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1/19/2024, 9:59:16 AM

「まだ着かないのか?」
「もう少しですよ」
 俺たちは、男の案内によってとある建物にきていた。
 入ってから随分と歩いた気がするが、まだ着かないようだ。

「ここでないよね」
 幽霊が苦手な魔法使いが俺に聞こえるように囁く。
 長い間使われたいないのだろう。
 魔法使いの言う通り、暗くて埃っぽいのでいかにも『出そう』な雰囲気だ。

「大丈夫です。雰囲気だけですから」
 案内の男にも聞こえていたらしく、安心させるように大きな声で答える。
 だが魔法使いはそれでも怖いらしく、周りをきょろきょろしていた。

「たしかここを曲がれば――あっ、あれです」
 男が指を差したのは、巨大な何の変哲もない氷の塊だった。
 溶ける様子がないことをのぞけば……
 おそらく魔法で作られた氷なのだろう。 
 そしてその氷の中心には一冊の薄い本が浮かぶように佇んでいた。

「あの氷に閉ざされた日記が、あの人の隠していたものです」
「それを手に入れれば、アイツを説得できるんだな」
「おそらく……」

 男は自信なさげに答える。
 始めに自信満々に言ったのは何だったのか。
 まあ、いい。
 
 どちらにせよ、俺たちにはほかに出来る事なんて無いのだから。

  □ □ □
 

 俺たちは魔王城に向かうため、この町を訪れた。
 この町は魔王軍からの防衛に作られた町で、通り抜けるには許可が必要だった。
 だが、ここの治安を任されているという役人が頑なにこの街を通り抜けることを許さなかったのだ。
 王の命令書を見せても、『規則で駄目』『前例がない』と言って、この町を通り抜ける許可を出さない。
 
 どんな説得にも耳を貸さず、俺たちは結局おめおめと宿屋に帰ってきた。
 部屋に入って仲間の魔法使いと、今後の相談をする。
 明日どうやって説得するか話し合い、最終的には暴力で脅すことも視野に入れて結論が出た時のことである。

 宿に俺たちに用があるという男がやってきたのだ。
 その男は頑固な役人の部下だと名乗った。
 俺たちは警戒したが、男は力になりたいと言うので話を聞くことにした。

 男は、その俺たちが役人と言い争いになってる場面を目撃していた。
 その役人はもともと柔軟な人間であり、最近の頑なな上司の様子に心を痛めていた。
 どうにかしたいが、自分だけでは何もできない。
 その時にやってきたのが俺たちと言うことらしい。
 
 また男は、役人がなぜ頑なになった原因の過去を話していたが、興味ないので聞き流した。
 大事なのは、この町をどうやって通り抜けるか、である。
 
□ □ □

 俺は氷の塊を叩いてみる。
 返ってくる感触は固く、力で壊すには難しそうだった。

「私もハンマーで壊そうと思ったのですが、思ったより硬く……
 かといって魔法も使えませんし、困っていたんです」
「なるほどな、しかしなぜ氷漬けに?」
「過去を忘れないためと、さっきも言った気がするのですが?」
「魔法使い。壊せるか?」
「魔法使い、この氷を溶かせるか?」
 男の追及が来る前にとっとと解決することにする。

 魔法使いは俺の言葉を聞いて、ニヤッと笑う。
「当ー然。いい腕してるけど、僕にかかればいちころさ」
 そういって、魔法使いは何かを呟くと、見る見るうちに氷は溶けていった。

 短い間に氷は全て溶け、後には日記だけが残った。
 俺はそれを拾い上げて、中身を読んでみる。
 だが、日記は数ページしか書かれておらず白紙だった。
「うーん。何も書いていないな。特に重要なことも書かれていない。無駄足だったな」

「いいえ、これでいいんです」
「どういうことだ?」
 男の言葉に信じられず、質問を投げる。

「本当に聞いていなかったのですね……。
 まあいいでしょう。
 あの人は、規則にうるさく中途半端なことを嫌う。
 あなた方もご存じですよね」
「そうだな。そういった印象を受けた。
 だがそれには何も書かれていない」
「だからこそ、この日記が役に立ちます。
 この三日坊主の日記で交渉すればいいんですよ
 彼の完璧主義にとって、許しがたいものですからね」
 

1/18/2024, 9:58:06 AM

 木枯らしが吹いて、葉っぱが地面を転がって行く。
 道路には葉が全て落ちた街路樹以外には何もない。
 まるで世界に誰もいなくなったかのような錯覚を覚える。
 その感覚に恐怖を覚えるが、向こうから歩いてくる男性が錯覚だと確信させてくれる。
 だが寂しいという感情を想起させるには十分な風景だった。

 しかし冬になったというのに、まさか木枯らしが吹くとは……
 冬にもかかわらず春のような暖かい日が続き、あんまり冬のような気がしない。
 と思えば秋のように木枯らしが吹く。
 メディアが異常気象と言って騒ぎ立てるのも、無理の無い事なのだろう。

 待て待て待て。
 おかしいぞ。
 たとえ異常気象でも冬に木枯らしが吹くはずが無いのだ。

 木枯らしが吹くのは秋だけ、それも10月から11月にかけて吹く風をそう呼ぶ。
 そういうもの、と言うのではなく定義がきっちり決まっているものだ。
 それ以外の時期に吹く風は木枯らしなどとは決して呼ばないのだ。
 なんで一月に吹いた風なんかを、木枯らしなどと思ったのだろう?

 理由は分からない。
 だが一つ分かることがある。
 これは異変だ!!

『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』 
 頭にあるフレーズが浮かび上がる。
 気づいた瞬間に体を反転させ、全力で走り出す。
 遠くのほうを見れば、見慣れた通路がある。
 あそこに逃げよう。

 普段運動をしないため、すぐに息が切れる。 
 これから毎日ジョギングをしよう。
 後悔していると、何かが後ろから何かが襲い掛かってくる気配が!

 本能的に危険を感じ、止まりたくなる欲求に抗いながら道路を走り抜ける。
 心臓が爆発しそうなくらい走り、ようやく通路に到着すると背後の気配は消えていた。
 どうやら助かったらしい。

 壁に手をついて息を整える。
 後を振り返れば、ただの壁があるだけ。
 通路なんて最初から無かったかのようだ。
 まるで夢を見ていた気分だが、激しい呼吸がそれを否定する。

 それにしても、最近流行っているというので、ゲームのプレイ動画を見ていて助かった。
 気配の感じ方から察するに、すぐ後ろまで迫っていたと思う。
 すこしでも判断が遅れていれば助からなかっただろう。

 だんだんと今までのことを思い出してくる。
 たしか見慣れない通路を発見し、好奇心から入り込んで気づいたらあそこにいた。

 とてつもなく疲れた。
 ホッとしていると、あることに気づく。
 さっきの男性は何者なんだろうか?

 もしや何かに捕まってしまった人間なのだろうか?
 思わず背筋が寒くなる。
 たとえそうだとしても自分には何もできない。
 自分が助かっただけでも良しとしよう。

 帰ろう。
 誰もいない通路を歩き出す
 遅い時間とは言え、誰も歩いていないと不安になるな。
 そう思っていると、足音が聞こえ少し安心する。
 何気なく音の方向を見ると、向こう側から見覚えのある男性が歩いてきた。
 

1/17/2024, 9:57:15 AM

 この学校には『美しさの代名詞』といわれる美女が二人いる。

 一人目は大和 撫子。
 彼女は学校どころか、アイドルグループにいてもおかしくないほどの美人だと自負している。

 腰まで長い、毛先まで手入れされた艶のある黒髪。
 睫毛も長く、慈しみに満ちた黒い瞳。
 小ぶりだが血色のよい唇。
 控えめに笑うさまは、周囲に花が咲くと形容されることもある。
 まさに美しさの代名詞だ。

 だが彼女の美しさは外側にとどまらない。
 部活にも精を出し、学業にも手を抜かない。
 才色兼備、文武両道といった完璧超人なのだが、本人は面倒見がよく世話焼きなので、誰からも好かれている。
 その気質に惹かれ、生徒の約半数がファンクラブ会員であるという情報もある。
 外も中身も美しく輝く彼女に、男女問わず誰もが憧れているのだ

 だがそんな彼女にも上がいると言われる。
 それが二人目の美人、ブラックホール先輩である。
 もちろん本名ではなく、誰かがつけたあだ名である。

 彼女は一見すると存在感が薄く、常に景色に同化しているため気づかれないことも多い。
 友人もおらず、彼女についての情報はほとんどない。
 ただ一つ、彼女は美しいということ以外は。

 彼女は背中を丸く丸めていて、いつもおどおどしている。
 前髪を長く伸ばし、目元が隠れていて、およそ美人とは言い難い。
 それどころか、その場の空気を悪くするほどである。

 そんな彼女に生徒の間でまことしやかに囁かれる一つの噂がある。
 前髪に隠された素顔を見たら帰ることはできない、という噂が……。

 行方不明になったわけではない。
 ただ体がここにあっても魂が戻ってこない、いわゆる心ここにあらずという意味である。
 日常生活は送れても、ずっと彼女の事ばかりを考えているのだ。
 彼らの魂は彼女の物にあり、永久に彼女にとらわれたままなのだ。
 ブラックホールのように……

 もちろん、そんな噂はふつう信じない。
 だが真相を確かめようとした生徒たちが、例外なく帰ってこなかったのだ。

 そして魂を奪われた生徒たちは口をそろえてこう言うのだ。
 大和さんが霞むほど美しい。
 そこに究極の美がある、と。

 そこまで言われれば、誰もが興味を持つ。
 だが、近づくことは無い。
 誰も囚われになりたくないのだ。
 当然である。

 この話の教訓は何かって?
 それはね、昔の人の言葉で『美しさは罪』というのがあるけど、罪に対して罰を受けるのは本人とは限らない、っていうこと。

 おや、今日も一人、彼女に会うためにやってきたね。
 罰を受けるために……

1/16/2024, 9:52:37 AM

「すいません、白状します。この世界は夢なんです」
 突然隣に座っていたフサ男が何事かを言い始めた。
 体毛がすごくてフサフサしてるから、フサ男。
 毎回とんでもないことをしでかす男だが、今度は何をする気だ?
 興味がわいたので話題に乗っかってみる。

「夢って、誰の?」
「マンモスの夢です」
「マンモスの夢?」
 思わず言葉を繰り返す。
 マンモスときましたか。

「マンモスが氷河の中で氷漬けになっていて、ずっとコールドスリープみたいな形で寝ていたのです。
 ですが、最近気温が上がって氷も解けて、覚醒し始めてるんです」
 ふーん、突拍子もないけど、暇つぶしの茶番に使える位程度には筋が通ってる。
 これからどう話を転がすのだろうか?

「マンモスが起きたらどうなるの?」
「全部無かったことになります」
 フサ男はとんでもないことを言い出した。
「茶番にしては、設定が怖すぎる」
「茶番ではありません。これを見てください」

 フサ男はテレビを点ける。
 テレビではお笑い番組をやっていたが、すぐに切り替わり会見の様子が映し出される。
 なにかの緊急会見らしい。

 その会見席の真ん中で偉そうに座っている男性がしゃべり始める。
「皆様、ここにお集まりいただきありがとうございます。
 日本が誇る研究機関が重大な発見をしましたので、ご報告させていただきます」
 思い出した。
 なんとかっていう総理大臣だ。

「この世界は、誰かの夢だと言事が判明しました」
 総理の発言に耳を疑う。
 フサ男の言っていた通りじゃないか!

「皆さん信じられないのも無理はありません。
 のちほど証拠はお見せします。
 ですが、まず最初に伝えたいことは、我々は諦めておりませせん」
 会場からおおーという歓声が起こる。

 当然だ。
 誰も消えてなくなりたくはない。
 みんなこの世界が好きなのだ。

「我々は対策のための組織を作ることに決定しました。
 そういうわけで増税いたします」
 またも耳を疑う。
 今、なんて言った?

「総理、増税とはどういうことですか!?」
 会見に来ていた記者が質問の形で抗議をあげる。
 ナイス記者!

「対策には必要なことで――」
「そう言って前も増税しましたよね。
 しかも無駄遣いして!」
「お仲間が脱税した分を使えばいいでしょう!!」
「本当は嘘で、税金上げたいだけではないんですか!!」
「違います。本当に、夢で――」
「金の亡者どもめ!」

 会見は紛糾していた。
 物が飛び交い、記者が詰め寄ろうとして、警備員がそれを阻止しようとする。
 外からも入り込もうとする人間がいる事も、テレビからの様子で分かった。

 もはや暴動だった。
 これが自分たちの愛した世界だというのか……

「この世界は本当に夢なの?」
 テレビを見ながら、フサ男に尋ねる。
「そうだよ」
「そっか。
 でも、さすがに夢が無さすぎる」
「ゴメン」
 フサ男は、心の底から申し訳なさそうに謝ってくる。
「なんで謝るのさ。ていうか、なんで分かったの?」

「ああ、それはね。明晰夢というか、僕がそのマンモスなんだよね」

1/15/2024, 9:42:12 AM

「どうして……」
 私は目の前の黒い物体を前にして、思わず口から言葉が出る。
 どうしてこんなことに……

 いや、分かっている。
 私が悪いのだ。
 私が目を離してしまったから。
 目を離してはいけないと知っていたのに……

 私は目の前にある黒い物体――肉じゃがだったものを見つめる。
 二人の息子たちが、大好きな肉じゃが。
 今日は特別な日ではないけれど、リクエストされたので張り切って作った肉じゃが。
 でも今はただの炭の塊だ。

 肉じゃがに限らず、火を使っている時にその場を離れてはいけない。
 基本だ。
 だけど、テレビから堂本君の結婚というパワーワードが聞こえたら、ニュースを見ない選択肢は無かった。
 そのまま肉じゃがのことを忘れてしまい、しばらくして焦げた臭いがし始めたが後の祭り。
 気づけば、肉じゃがは炭となっていた。

 私は目の前の炭になったになった肉じゃがを見下ろす。
 もうこれは食べられないだろう。
 どれだけ見つめても、炭は肉じゃがにはならないのだ。
 諦めるよりほかにない。

 だが新しく料理を作るための材料が無い。
 また買いに行ってくるにしても、すぐに息子たちは帰ってきてしまう。
 野球の練習を頑張って、お腹を空かせた子供たちが。

 どうすればいい?
 私は自問する。
 解決方法は一つあるが、デメリットが大きい。
 可能ならば取りたくない、最後の手段だ。
 他に方法は無いのか?

 思考を加速させるが、何も思いつかない。
 時間だけが無常に過ぎていく。
 どれほど悩んだだろうか、玄関から物音する。
 子供たちが帰ってきたのだ。
 取りたくなかったが、最後の手段を使うしかない。

 子供たちを玄関で出迎え、今日の予定を告げる。
「今日は外食だよ。シャワーを浴びて汗を流しておいで」
 予定外の出費だが、これ以外に方法は無い。
 下の子は何も疑わず、そのまま風呂場に向かう。

 だが、上の子は何かに感づいたのか、私の顔をじっと見ていた。
「外食なんて珍しい。どうして?」
 『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』という言葉が喉まで出かかる。
 危ねえ。
 愛する子供に『嫌い』など口が裂けても言えぬ。

 私は全力で誤魔化すことにした。
「さあ?どうしてだろうね」

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