G14(3日に一度更新)

Open App
11/17/2023, 9:25:07 AM

「病院行ってきたよ。私、鼻レ離れだって」
 彼女は言う。
「鼻レ離れ?何だそれ」
 俺は耳慣れない言葉を聞き返えした。
「鼻歌でレの音が出なくなるんだ」
「…治るのか?」
「手遅れだって…」
「なんだと、ふざけてんのか」
「ゴメン」
 彼女は弱々しく謝る。

「いや、悪い。お前に怒っているんじゃないんだ。お前に気づいてやれなかった俺が腹ただしい」
 ずっと一緒にいた俺が気づいてやれなくて何が彼氏だ。
「ううん。私の方が悪いの。あなたが褒めてくれた鼻歌をもう聞かせてあげられないの。別れましょう」
 彼女の言葉に俺はショックを受ける。

 俺はここまで彼女を追い詰めていたのか。
 このままでは離れ離れになってしまう。
 そうあの時のように。

「待ってくれ。お前の鼻歌が聞けなくなるのは残念だが、お前の魅力が消えたわけじゃない」
「でもレの無い私なんて―」
「俺の話を聞いてくれ。昔バンドやってたの知ってるだろ」
「うん、音楽性の違いで解散したって」
「違うんだ」
 俺は強く否定する。

「あのバンドで俺はボーカルだった。ライブをを盛り上げるために、いつも死ぬ気で歌ってた」
 彼女は黙って聞いている。
「いつの頃からかシ抜きででしか歌えなくなってた。大問題さ。シが出ないボーカルに価値があるかってな」
「それでバンド辞めたの?」
「ああ」

 気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸する。
「追放しようとするやつと俺をかばうやつ。お互いに喧嘩し始めて、ギスギスしてそれで解散。メンバーとはそれっきり。離れ離れさ」
 涙が出そうになるのを堪える。

「そんな俺でも、お前は素敵だと言ってくれた。だから俺は、お前に言わなきゃいけないことがある」
 彼女の泣きはらした目を見ながら告げる。
「お前は最高の彼女だ。たとえ、鼻歌でレの音が出なくても」
彼女が俺の胸に飛び込んで泣き始める。
「俺にはお前が必要なんだ」
 彼女はまだ泣いたままだ。

 彼女の不安を取り除くため、勇気を振り絞る
「本当はもっと準備してから言おうと思ってたんだけど―」
 彼女が顔を上げる
「結婚しよう。お互いに足りない分を支え合おう」
「はい」

 こうして俺達は結婚した。
 おそらく俺達にはたくさんの試練があるだろう。
 でも離れ離れになることはない。
 俺たちはいつも一緒なのだから。

11/16/2023, 9:15:35 AM

 子猫は暴れていた
 彼の中の抑えきれない衝動が、彼を突き動かしていた
 彼はもはや子猫ではない
 トラと呼ぶべきだろう

 柱で爪を研ぎ、障子に穴を開け、机の上にあるものをひっくり返す
 短い時間の間に、秩序の保たれた空間は、混沌へと変わり果てた

 暴虐の限りを尽くしていると、どこからか女神が現れた
 女神は彼の名前を呼びながら、彼を捕まえようとする
 しかし彼は速かった
 女神をあざ笑うかのように、華麗に回避する
 もはや誰にも彼を止めることは出来ない

 しかし女神は覚悟を決め、魔法の呪文を唱えた

「チュール」
 それを聞いた瞬間、小さなトラは自分がただの子猫だということを思い出した

 そして子猫は女神をどんなに愛しているか、訴えながら歩み寄る
 そして女神に捕まり、説教をされたのだった

 なおチュールは出なかった

11/15/2023, 9:17:09 AM

秋風は凄腕のエンターテイナーである

自らが吹き抜けることで、様々な風景をコーディネートする
ある時は、夏の終わりと秋の到来を感じさせ、人々を歓喜させる
ある時は、木枯らしを吹かせ、寂しさを演出する
ある時は、紅葉した葉を舞い散らせて、幻想的な光景を演出する
ある時は、寒さを演出し、寒さに震えた恋人たちを寄り添わせる

私も秋風のことを尊敬している
しかし、その秋風にある噂が囁かれる

誰でも秋がもう長くないという話を聞いたことがあるだろう
その秋から、秋風が独立し、夏に移籍するという噂が飛び交ったのだ

私も是非そうであればと思う
だが根も葉もない噂だ
これまでもよく流れた噂

その度に秋風は否定した
「独立するつもりはない」
「私は秋のを切るつもりは無い」

いつも同じことを繰り返す
私はいい加減ウンザリしていた
秋風は悪くないのだが、こうも期待させて裏切られると、文句の一つも言いいたくなってくる

「私、秋風は皆さん常に共もにある」
何度も繰り返された綺麗事に、私の心には秋風が吹き始めていた

11/14/2023, 8:52:19 AM

今までお元気でしたか
最近急に寒くなりましたね
あなたのような立派な木でも、寒いと感じる事はあるのでしょうか
私は急に寒くなったので、慌てて冬服を出しました
油断していました
なんというか、毎年こんな感じな気もします
なかなか人間というものは学習しない生き物なのかもしれません

毎年あなたが紅葉してから来るのですが、今回この時期にここに来たのは理由があります
実は海外に出張が決まり、今年いっぱいは日本を離れることになりました
あなたが紅葉する様子を見れなくて残念です

日本を出る前に、あなたの見事な紅葉を見たかったのですが、今年は暖かい日が続き準備ができてないようですね

あなたの紅葉があまり進んでいないようなので、少し心配です
急激な温度変化なので、お互い体調を崩さないようにしましょう
健康が一番です

日本にまた帰ってきますが、あなたはその頃眠っていることでしょう
次に会うのは来年の春ですね
たくさんの葉っぱで生い茂っている様子を想像すると、とても楽しみな気持ちになります

また会いましょう

11/13/2023, 9:37:23 AM

「スリル欠乏症だな、おい治療の準備しろ」
 医者は周囲の人間に指示を出す

 医者は眼の前にいる、表情のない男に視線を向ける
 無気力、無感動はスリル欠乏症の典型的な症状だ

 スリル欠乏症とは、人体に欠かせない栄養素であるスリルが足りなくなる病気だ
 これを発症すると、人生を無価値と考え始め、自分から何もしなくなる
 重症化すると一人では何もできなくなり、自殺者もでる

 予防法は常日頃からスリルを味わうこと
 しかし、スリルとは危険と隣り合わせだ
 人間社会が発展した結果、あらゆる危険が排除され、人類は慢性的なスリル不足になった
 特に今年はひどく、連日スリル欠乏症患者が運ばれてくる

 治療法は確立されている
 スリルを味わえば良い
 すなわち絶叫系が最適解

「先生、準備できました」
「よし、逆バンジー、やれ」
医師の指示で男が勢いよく、空へと飛び上がる
男がなにかを叫びながら、もがいているのが見える
「よし患者は正気に戻ったな」
「すぐに降ろしますか」
「いや、見たところ重症だ。もう少しスリルを味わってもらおう」

 医者はもがく男を見上げながら確信する
 自分はスリル欠乏症にはならないと
 なぜなら自分には秘密がある
 知られたら破滅する程の秘密があるのだ

 その秘密というのは、私が医師免許を持っていないということである
 バレるかもしれないというスリルは、この病気に対して良い薬だ

 お陰で人生は楽しい
 やはりスリルは人生を豊かにする
 これだから医者はやめられない

Next