「ずっと友達だよ」
小さい頃、何度も言った言葉。
でもずっと友達だった子はいない。
たった一人、べとべとさんを除いては。
べとべとさんは妖怪だ。
道を歩いていると、“べとっ、べとっ”と足音を響かせながら、後をつけてくるだけの姿の見えない妖怪である。
初めて遭遇した時、怖さのあまり泣いてしまったが、べとべとさんが戸惑ったように足音を響かせていてすぐに笑ってしまった。
それから仲良くなった。
付き合いも長いと、足音の響かせ方で色々分かる。
嬉しときはなんとなく足音が軽いし、犬の糞を踏んだときはとても足取りが重かった
大学に受かった時は飛び回って一緒に喜んでくれたし、自分が失恋した時は、隣をずっと歩いて励ましてくれた。
正直な話、相手の事をよく知っているとは言えない。
でも、それでいいのだ。
言葉を交わせなくても一緒にいる。
それが友達だから。
ある日、近所の家電量販店で冷やかしをしていたところ、突然足音が聞こえなくなる。
振り返って、べとべとさんの気配を探る。
ここまで付き合いが長いと足音が聞こえなくても、気配でわかる。
近くに歩み寄り、べとべとさんの隣に立つ。
そこはテレビコーナーで、テレビでは渋谷のハロウィン特集をやっていた
「あー、もうハロウィンの季節か」
あまり騒ぐのが好きでない私は、こういったイベントに参加したことはない。
しかし、べとべとさんは何やら興奮している様子だった。
行ってみたいのだろうか。
少し考える。
べとべとさん結構人見知りで、家まで入ってこないし、修学旅行旅行も旅行先までついてこなかった。
しかしこういった他の土地のイベントや旅行番組はよく見ている。
興味はあるのだろう。
遠くに行けない理由があるのか。
あるいは行きたいが、行き方がわからないのか。
考えても仕方がないので、思いきって口に出してみる。
「行ってみる?一緒に?」
そう言うと、べとべとさんは飛び跳ねるような足音を響かせる。
あまりの喜びように自分も嬉しくなる。
思えば友人との旅行は初めてだ。
イベントに興味のない自分でも、だんだん楽しみになってくる。
友達と一緒ならなんでも楽しむことができる。
友達とは良いものである。
ハロウィンまであと6日
「行くのか」
老人は声をかけられたことに驚く。
「ほう、儂に気づいておったのか」
老人は興味深そうに声の主の男を見る。
「ああ。あんた、ぬらりひょんなんだろ」
「その通り」
ぬらりひょんと呼ばれた老人はクツクツと笑う。
「なぜ分かった?」
「そうだな、この家には主人がいないって知ってるからかもな」
「なるほど。そういうこともあるか」
ぬらりひょんは仕切りに感心していた。
「どこに行くんだ」
「ちと渋谷へ。ハロウィンにな」
「さすがにハロウィンはまだ早いだろう」
「早めに行って渋谷がよく見える家に居着こうと思っておる」
「ハロウィンに思い入れがあるのか」
「思い入れはないが、仲間たちが集まると聞いてな。百鬼夜行でもしようかと思っておる」
「そうなのか」
男は老人に目をじっと見た。
「何じゃ。まさか行くなと言うつもりか」
男は肯定した。
「ああ、行かないでくれ。この家には主人が必要だ。偽物でも」
「何言っておる。自分でも言うのもなんじゃが儂は邪魔者であろう」
ぬらりひょんという妖怪は、忙しい時にその家の主人のように振る舞い、お茶と茶菓子を食べてくつろぎ、そして帰っていく。
ただそれだけの妖怪である。
何の役にも立たない。
強いて言えば、作業の邪魔である。
「もう何ヶ月もいるだろ。何ならまた帰ってきてもー」
「お前、怖いのだろう。家の主人なるのが」
ぬらりひょんは男の声を遮る。
「それはー」
「子供が生まれるのだろう。自信がなくとも、この家を支える人間に、家の主人にならねばならん」
「俺には、出来ない。怖い」
「それでもだ」
老人は若者を諭すように話す。
「自信が無いのなら、周りを頼るといい。儂を見てみろ。一人では何もできん」
男は思わず吹き出す。
「話しすぎたな」
ぬらりひょんは玄関の方へ向かう。
男は黙ってその姿を見送る。
ぬらりひょんがドアノブに手をかけ、思い出したように話はじめる。
「一つ、言い忘れたことがある。この家を出る理由だが、実はもう一つある」
男は何も言わず、続きを待つ。
「一つの家に、主人は一人だけだ。二人は多すぎる」
そう言ってぬらりひょんは出ていった。
「ただいま」
ぬらりひょんが出ていくと同時に、妻が産婦人科から帰ってきた。
「検査、問題ないって。順調に行けばあとー、ってどうかした?」
妻が顔を覗き込む。
「何にもないけど」
「ほんとに?ならいいけど」
「あのさ」
「何?」
「俺、頼りないけど、頑張るから」
妻は笑う。
「なに言ってるの。いつも頼りにしてるわよ」
自信は相変わらず無い。
だけど、もうちょっとだけ頑張ってみようと思う。
生まれてくる子供のために。
ハロウィンまであと7日
「どこまでも続く青い空、白い砂浜。くぅ~、サイコー」
「こんなんで喜ぶなんてすげーな、お前は」
「だって、仕方ないよ。こんなに綺麗な砂浜なのに、誰もいないんだよ」
「そりゃそうだ。もう秋だぞ。泳ぐには寒すぎる」
「沖縄ではまだ入れると聞きましたが?」
「そりゃ沖縄の話ですから」
今朝、彼女がどうしてもと言うので、海へ連れてきた。
その彼女は、楽しそうに波打ち際で波と格闘していた。
だけど、どこか無理しているようにも見える。
「それで?相談あるんだろ」
「‥太郎君にはお見通しか」
「突然海に来たいと言われれば怪しむさ」
そう言って、俺は彼女に歩み寄り隣に立つ。
彼女は水平線を見ていた。
俺もそれにならう。
「実はさ、親から彼氏に会いたいって言われてんだよね」
「そうなのか。俺は御両親に会ってもいい。でも、なんか会って欲しくないように聞こえるけど?」
「‥今まで秘密にしてたけど、あたし実は鬼なの」
「前に言ってたな。由来が分からないけれど小鬼の末裔だって」
警備の仕事の時に、酒に酔って暴れた彼女を取り押さえたが馴れ初めだ。
人化の術を使って、初めての人里で慣れない酒(鬼ころし)を飲んだかららしい。
鬼というのはその時聞いた。
「違うの。由緒正しい鬼の末裔なの」
嫌な予感がして彼女を方を見る。
彼女は真剣な顔でこちらを見ていた。
「由緒正しいって、まさか」
「そう、鬼ヶ島の鬼なの」
思わず天を仰ぐ。
一面青い空だった。
とりあえず深呼吸しよう。
最悪のケースだった。
「俺が桃太郎の末裔なの知ってるよな」
俺は桃太郎の家系として生まれた。
俺のご先祖様は鬼ヶ島の鬼退治をして、その功績が認められた。
それから桃太郎の家系は、代々人に害をなす妖怪を捕まえたり、懲らしめたりしており、俺もその仕事をしている。
「うん。だから言い出しづらかった」
ごめんねと彼女は言って言葉を続ける。
「こういう時代だから、桃太郎に興味あるひと、あんまり居ないの。お母さんも応援してくれてるし。でもお父さんがね」
「お父さんが?」
「バリバリの桃太郎アンチです。ハイ」
「ああー」
口から変な声が出る。
「今まで色々理由付けて、会わせないことができたの。お父さんは人化の術を使えないし」
「じゃあ、何かあったのか。人化の術が使えるようになったとか」
しかし、彼女は首を振った。
「お父さん、桃太郎嫌いを拗らせて、人間の文化もよく知らなかったんだけど、この前ハロウィンの事知ったの」
なるほど、ハロウィンか。
ハロウィンなら鬼の格好でも怪しまれないだろう
「それに合わせてこっちに来る、と」
突然彼女が俺の手を掴む。
「お願い、会って欲しいの」
「そう言われても、桃太郎じゃあ反対されるだけだよ」
「そこは大丈夫。天狗の末裔ってことにしてあるから。お母さんも全面協力。天狗のフリしてやり過ごせばいいの」
準備万端だった。
「駄目かな?」
彼女が上目遣いで見てくる。
俺はこいつのコレに弱い。
「分かったよ」
というと、満面の笑顔になり、そのまま海の方に走って行き、はしゃぎ始めた。
現金なものである。
俺は、ため息をこぼす。
一週間後のハロウィン。
それまでにボロを出さないよう特訓しなければいけない。
あの日は警備の仕事が有ったが、休むことにしよう。
忙しいが頼み込むしかない。
今から気が重い。
もう一度空を仰ぐ。
どこまでも続く青い空。
鬼退治のほうが絶対に楽だよ。
ハロウィンまであと8日
我々はがしゃどくろ。
骸骨の妖怪である。
そして私は、そのがしゃどくろを率いるファッションリーダーである。
我々には長らく服を着る習慣がなかった。
しかし、個体数が増えるに連れ、個体識別出来ないと不便という声が出てきた。
そこで人間のマネをして、服を着ることにした。
初めは適当にシャツを着るだけであったが、次第にファッションに目覚める個体が出てきた。
その中でも特に優れたセンスを持つのが、この私ということである。
ファッションとは不思議なもので、気合を入れると見せびらかしたくなる。
しかしなんの用意もなく街へ行けば、陰陽師や霊媒師などに祓われてしまう。
恐らく嫌われているのだろう。
なので身内で楽しんでいた。
そんな我々にも衣替えの季節がやってきた。
もちろん我々には、衣替えの必要などない。
人間は服で気温変化に対応しているらしいが、我々は気温の影響を受けないからだ。
実際ほとんどの個体は行わないし、やっても上着を着るだけである。
しかし今年は違う。
去年の今頃、命知らずの個体が街へ出た。
無事に帰ることはないと思われたが、普通に帰ってきた。
そしてある情報を持ち帰った。
ハロウィンである。
その日は怪物が街を練り歩いても問題ないというのだ。
それを聞いた我々は興奮した。
そうファッションを見せびらかす事ができるのである。
今までファッションに興味を持たなかった個体も、オシャレし始めた。
そして多くの個体が衣替えを期に、ハロウィンを視野に入れたコーディネートで着替える。
みんなで出ていく街を話し合ったが、渋谷に決まった。
どうやら、どこでもやっているわけでもない様で、今回は無難にということで、規模の大きい渋谷ということになった。
最近は、ファッションに不慣れな個体のサポートで忙しいが、全く苦にならない。
みんながファッションに興味を持ってくれて嬉しいのもある。
それ以上にハロウィンの事が楽しみなのだ。
あと一週間ほどでハロウィン。
その日ばかりは、ファッションの中心は我々だ。
僕は登山が趣味である。
山を登頂したあとは必ず行うことがある。
「ヤッホー」
そう山彦である。
せっかく高い山に登ったのだから、これをしないのはマナー違反であろう。
しかしその日はおかしかった。
山彦が帰ってこないのである。
「ヤッホー」
もう一度、大声を出してみる
やはり山彦が帰ってこない。
信じられないことだった。
確かに場所によっては帰ってこないこともある。
しかしここはヤッホーポイント百選に選ばれた場所だ。
少しの間思案する。
山彦の調子が悪かったのかもしれない。
もう一度すれば、きっと返してくれるはず。
そう思って息を大きく吸った時、突然肩を掴まれる
驚いて後ろを振り向く。
そこにはガタイのいい中年の男性がいた。
「止めな、坊主。無駄だよ」
その男性は諭すように言う。
「あなたは?」
「俺か?俺はこの山の管理人だ」
男性の方に向き直る。
「何かあったんですか?」
「ああ、ヤマビコ様の喉が潰れたんだ」
男性の発言に耳を疑う
「待ってください。神様が返すというのはおとぎ話です」
「カモフラージュというやつだ。信じられないのは分かるが、実際に山彦は帰ってこないだろう?」
ありえない話なのだが、実際そうなっている。
もしかして本当の話なんだろうか。
「続けるぞ。最近ヤッホーポイント百選に選ばれただろ。それで人が増えたんだが、ヤマビコ様は律儀な方でな。たくさんの山彦を返して、声が枯れるまで返し続けてドクターストップ、というわけだ」
「そんな。僕らは無理をさせていたんですか?」
「ヤマビコ様も、人が増えて喜んでいたんだがな。まあ、何事もほどほどが一番というやつだ」
僕は男性に別れを言い、下山していた。
冷静になってみると自分は騙されたんじゃないかと思い始めた。
だが彼が騙す理由と、山彦が帰ってこない理由が分からなかった。
色々考えていると、前の方から老人が歩いてきた。
足取りがしっかりしていて、山登りの経験の多さを物語っている。
「こんにちは」
挨拶をすると、老人の方も笑顔で手を上げて応える。
そうしてすれ違った瞬間。
「ヤッホー、ヤッホー」
かすれた声が聞こえた。
驚いて振り向くと、さっきの老人はどこにもいなかった。
なるほど、律儀な神様である。