔していると、何かが後ろから何かが襲い掛かってくる気配が!
本能的に危険を感じ、止まりたくなる欲求に抗いながら道路を走り抜ける。
心臓が爆発しそうなくらい走り、ようやく通路に到着すると背後の気配は消えていた。
どうやら助かったらしい。
壁に手をついて息を整える。
後を振り返れば、ただの壁があるだけ。
通路なんて最初から無かったかのようだ。
まるで夢を見ていた気分だが、激しい呼吸がそれを否定する。
それにしても、最近流行っているというので、ゲームのプレイ動画を見ていて助かった。
気配の感じ方から察するに、すぐ後ろまで迫っていたと思う。
すこしでも判断が遅れていれば助からなかっただろう。
だんだんと今までのことを思い出してくる。
たしか見慣れない通路を発見し、好奇心から入り込んで気づいたらあそこにいた。
とてつもなく疲れた。
ホッとしていると、あることに気づく。
さっきの男性は何者なんだろうか?
もしや何かに捕まってしまった人間なのだろうか?
思わず背筋が寒くなる。
たとえそうだとしても自分には何もできない。
自分が助かっただけでも良しとしよう。
帰ろう。
誰もいない通路を歩き出す
遅い時間とは言え、誰も歩いていないと不安になるな。
そう思っていると、足音が聞こえ少し安心する。
何気なく音の方向を見ると、向こう側から見覚えのある男性が歩いてきた。