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11/13/2023, 9:37:23 AM

「スリル欠乏症だな、おい治療の準備しろ」
 医者は周囲の人間に指示を出す

 医者は眼の前にいる、表情のない男に視線を向ける
 無気力、無感動はスリル欠乏症の典型的な症状だ

 スリル欠乏症とは、人体に欠かせない栄養素であるスリルが足りなくなる病気だ
 これを発症すると、人生を無価値と考え始め、自分から何もしなくなる
 重症化すると一人では何もできなくなり、自殺者もでる

 予防法は常日頃からスリルを味わうこと
 しかし、スリルとは危険と隣り合わせだ
 人間社会が発展した結果、あらゆる危険が排除され、人類は慢性的なスリル不足になった
 特に今年はひどく、連日スリル欠乏症患者が運ばれてくる

 治療法は確立されている
 スリルを味わえば良い
 すなわち絶叫系が最適解

「先生、準備できました」
「よし、逆バンジー、やれ」
医師の指示で男が勢いよく、空へと飛び上がる
男がなにかを叫びながら、もがいているのが見える
「よし患者は正気に戻ったな」
「すぐに降ろしますか」
「いや、見たところ重症だ。もう少しスリルを味わってもらおう」

 医者はもがく男を見上げながら確信する
 自分はスリル欠乏症にはならないと
 なぜなら自分には秘密がある
 知られたら破滅する程の秘密があるのだ

 その秘密というのは、私が医師免許を持っていないということである
 バレるかもしれないというスリルは、この病気に対して良い薬だ

 お陰で人生は楽しい
 やはりスリルは人生を豊かにする
 これだから医者はやめられない

11/12/2023, 8:45:40 AM

飛ばないのかだと?
当たり前だ
翼だけでは飛ぶことはできん

なに言ってるんだという顔をしてるな
説明してやる

まずはコア、つまり中心部だな
なんでもそうだが、芯が通らないやつはどれだけやっても、何も出来ない

次に翼
ああは言ったが、やはり翼はいる
芯がどどれだけあっても、それだけでは飛べん
空を飛ぶという偉業をなすには、他から助けがいるということだ

3つ目はエネルギー
空を飛ぶというのはいろいろな方法がある
基本は燃料を使って、沈む前に浮ぶやつだ
滑空など風に乗って永遠と飛ぶやつもいるが、どちらにせよ離陸の際はエネルギーを使う

何、たんぽぽの綿毛は風でそのまま風に乗って飛んでいくだと
ばか、あれは飛んでるんじゃなくて、飛ばされてるんだ

4つ目がある程度の重さだ
軽すぎると、さっき言ったように、綿毛みたいに飛ばされちまう
重すぎるとそもそも飛べない
飛ぶ理由も飛ぶやつも
軽すぎず重すぎず、何事も程々が一番

最後は舵取り
飛んだところで行き先が決まらないと話にならない
飛ぶことはできるかもしれんが、飛んでいるだけだ
言いたいことは分かるな
俺達にはお前が必要だ

俺たちはただの飛べない翼だ
でもお前は違う
飛んで行きたいところがあるんだろう

お前にはちゃんと芯があって、
俺達のような翼がいて、
誰かを動かすエネルギーを持っていて、
正しい信念を持っていて、
行きたいところがある

十分だ
俺たちが飛ばしてやる
怖いだと
当然だ
飛ぶというのは、恐怖との戦いだ

そら、お前に向かって風が吹いてきたぞ
お前の進路を阻む逆風だ
だが、飛ぶには逆風が最適だ
さあ、行くぞ

風を受けて今、お前は飛び立つんだ

11/11/2023, 7:55:56 AM

あるところに立派なススキ畑がありました
それは立派なススキ畑で地域の人々から愛されていました

ある日ここに宇宙人がやって来ました
「なんて素晴らしいススキ畑だ。アートを残していこう」
そう言って彼は立派な大木を残していきました
そう彼は宇宙の迷惑系のアーティストだったのです

しかし地球人には彼のアートは理解できませんでした
突如現れた大きな木に誰もが怖がりました
今では誰も近づきません

ある時、このススキ畑に、とある噂が流れました
噂を聞きつけ、二人の若者がやってきました
彼らはススキ畑をくぐり抜け、木の下に辿り着きます

背の高いススキでしたので、周りはススキだけしか見えません
まるで、世界には少年と少女だけしかいないようでした

少女は真っ赤になりながら言います
「あなたに伝えたいことがあります。えっと、その、あなたのことが―」
そして彼女は噂に従い、来る時に拾ったススキを前に突き出し言いました
「ス、スキ」

こうしてまた一組のカップルが誕生しました
程なくして、ススキ畑は恋愛成就の名所として語り継がれることになったのでした

めでたしめでたし

11/10/2023, 9:15:48 AM

 ようこそお越しいただきました。
 ここは脳裏焼付サービスです。

 脳裏に焼き付いた景色がないから、仲間にハブられそう
 今際の際に思い出す光景がないと格好がつかない
 今脳裏に焼き付いている物が気に入らない

 そんなお悩みがある方に対し、我々はお手伝いさせていただいております。

 皆様に人気があるのはコチラ
 紅く染まった秋の山です
 情緒があって良いと評判です
 他にも桜やヒマワリなど花がある風景も人気です

 おや、あまりお気に召されませんか
 でしたら動物などどうでしょう
 子猫や子犬を希望される方も多いんですよ。

 他にも車や神社などの人工物
 変わった所ではミドリムシの人もいましたね
 流石に、あれはよく分かりませんでしたが

 ああ、もしここにないものがご希望であれば写真や動画をお持ちいただければ、割高にはなりますが焼き付けることもできます
 そういった方は家族や恋人のものを持って来られます
 中には好きなアイドルを焼き付ける方もいますね
 もちろん秘密厳守致します

 えっ、止める、ですか?
 焼き直しできるとはいえ、高くないお値段ですからね
 よく考えるのも良いでしょう
 大丈夫です
 気にされることはありません
 実際、初回は悩まれて見送る方も結構いらっしゃいます
 こちらカタログになります

 ご検討なさってっから、またご来店下さい
 またのお越しをお待ちしております

――――――――――――――――――――――――

 俺は自分が殺した男の前に立っていた
 俺は他人の心を読むことができ、特に死ぬ間際に見せる脳裏に焼き付いた光景を見るのが大好きだ
 十人十色とよくいったもので、その光景はバラエティーに溢れている
 しかし、この男の脳裏に焼き付いた光景は、理解不能だった

 まず脳裏焼付サービスってなんだ。
 どこに需要があるのか
 それで焼き付けて満足するやつがいるのか
 この男の脳裏に焼き付いた光景が、その人生で数少ない女性(店員)との会話というのが悲しすぎる
 というかこれ会話じゃないだろ
 あと、その女性店員の笑顔は営業スマイルだぞ

 くそ、モヤモヤする
 心を読んでこんなに気分になるのは初めてだ
 
 なにか気晴らしをしなければ
 また誰か殺すか?
 そう考えながら歩いている間、ずっとさっきの光景が頭に浮かび続ける
 もしかして、あのしょうもない光景が脳裏に焼き付いたのだろうか

―今脳裏に焼き付いている物が気に入らない
―そんなお悩みがある方に対し、我々はお手伝いさせていただいております。

 俺は目を閉じて熟考し、決断する
 行こう、脳裏焼付サービスへ
 この脳裏に焼き付いた光景を消しに―

11/9/2023, 9:21:36 AM

「はい、かれこれ10年間、こうして意味がないことをしております」
 楽しそうに語る彼は、トイレの便座に釣り糸を垂らしている。
 私は、世にも奇妙な意味がないことをしている男がいるときき、インタビューをするため山奥の病院までやってきた。
 彼は噂に違わぬ、意味の無さである

「子供の頃本で読んでからずっと頭に残っていたのです」
 そう言って、垂らした釣り糸を見る。
「なんの本なのかもう覚えていません。作者が知り合いの医師から、精神病院では釣りをする患者がいることを聞いたそうです」
「それを真似たのですか?」
「ええ。ですが、面白いのはここからです。
 ある時、担当の医師が“釣れますか”と聞いたところ、“トイレで釣れるわけがないでしょう”と返していました。
 患者は釣れないと分かってて釣りをしていたのです」

「世の中色んな人がいますね。しかし、その人は実在するのでしょうか?」
「そこまでは分かりません。
 でも子供の頃の私は感銘を受けました。人は自由なのだ、と。
 私も自由な人間で在りたいと思い、こうしてトイレで釣りをしています」
「なるほど。私もその気持ちは分かります」
 私は彼が羨ましい。
 私も自由な人間になりたかった。
 しかし現実は厳しく、こうして不自由な人間になってしまった

「私は死ぬまで意味がないことをすることにしました。人生は夢のようなもので、全て意味がないものですから」
「なるほど。深いお言葉です。とても有意義な時間でした。‥あれ、釣り竿引いてますよ」
「馬鹿な。釣れるはずがっ」
 彼は驚いて立ち上がろうとすると、服に釣り竿が引っかかる。
 その勢いで釣り竿が跳ね上がり、獲物が釣り上がった。
 そこにあったのは、一匹のドジョウであった。

 近くにいた病院の職員が、それを見て驚く。
「こいつは‥十年前からこの便器のつまりの原因が分からなかったのですが、コイツが犯人だったんですね」
 職員は彼の方を見る。
「十年間、あなたはつまりを直そうとしてくれてたんですね。我々は、あなたを勘違いしてました。職員を代表してお詫びいたします」
 職員は綺麗な謝罪のお辞儀をした。おそらく本心なのだろう。

 しかし彼の顔は絶望に染まっていた
 無理もない
 なぜなら彼が続けてきた意味がないことが、ここに来て意味を持ち、彼の十年間が意味がないことになってしまったのだから。

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