我はかつて人間どもに恐怖をもたらした大妖怪である。
しかし人間どもに遅れを取り、封印されてしまい、名も奪われた。
しかし、長い時間を経ては強力な封印も綻ぶもの
その綻びを突き封印を破ったのだ
四百年ぶりに肌に触れる空気に、懐かしさを覚える
我を封印した罪を贖ってもらうとしよう
だが力はまだ完全には取り戻せてない
まずは情報収集だ
人里に降りねばなるまい
街に出ると、見知らぬ建物がたくさん建っており、かなりの時間が経っているのが嫌でもわかった。
人通りが多いことに驚くが、色々な見たこともない飾りつけがしてある様子を見るに、祭りのようである
少し歩いてみると、違和感に気づく。
妙なことに人間は見当たらず、妖怪ばかり歩いている
見たことない妖怪もいるが、恐らく外国の奴らなのであろう
しばらく歩いても人間の気配が感じられない
恐らく人間は絶滅したのだ
何故かさみしくなった。
人間どもは、はっきり言って嫌いである。
しかしこの虚しさはなんだ。
もしかしたら、我は人間と戰う時間が好きだったのだろうか。
技と技を競い合い、お互いの優劣を決める
そんな時間は来ないのだ。
まさか、あの頃を懐かしく思う日が来ようとは。
懐かしく思うことは無しにしよう
気持ちを新たに切り替え、情報収集に努める
考えるのはそれからだ。
まずはこの祭、何という祭りなのか
近くにいた、特徴的な角の鬼に話しかける。
すると鬼は不思議そうに答えた。
「知らないなんて珍しいですね。ハロウィンっていうイベントですよ。人間がお化けとかに変装して楽しむんです。ほら、この角取れるでしょ」
『よう、オレ。元気か?』
ラインで写真と一緒にメッセージを受信する。
写真はコスプレした家族写真である。
「いいなぁ。僕も池袋のハロウィン行きたかったよ。ボクよ、呪われてしまえ」
俺は、恨みがましくメッセージが返す。
『仕事って言ってたな。頼られる男は大変だな』
相手の返信にちょっとイラッとする。
僕のことを“オレ”と呼び、僕は向こうを“ボク”と呼ぶ。
変な関係だが仕方がない
だって彼は僕の“ドッペルゲンガー”だから。
出会ったのは大学生、卒業旅行の時。
何の前ぶりもなく、ばったり出会った。
これはもう死ぬと直感で感じ、お互い猛ダッシュで逃げた。
そうお互いに。
あちらもヤバいと思ったとあとから聞いた。
向こうも僕のことをドッペルゲンガーと思ったそうだ。
お互い死にたくないので、友人を介し連絡先を交換し、連絡を取り合って出会わないように調整している。
それ以外にも、色々話し合った。
姿以外にも趣味やクセ、好きなアニメは全部同じだった。
違うところもある
もう一人のボクは売れない作家で、僕は会社勤めのサラリーマン。
僕も作家になりたかったが、才能の限界を感じ大学生の時筆を折った。
その選択に後悔はない。
でも彼の方はあきらめずに頑張っているらしい。
つまり彼は、もしあの時違う選択をしていたら、というIFの自分である。
なので身の上を話し合ってると、僕にあったかもしれないもう一つの物語を聞いているような、奇妙な感覚になる。
『オレよ。仕事ばっかしないで家族サービスしろよ』
「分かってる。ボクも遊んでないで仕事頑張れ」
『うるさい。今この瞬間が大事なんだよ』
というメッセージを送ったっきり、反応しなくなった。
いつものやり取りである。
ふと仕事机の上に立ててある写真をみる。
僕が写った家族写真だ
この写真を見るたびに、人生は面白いものだと感じる。
実は、もう一人のボクと同じことが一つある。
それは家族である。
どういう理屈か知らないが、“僕”の妻と子は、“ボク”の妻と子と、ドッペルゲンガーの関係にあるらしい。
あまりに似ているので、会わせてみたら案の定である。
あの時はお互い大笑いし、お互い説教食らった。
やり過ぎと言われれば、たしかにそうだ。
だけどホッとしたこともある
だってそうだろう。
僕と妻と子の間には、彼女たちに出会わないという、もう一つの物語なんて存在しないんだから。
月の出ない夜更け、使われなくなって久しい廃工場で、たくさんの動くものがあった。
タヌキである。
彼らは、暗がりの中にも関わらず、俊敏に走っていた。
夜目がきかない人間ではこうはいかないであろう。
タヌキたちは工場の真ん中ほどまで進み、そして停止した。
タヌキたちの視線の先には影が2つ。
影の正体は人間である。
背が高い女と背の低い男の二人。
人間たちは無表情でタヌキを見ていた
タヌキたちと人間は睨み合う。
「ブツは?」
タヌキが人間に問いかける。
「ここにある。おい、そのカバンの中を見せてやれ」
背の高い女が、背の低い男に命令する。
男は黙ってカバンを開ける。
その中にはたくさんの葉っぱが詰まっていた。
「最高級の柏の葉、10キロ。確認しろ」
貫禄のあるタヌキが前に出て、カバンの中を覗く。
「確かに。今までのものの中で一番良いものだ」
タヌキは笑みを浮かべる。
「素晴らしい。想像以上だ」
タヌキは変身する時に葉っぱを頭に乗せる必要がある。
葉っぱの良し悪しによって、変身の精度がかなり変わるのだ。
もちろん、普段は最高級品など使わない。
しかし日本中からタヌキが集まるイベント、ハロウィンがある。
そこで全力で化け物に化け、変身の技を競い合う。
去年は他のムレに王者の地位を奪われた。
名誉を取り戻すために、妥協は許されない。
女は、タヌキたちが騒めく様子を見ながら、冷ややかに言い渡す。
「当然だ。次はお前たちの番だ。対価は?」
そう言うと、群れから一匹のタヌキが出てきた。
そのタヌキからはオーラのようなものを感じ取れる。
只のタヌキではないのは明白だった。
「一ヶ月、という約束でよろしかったかな」
貫禄のある、タヌキが言う。
「ああ、問題ない」
女は答える。
「では取引成立だ」
そういうとタヌキたちは、一匹を残し闇に消えていった。
「では、こちらも帰るか」
二人の人間と一匹のタヌキは、タヌキたちと反対の方へ向かう。
工場に出て、外に止めてあった車に全員乗りこむ。
男が運転席に座り、車を発進させる。
「では、目的地につくまで、詳しい仕事内容を教えてもらおうか」
タヌキが言う。
「ああ、事前に伝えた通り、忍者たちの変身の術の講師をしてもらいたい」
「人間の身で変身とは大したものだ。厳しくしていいんだな」
「残念ながら、最近厳しくしすぎると怒られる。ほどほどで頼む」
「人間は大変だな。いや、俺たちもか」
タヌキは、名誉挽回といって燃えていた仲間たちを思い出した。
「一ついいかな」
女がタヌキを見ながら話しかける。
「これはプライベートなお願いごとで、報酬も別に支払う」
「なんだ。言ってみろ。化かしたいやつがいるのか」
女が首を振る。
「触らせてくれ。そのモフモフずっと気になってたんだ。」
目の前の机に紅茶が2つ置かれる。
俺の分と客の分である。
紅茶を置いていった母は、俺にだけ見えるように親指を立てながら、部屋を出ていく。
うるせえ。
母が出ていったあとの部屋に気まずい空気が流れる
紅茶もとても飲む気にならない
机の反対側の客の方に目線をやる。
客は同い年くらいの女の子、容姿は俺の好きな女性のタイプをそのまま体現したかのようだった。
そんな彼女は熱い紅茶をふーふーと冷ましていた。
話が進みそうにないので、こちらから切り出す。
「で、お前、誰なの?」
彼女がこちらを見る。
「最初に言った通り、あなたに助けてもらったツルです」
「‥俺、ツルを助けた覚えないんだけど。人違いじゃないか?」
「間違いありません。私はあなたに救われました」
そう言うと彼女は居住まいを正す。
「あれは昔むかし、具体的には1時間前くらいのことです」
「さっきかよ」
彼女の話は大げさすぎて、さっぱり分からなかったが、話を聞きながら1時間前のことを思い出していた。
放課後、天気がいいので、クラブのみんなで部室を掃除することになった。
ロッカーの裏から千羽鶴が出てきたのだ。
俺たちが生まれたくらい昔に、大会優勝を願って折られたものらしい。
捨てるという話になったのだが、もったいないと思い、俺が持って帰った。
「分かった。お前千羽鶴のやつか」
「はい」
俺は納得した。
「なるほど、それで恩返しと」
「それは違います」
思わず彼女の目を見る。
「私は千羽鶴です。願いを叶えるために存在します。今日はあなたの願いを叶えに来ました」
「えっと、俺の願いを?大会優勝は?」
「私が生まれたときのことですか?あれは結局人数が足りなかったので大会自体に出ていません」
衝撃の事実に言葉を失う。
願い事の優先順位おかしくない?
「なので願い事を叶えられず、私はずっとモヤモヤしていました」
彼女は俺の目を真っ直ぐ見てきて、どきりとする。
「あなたの願い事が大会優勝というのなら叶えましょう。でも違いますよね。あなたの願い、それは恋人ー」
「チガウヨ」
食い気味に否定する。
「恥ずかしがらなくても大丈夫。私には何もかもお見通しです。この姿もあなたの好みに合わせました」
「勝手に頭の中覗くなよ」
うわ、俺の好み知られてて恥ずかしい。
「さっそく結婚式を挙げましょう。そして子供の数は、えーと」
「話進めのんな。頭覗くな」
「待ちなさい」
声の方を見るとドヤ顔をした母親がいた。
なんでいるんだ。
「話は全て聞かせてもらいました」
「いや、聞くな」
母親は俺を無視して話を進める。
「ツルさん。何事にも段取りというものがあります」
「段取り‥」
彼女が俺の母親を真っ直ぐ見る。
母親のことを無視するのが俺の願いなんだけど、彼女は叶えてくれそうにない。
母親は続ける。
「そう、デートをたくさんして、思い出をたくさん作り、絆を深めるのです。そして息子からプロポーズ。結婚はそれからですよ」
「なるほど。私は結論を急ぎすぎたようです」
彼女がなんか納得した。
「待て待て。本人不在で話を進めるな。俺はー」
「なら恋人は必要ないと、今ここで断りなさい」
俺は一瞬言葉に詰まる。
「でもお互いの気持ちというか」
「あら、それなら問題ないわ。この子あなたのこと好きよ。一目惚れね」
驚いて彼女の方を見ると、彼女は赤くなっていた。
「だって恋人役、自分じゃなくて、他の女性でも良いものね。彼女、あなたを独り占めしたいの」
唐突に来たモテ期に動揺する。
「でも、俺はー」
「あんまグダグダ言うと、お小遣い無しよ」
「僕が間違ってました。お母様」
母親はこほんと咳払いした。
「さしあたって、今月末ハロウィンがあります。そこでデートしてきなさい。もちろんコスプレも。準備も絆が深まるわ」
「分かりました」
「ワカリマシタ」
オレたち同意する。
「ただ、ツルさん。デート以外にもすることはたくさんあります。花嫁修業です。まずは息子の好きな唐揚げを作りましょう」
「分かりました、お母様」
そう言って二人は部屋を出ていった。
あまりの展開に心を落ち着かせていると、台所から母親の楽しそうな声が聞こえてきた。
そういえば娘が欲しいと言ってきたような気がする。
思えばいつもより強引だった。
過ぎたことを考えても仕方がない。
とりあえず、デート用の服を買いに行こう。
立ち上がろうとして机を見ると、冷めた紅茶が目に入る。
どうしたものかと考えていると、紅茶の香りが漂ってきた。
顔を上げると、部屋の入口に彼女が立っていた。
手には2つ紅茶を持っている。
「さっき飲みそこねてしまいましたからね。一緒に紅茶を飲みませんか」
ハロウィンまであと4日。
私は貧乏神。
人々からの嫌われ者
私は人を貧乏にすることが仕事だからだ。
貧乏にすることで、お金の有難みを教える。
それが私の使命。
だがこの使命について、思うところはある。
貧乏なるということは、基本的に不幸になるということ。
誰だって不幸になりたくないので、みんな私を嫌う。
誰からも歓迎されない仕事はなかなかに辛いものがある。
どこに行っても疎まれ、払われるか追い出される。
だれからも望まれないのだ。
しかし何事も例外はある。
ハロウィンだ。
疎むどころか、歓迎してくれる。
初めての行ったときは、なにかの罠だと思ったくらいだ。
化け物どもが世界を歩ける日、それがハロウィン。
街を歩けば、コスプレのクオリティが高いとも言われた。
まあ本人なので、クオリティもないのだが。
また冗談で貧乏にしてやると言っても喜ばれる。
さすがに自分を褒めてくれる人間にわざわざ不幸にするほど趣味はない。
ちょっとだけ貧乏から遠ざけるてやるくらいだ
今まで邪魔者扱いが当然と思っていたが、必要とされることもあるというのは衝撃的だった。
そして次の日からの仕事も、いつもより充実したように感じた。
現金なものだと自分でも思う。
その年から毎年ハロウィンに参加している。
私は人のことが嫌いで、貧乏にさせるのではない
人を堕落させないためで、ほどほどに不幸にして戒める。
その不幸のあと、人は幸せつかむ。
それが私の使命。
そんな使命も辛くなることもある。
私はハロウィンに行って分かったことがある。
私には愛の言葉が必要だったのだのだ。
私はもう迷わない
今年もハロウィンへ参加する。
ハロウィンまであと5日