「あ、リクちゃんきた」
朝登校すると、友人のウミがあたしのもとに走り寄ってくる。
何かあったのか?
「ウミはね、分かってない事がたくさんあるんだよ」
「突然何?
あんたの何が分かってないって?
不思議ちゃんキャラに転向したか?」
「違うよ。ウミじゃなくって、海、青い海の事」
ああ、そっちか。紛らわしい。
「昨日、深海のテーマにしたドキュメンタリーを見たの」
「……昨日そんなのやってた?」
「撮りためた奴だよ」
「なるほど」
すごいな、撮ったやつ見てるんだ。
あたしは録画したら、それで満足して見ていないのに……
「とくに深海魚は全然分かってないの。
人類はまだ深い海の底には気軽に行けないからね」
「ふーん」
深海魚ね。
やたらグロテスクなイメージしかない。
解明されなくてもいいのでは?
「だから週末、捕まえに行こうよ。
新種見つけて有名になろう」
ウミがとんでもないことを言い出した。
「なんでだ。
深海に行けるわけないだろ。
さっき人類が気軽に行けないって言ったじゃん。
あと魚には興味ない」
そう言うと、ウミは『ええ』と意外そうな声を上げる。
「ロマンだよ」
「だからこそ興味が無い」
ロマンで腹は膨れぬ。
「じゃあ何に興味あるのさ」
「そうだね。同じ深海なら、海の底に沈んだ船のお宝に興味がある」
「それもロマンじゃん」
「売り払えば金になる」
「夢が無い」
ウミはがっかりしたようだったが、それが現実だ。
好きな人には悪いけど。
「そんなに魚好きだったっけ、あんた。
番組が面白かったの?」
「うん、それもあるんだけどさあ」
彼女にしては珍しく言葉を濁す。
「あー、言いにくいなら別に」
「大丈夫。言い方を考えてただけだから」
「そっか」
言い方考えるほどの事か……
恐いな、今から何聞かされるんだろう。
「えっとね。出てきた深海魚、おいしそうだなって思って」
「は?」
「焼き魚とか、刺身で食べられるのかなとか、
「は?」
予想以上だった。
普通、深海魚見て食べたいと思うか?
あたしは無い。
だってグロイから。
「話してたらお腹減ったな。
寿司食べるか」
「え?」
そう言って、ウミは教室の後ろのロッカーから、保冷ボックスを持ってくる。
あたしの前でボックスが開けられると、閉じ込められた冷気が頬を撫でる。
見れば寿司のパックとともに、保冷材がぎっしり入っている。
「昨日番組見てから、寿司が食べたくなっちゃって。
お昼に食べようと思ってもって来たの。
食べる?
たくさんあるから大丈夫だよ」
そう言って寿司のパックを差し出されたあたしは、無言でそれを受け取る。
ダイエットのため朝食を抜いた成長期の体は、目の前の寿司を食べたいと訴え、勝手に体が動き始める。
自分の意志に反し動く手を見つめながら、ウミのことについて考えていた。
彼女との付き合いは結構長く、ウミの事なら何でも知っていると思っていた。
でもそれは勘違いだったらしい。
ウミの底は計り知れない。
寿司を頬張りながら、そう思うのだった。
1/21/2024, 9:56:49 AM