「すいません、白状します。この世界は夢なんです」
突然隣に座っていたフサ男が何事かを言い始めた。
体毛がすごくてフサフサしてるから、フサ男。
毎回とんでもないことをしでかす男だが、今度は何をする気だ?
興味がわいたので話題に乗っかってみる。
「夢って、誰の?」
「マンモスの夢です」
「マンモスの夢?」
思わず言葉を繰り返す。
マンモスときましたか。
「マンモスが氷河の中で氷漬けになっていて、ずっとコールドスリープみたいな形で寝ていたのです。
ですが、最近気温が上がって氷も解けて、覚醒し始めてるんです」
ふーん、突拍子もないけど、暇つぶしの茶番に使える位程度には筋が通ってる。
これからどう話を転がすのだろうか?
「マンモスが起きたらどうなるの?」
「全部無かったことになります」
フサ男はとんでもないことを言い出した。
「茶番にしては、設定が怖すぎる」
「茶番ではありません。これを見てください」
フサ男はテレビを点ける。
テレビではお笑い番組をやっていたが、すぐに切り替わり会見の様子が映し出される。
なにかの緊急会見らしい。
その会見席の真ん中で偉そうに座っている男性がしゃべり始める。
「皆様、ここにお集まりいただきありがとうございます。
日本が誇る研究機関が重大な発見をしましたので、ご報告させていただきます」
思い出した。
なんとかっていう総理大臣だ。
「この世界は、誰かの夢だと言事が判明しました」
総理の発言に耳を疑う。
フサ男の言っていた通りじゃないか!
「皆さん信じられないのも無理はありません。
のちほど証拠はお見せします。
ですが、まず最初に伝えたいことは、我々は諦めておりませせん」
会場からおおーという歓声が起こる。
当然だ。
誰も消えてなくなりたくはない。
みんなこの世界が好きなのだ。
「我々は対策のための組織を作ることに決定しました。
そういうわけで増税いたします」
またも耳を疑う。
今、なんて言った?
「総理、増税とはどういうことですか!?」
会見に来ていた記者が質問の形で抗議をあげる。
ナイス記者!
「対策には必要なことで――」
「そう言って前も増税しましたよね。
しかも無駄遣いして!」
「お仲間が脱税した分を使えばいいでしょう!!」
「本当は嘘で、税金上げたいだけではないんですか!!」
「違います。本当に、夢で――」
「金の亡者どもめ!」
会見は紛糾していた。
物が飛び交い、記者が詰め寄ろうとして、警備員がそれを阻止しようとする。
外からも入り込もうとする人間がいる事も、テレビからの様子で分かった。
もはや暴動だった。
これが自分たちの愛した世界だというのか……
「この世界は本当に夢なの?」
テレビを見ながら、フサ男に尋ねる。
「そうだよ」
「そっか。
でも、さすがに夢が無さすぎる」
「ゴメン」
フサ男は、心の底から申し訳なさそうに謝ってくる。
「なんで謝るのさ。ていうか、なんで分かったの?」
「ああ、それはね。明晰夢というか、僕がそのマンモスなんだよね」
「どうして……」
私は目の前の黒い物体を前にして、思わず口から言葉が出る。
どうしてこんなことに……
いや、分かっている。
私が悪いのだ。
私が目を離してしまったから。
目を離してはいけないと知っていたのに……
私は目の前にある黒い物体――肉じゃがだったものを見つめる。
二人の息子たちが、大好きな肉じゃが。
今日は特別な日ではないけれど、リクエストされたので張り切って作った肉じゃが。
でも今はただの炭の塊だ。
肉じゃがに限らず、火を使っている時にその場を離れてはいけない。
基本だ。
だけど、テレビから堂本君の結婚というパワーワードが聞こえたら、ニュースを見ない選択肢は無かった。
そのまま肉じゃがのことを忘れてしまい、しばらくして焦げた臭いがし始めたが後の祭り。
気づけば、肉じゃがは炭となっていた。
私は目の前の炭になったになった肉じゃがを見下ろす。
もうこれは食べられないだろう。
どれだけ見つめても、炭は肉じゃがにはならないのだ。
諦めるよりほかにない。
だが新しく料理を作るための材料が無い。
また買いに行ってくるにしても、すぐに息子たちは帰ってきてしまう。
野球の練習を頑張って、お腹を空かせた子供たちが。
どうすればいい?
私は自問する。
解決方法は一つあるが、デメリットが大きい。
可能ならば取りたくない、最後の手段だ。
他に方法は無いのか?
思考を加速させるが、何も思いつかない。
時間だけが無常に過ぎていく。
どれほど悩んだだろうか、玄関から物音する。
子供たちが帰ってきたのだ。
取りたくなかったが、最後の手段を使うしかない。
子供たちを玄関で出迎え、今日の予定を告げる。
「今日は外食だよ。シャワーを浴びて汗を流しておいで」
予定外の出費だが、これ以外に方法は無い。
下の子は何も疑わず、そのまま風呂場に向かう。
だが、上の子は何かに感づいたのか、私の顔をじっと見ていた。
「外食なんて珍しい。どうして?」
『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』という言葉が喉まで出かかる。
危ねえ。
愛する子供に『嫌い』など口が裂けても言えぬ。
私は全力で誤魔化すことにした。
「さあ?どうしてだろうね」
「将来の『夢』を持ちなさい」
私はそう言われて育った子供である。
他にもたくさんそんな子供がいるだろう。
でも私はそう言われたことを恨んでいる。
なるほど夢を持つことはいい事だ。
『夢』は人生を豊かにする。
それは否定しない。
だけど『夢』が無いことは悪い事だと言い聞かせ、無理やり作らせた『夢』を『夢』と呼んでいいのだろうか?
私はその時に言わされた『夢』もどきを、本当の夢と勘違いし大人になった。
『夢』を追いかけて大学まで進学したというのに、ずっとなにか違うという思いに苛まされた。
卒業して、就職しても、ぬぐい切れぬ違和感。
それに気づいたのは30半ばを過ぎてから。
日本人の平均寿命は80~90歳くらい。
人生の三分の一を使って、やっと間違いに気づいたと言える。
ある意味人生を無駄にしたとも言える。
時間を返せと、切実に言いたい。
でも夢を見ていた間は確かに幸せであった。
『夢』さえ見てれば、他のものは見なくてよかったから。
辛いことがあっても、『夢』があれば気にならなかった。
でも今は『夢』を見ていないから、嫌なことが見えてくる。
世の中の不条理さとか、人生の不平等とか。
自分の本当の『夢』は何だったのだろう、とか。
だけど、よかったこともある。
『夢』とは関係ない趣味が出来た。
園芸とか、料理とか、筋トレとか。
あと、こういう風に小説を書き始めるなんて、小さい頃の自分は夢にも思うまい。
とりあえず、今は小説家になることが今の『夢』と言うことにしている。
勝手に設定した。
おかげで他のものを見なくて済むし、辛いことがあっても、「まいっか」ってなった。
幸せではないけど、充実してる気がする。
まあ、嫌なことがチョイチョイ目に入ってくるけど、前ほど辛くはない。
なんだかんだ文句を言っても、きっと自分はまだ夢を見ていたいのだ
P.S.
夢って打ち過ぎて、ちょっとゲシュタルト崩壊した。
夢っていう字が気持ち悪ってなりました。
本当に、ヤバい字だと思ってビックリした。
読んだ人が気持ち悪くなったらゴメンね
時間が立てば治ります。
ちなみに本当の夢は「やりがいのあるほどほどの仕事でたくさん金を稼いで良いもん食う」ですw
ただの願望だけどね
もう一度小さいころに戻れるなら夢は「任天堂に入る」です。
エリートしか入れないらしいので、勉強頑張ります。
この家には、若いころに買ったダイエット器具がたくさんある。
とは言っても買ったはいいが、数回使っただけで放置しているようなほぼ新品のものが大半であるが……。
だがその中でも今でも使っている健康器具がある。
ぶら下がり健康器だ。
”ぶら下がるだけでダイエット”という素敵なキャッチコピーに惹かれ購入した。
普通に考えればそんなわけないのに、若さゆえか何の疑問も持たず購入した。
もちろんこれも数回使っただけで、すぐに飽きてしまいすぐに使わなくなってしまった。
だから、これも他の健康器具と同じように倉庫の肥やしになるはずだった。
だがこのぶら下がり健康器具には、他にはない特性があった。
それは洗濯物干しとしての適性である。
洗濯物が干せる。
この事実がどれだけ私の心の支えになってくれたことか。
とくにこの寒い時期に外に出ずに、室内干しができるのは、もはや救世主といって過言ではない。
それだけじゃない。
この健康器具は背が高いので、大きなバスタオルも難なく干せる。
そう洗濯物干しとしての適性が高いのだ。
これはポイントが高い。
おそらく彼(?)は、世の中の人々を健康にさせるという重大な使命を持って生まれてきたはずなのだ。
私のもとに来た時も、その使命に胸を躍らせたことだろう。
だが残念ながら、私は挫折した。
今日もぶら下がり健康器に洗濯物を干す。
彼はまだ諦めてないらしく、いまだに『ダイエットをせよ』と訴えてくる。
だけど私はもう若くなく、ダイエットをしようと言う熱意はもうない。
大変申し訳ないが、このまま洗濯物干しとして、生を全《まっと》うしてほしい。
どれだけ乞われても、健康器具としては使わない。
多分、ずっとこのまま。
これからも優秀な洗濯物干しとして、私を支えて欲しいものである
学校からの帰り道。
いつもは付き合っている彼女と帰るのだが、今日は一人で帰っている。
今日、彼女と些細なことで喧嘩した。
一応謝ったけど、なんとなく気まずくて、そのまま出てきた。
強い風が吹いてきて、思わず体が震える。
二人なら気にならない寒さも、さみしい独り身では寒さが身に染みる。
付き合う前は、今年の冬がこんなに寒いとは気づかなかった。
寂しい。
そんな感情が頭を駆け巡る。
失ってから気づくと言うが、今の自分には痛いほど分かった。
明日彼女と仲直りしよう。
ちゃんとはっきり言葉にして。
そんなことを考えていると、突然後ろから抱きしめられる。
「コラ、なんで一人で帰るのさ」
喧嘩したことなど忘れたかのように、明るい声で話しかけてくる。
いや忘れてないからこそ、このノリか。
「ゴメン。忘れてた」
自分も乗っかって、喧嘩したことなど忘れたように軽く返す。
すると彼女は「ひどい」と連呼し始めた。
彼女が「ひどい」と言うたびに耳に彼女の息がかかってこそばゆい。
さてはわざとやっているな。
けどそれとは別に、息が荒い気がする。
もしかして……
「会いたくて走ってきたの?」
「違うよ。寒かったから体を暖めるために走ったの」
言い訳が下手なことだ。
「君も寒いんじゃない。
私はちょうど暖まってるから、熱を分けてあげよう。
私の優しさに感謝しなさい」
さっきより抱きしめる力が強くなる。
気のせいかもしれないけれど、彼女の熱が自分の体に伝わってくる。
「もういいだろ。離れろ」
「もう寒くない?」
「ああ、寒くない」
自分の言葉を聞くと、彼女は体を離して隣に立って、これ見よがしに手を出してくる。
「じゃあ、帰ろうか」
手を繋ぐと、彼女の暖かさが手から自分の身に染み込んできた。
帰り道はもう寒くなかった。